第二十三章 ケガの功名

「――なに?」

「俺は天才じゃないので、今ここで勝っても別におかしくないと言ったんです」


 正面で訝しげな顔をするギルさんに言葉を返し、槍を構え直す。 

 ゆらゆらと燐光――オーラが、俺の体にまとわりつくのが視界の端に映った。


 

 さて、どうするか。


 とりあえず、あの分厚いオーラによる防御を力づくでブチ抜くのは無理だろう。

 渾身の力を込めればどうか分からないが、そういう溜めの大きい技がギルさんに通じるとも思えない。


 となると、防御が間に合わなくなるほどの手数で攻め立て、そこで生じた隙を突く、というやり方が思いつく。

 が、これに関してもギルさんほどの技量となると、隙を作れるかどうかは怪しい。


 八方塞がり。あと、手があるとすれば……。 



 俺にはエクシードの他に、戦闘に使えるもう一つの特技がある。


 ――戦闘と並行した、戦況の分析。

 話を聞かせた傭兵仲間に言わせると、これがもう、あきれるくらい速いらしい。


 まあ俺もそれは分かる。身体を動かしながら同時に戦況を分析するなんて余裕は普通ない。俺も、昔はそんなこと出来なかった。


 だが、今の俺には出来る。

 そしてこれには、グレイとのトラウマが深く関係していた。




 ――あれはそう、グレイから勇者が好きかも知れないという手紙が届いた頃。


 グレイから届いた手紙のことを必死に忘れようとした、死に物狂いの鍛錬の日々。

 来る日も来る日も必要最低限に食って寝て、たまに魔物を狩ってあとは槍を振り続ける日々。

 本当に、今となっては何故あれほど一心不乱だったのか自分でもよく分からないくらい、ひたすらに槍を振り続けていた。


 極度の集中――それが現実からの逃避だったとしても、俺はあらゆる雑念を捨て、槍と向き合っていた。


 故郷の町で子供に「ねえあのお兄ちゃん、すごくうつろな目でフラフラ歩いてるけど、もしかしてアンデッドなのー」と言われようが何しようが、俺は鍛練をやめることは無かった――



 ふと気付くと、身体を動かしながら思考するコツ、みたいなのを掴んでいた。

 そのしばらくあとに、全身にエクシードする術も会得した。



 ……自分でもいつの間にそうなったのかよく思い出せないんだけど、大げさに言えば、そんな感じで俺は強くなれた。


 俺はその頃まちがいなく不幸だったし、当時の俺に「その不幸のおかげで強くなれたんだ!」なんて言ったら確実にぶん殴られる。「そんな生易しいもんじゃねえよ!」と言い返されるだろう。 

 

 確かに、全然いい状況ではなかった。

 もう二度と、あんな思いをするのはごめんだ。


 ――だがあの経験が、今の俺の槍を形作っている。

 まあ同時に、性格もねじくれてしまったわけだが……。




 長々と昔を思い出したが、とりあえずこの戦闘と並行した戦況の分析というのは、敵の動きを見てから〝反応〟し、最善手を打てるというものだ。

 普通、一流の戦士ほど自分の動きの速度は〝反射〟の領域まで近付けている。そうしないと、刹那の交差である真剣勝負では役に立たないからだ。

 

 その点、俺は刹那の交差の間に思考し〝反射〟と同じ速度で〝反応〟できる。

 つっても理論立てて考えているわけじゃない。ほぼほぼカンで動いている。 

 

 だが、出来ると出来ないでは大違いだ。これのおかげで、フェイントなどに引っかかることはまずない。さっきみたいな予想外な事態にはさすがに驚くが、あれは例外だ。  


 

 ――なんてことをつらつらと考えていた刹那、視界に捉えていたはずのギルさんが、ドンと、急に巨大化して見えた。


 ――いや、またたきで一瞬目を閉じた間に、距離を詰められたのか。

 意識の間隙かんげきうように接近されたので、いきなり相手が大きくなったように見えたのだろう。故郷の武術師範が似たような技術を持っていた。


(相手の呼吸を読んでその隙をつくとか、一体どこぞの達人だよ)


 傭兵としてそこまで高める必要があったのかというほどの、技量。

 向こうから攻めてくることはないと思っていた俺の油断を、見事に突かれた形だ。



 気付いたときにはすでに、槍の間合いまで接近されている。

 反撃。下手な攻撃はさっきの二の舞だ。

 防御。あの分厚いオーラの攻撃を受けきる自信はない。

 回避。後ろに下がるのではすぐに追いつかれる。


 じゃあ、前に出るか。


 自ら拳の届く間合いまで接近する。

 相手もまさかの接近に動揺した様子が見てとれた。


 ギルさんの、素早く最短距離を突く一撃。右肩を狙ったこれを、屈んでかわす。

 同時に足払い。跳んでかわされたが、ここまでは予想通り。

 俺は足を払った勢いのままくるりと一回転、勢いを乗せて槍を下から叩きつけた。

 これをギルさんが左腕でガード、同時にまた槍を掴もうと右手を伸ばす――。


(かなり突拍子もない動きなのに、これも防ぐか。だけど……)

 

 ――これを待っていた。

 ギルさんが槍を掴んだ瞬間、槍を伝うようにして上体を跳ね上げる。

 そのまま両腕が塞がっているギルさんのみぞおちに、ひざを叩きこんだ――。


「カヒュ――」


 ひざが突き刺さり、身体がくの字に折れたギルさんの口から、小さく息が漏れる。


 俺は今はエクシード状態なので、ひざ蹴りも普段の数倍の威力がある。

 それをみぞおちに食らってもまだ、ギルさんは意識を失わずに立ち、ゆっくりと拳を振り上げた。


(すごい。けど、もうひと押し)


 俺は槍から手を放し、上から迫りくる剛腕をかわしざま、カウンターで右拳をギルさんのあごへと振りぬいた――。


 ごん!!

 

 鈍い衝撃が右手から伝わる。確かな手応え。

 拳を受け大きくのけ反ったギルさんはそのままゆっくりと傾き、大の字に地面へと倒れ伏した――。



 勝負は、決した。




「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

「やったああああああ!! お~いっエルスト~~~!!」


 瞬間、ギャラリーから響く歓声。それに混じってサラの声も聞こえてきた。こちらに向かってブンブンと手を振っている。


 ……ギャラリーはほとんどシュトラ傭兵団の傭兵だから、自分の団の代表が倒されたことになるだろうに、えらい歓声だなぁおい……。


 まっ、荒事が大好きな傭兵らしいか。

 熱くなれる勝負が見られれば、きっとそれで満足なのだろう。単純でよかった。



 ――今回の勝負、攻めるぶんには八方塞がりだったが、守るぶんにはやりようがあった。

 相手がカウンターが得意なら、わざと隙を見せ、向こうに攻めさせてカウンターを取ればいい。俺も相手の動きを見てから反応できるので、カウンターは得意だった。


 ギルさんの予想以上の技量には、面喰めんくらったが……。


 あと、言えることがあるとすれば――


「俺の勝ちですね」


 俺はこの特技のおかげで、不意打ちにはめっぽう強いんだな、これが。 

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