第二十二章 天才
俺は自分の頬がだいぶ緩んでいるのを自覚しながらも、目の前で息を整えるギルさんからは目を離さない。
相当驚いたのだろう、ギルさんは呼吸が荒かった。
体勢が整わないうちにこちらから攻めることも考えたが、さきほどの一撃を
……それに不意打ちばかりしてもグリー傭兵団の心証が悪くなるだろうし、もうやめとこう。
相手の次の動きを
呼吸を整えたギルさんの両腕を、燐光が覆い始めた。オーラだ。
オーラを扱う戦士はたいてい身体のどこか一部分だけを集中的に強化する。全身を強化する戦士は自分の他にはグレイしか見たことないし、確かに相当珍しいのだろう。
ギルさんは両腕を強化――エクシードしているようで、腕全体を燐光が覆っている。だがそれは……。
「……すごいオーラの密度ですね。そんなに分厚いオーラを纏った人は見たことがないですよ」
普通は薄っすらと体を覆うだけのはずのオーラが、ギルさんの場合は厚さ五センチほどの強い光となって両腕にまとわりついている。
オーラには人それぞれ決まった総量があるのだが、ギルさんのそれは俺が全身に纏わせているオーラを、全て両腕につぎ込んだかのような密度を誇っていた。
「……さっきの礼だ。こちらも随分驚かせてもらったからな。次は、そちらに驚いてもらうぞ……!」
――大柄な体躯が深く沈みこみ、そして弾丸のように弾きだされた。
速く、そして迫力のある踏み込み。
だがまだ、槍の間合いだ。拳の届く距離じゃない。
オーラを纏った俺は、いつもより数倍の速さで勢いよく槍を突き出す。
それが盾のように両腕を突きだしたギルさんの両腕と激突する――。
ゴン!! 衝突音。まるで、分厚い壁に槍を突きたてた時のような鈍い音が鳴り、槍の持ち手にしびれを感じた。
――籠手ごと相手の防御を貫くと確信していた俺の一撃は、分厚いオーラに阻まれるかのように、ギルさんの腕の表面で止まっていた。
(
驚き動きを止める俺に、なんとそのままギルさんは穂先の刃を素手で握りしめ、槍を引き寄せこちらの体勢を崩しにかかる。
引き寄せられた先に、剛腕が
まずいっ!!
俺は迫る剛腕を蹴りで強引に弾き、そのまま槍を抱え込むように身体をねじり、飛んだ。
全身を使って槍に無理やりねじりを加え、槍の先端を掴んだギルさんの手を弾き飛ばす――。
そのまま大きく飛んで相手との距離を取った。
(……ああ~、ビックリしたっ。槍が通らないとか、なんだよ今の……)
混乱した頭のまま状況を分析するが、答えは出ない。
だがその答えは、すぐに目の前の男が教えてくれた。
「どうだ、驚いてくれたか? オーラは密度を高めると、擬似的に鎧のような役割を果たすようになるんだ。私の
確かに、あんなオーラの使い方は見たことがなかった。てか……。
(団長……。このこと知ってたんなら、それとなく教えてくださいよ……)
――まあ確かに、あんな方法で槍の一撃を止められるとは思わなかったから、かなり驚いたが……。
それよりも厄介なのは、ギルさんのその巨体からは想像できない、洗練された技巧と素早い身のこなしだった。
ギルさんのそれとは違い、俺のエクシードは全身を強化できるという強みがある。全体的にスピードとパワーが上がり、常人には目で追うのも難しい速さで動くことができるし、全身の筋力も上昇する。
対して、ギルさんのエクシードはオーラを全て両腕のみに集中している。
両腕の筋力は何倍にも跳ね上がっているだろうし、同時にオーラ自体が鎧のような役割を果たすらしいが、そのほかの機能、例えば脚力なんかは強化されない。
ギルさんは例えるなら、超巨大な棍棒を軽々と両腕で振りまわしているようなもので、それはそれで恐ろしいのだが、スピードやリーチが強化されるわけではないのでエクシード状態の俺なら躱せる……はずだった。
――だが目の前の男は、その差を持ち前の身体能力と技術だけで埋めてきたのだ。
俺より一回りも大きい筋骨隆々の体ながら、その身のこなしは驚くほど素早く、一瞬で槍の軌道を見極める高い技術も兼ね備えている――。
団長のような完全パワー型ではなく、防御する術も備えた攻防一体の型。
(こりゃあ、かなり厄介だな)
と、俺が思考している間にも、ギルさんは話を続ける。
「どうした、来ないのか? 急なことで驚き、足がすくんだか? こんな程度で臆病風に吹かれるとは……いくら強くても戦場慣れしてない若造など、どうやら大したことないようだな」
……これは挑発だ。ギルさんはスピードが上がったわけではない以上、攻めるよりもどっしり構えてカウンターを狙った方が効率がいい。分かっている。
だが、次の言葉には、俺も引っかかるものがあった――
「戦場では、必ずしも天才が勝つわけじゃないということを教えてやろう」
――天才? 俺が?
いいや、俺は本物の天才を知っている。
そいつは勝てない敵に勝つ。戦いの最中にどんどん成長していく。
俺の知っている幼馴染みはいつも自分より強い奴に挑み、傷だらけになりながらも勝利していた。
俺の憧れたその少女は、グレイ・ハーネットは、間違いなく天才だった――。
そしてグレイと比べると、やはり俺は天才ではない。
――だがそう、ギルさんの言うとおりだ。
戦場では、誰が勝つか分からない……だったら、
「別に俺が勝っても、おかしくないですよね」
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