第二十一章 オーラとエクシード

 ――その後、今回の会合についてきた団の副長や幹部たちからも「エルストなら大丈夫でしょう」というお墨付き(いらない)をもらった俺は、しぶしぶ天幕の外に出て槍を振り、身体の調子を確認していた。


「エルストッ、すごいね! 一騎打ちだよ一騎打ち! たしか勝った人が負けた人の首を切って掲げて、うおおおおおって叫んだりするんだよね!」

「……いや、いくら野蛮な傭兵でも、それはしないと思うが……。これ、戦争の勝敗を決めるとか、そういうのじゃないし……」


 ワクワクした様子で明るい声をかけてくるサラに若干あきれながらも、俺は愛用の槍を構え、突き、払い、打ちなどの動作を一通り繰り返す。


 ――身体の切れは悪くない。急なことで驚いたが、今すぐにでも戦える。

 不安要素があるとすれば……。


「――ほう、いい動きだ。最初は驚いたが、どうやらかなり戦えるようだな」


 ……俺が戦う相手であるギルドシュトラ傭兵団の団長、ギルさんにあった。


 目の前にいるギルさんは身の丈二メートル近い大男。筋肉で隆起した体に俺と同じ簡素な革鎧を纏っている。団長よりは小さいが、それでも俺よりは一回り大きい体格で、純粋な力比べではかなり分が悪いと思う。


 不思議なのは、特にこれといった武器を装備していないことだ。目に付く武装と言えば腕を覆う籠手くらいのもの。

 素手で戦うということか? メリットがない。


(不気味だな)


 だが、やらないという選択肢はない。団長のご指名だしな。

 ――期待されているのだと考えれば、その期待に答えないわけにはいかなかった。


「大丈夫です。俺はやれます」


 俺が言うと同時に、周りを囲んでいた傭兵たちから歓声が上がる。

 お祭り気分かよ。

 

 そのままこっちだと言うギルさんの後についていき、草があまり生えておらず地面がむき出しの、ちょうど円のような形になった広場に移動した。


 その周りにはけっこうなギャラリーが集まり、好き放題ヤジを飛ばし始めている。

「やっちまえーっ、エルスト!!」「ぶっ殺せー、ギル団長!!」

「さあ、はったはった! 賭け金は一銀貨からだよ!」

 ……おい、命のやり取りはしないからな。あと、やっぱりお祭り気分じゃねえか。


 ギャラリーの中にはサラもいて、その傍らには副長の姿も見える。


 俺とギルさんが広場の中央で向かい合うと、団長がよく通る声を上げた。

 どうやら審判役をやるようだ。


「一本勝負だ。真剣を使っちゃあいるが命まではできるだけ取らないように。降参か、明らかに勝敗が決した場合は俺が止めて、そこで試合終了とする」

「分かりました」

「私も構わない」


 ルールの確認を終えるとギルさんが団長の方を見て、あきれたように声をかける。


「……しかし、こんな若造に団の命運をかけるとはな。ついに耄碌もうろくしたかグリート」

「へっ、言ってろ。試合はじまってから腰抜かすんじゃねえぞ」


 ……二人が会話している間もギルさんのことを観察していた俺は、ことここに至っても特に武器を装備していない対戦相手に、ますます疑心を深めた。


 いったい、なにを考えている?


「……おお若造。分からないって顔をしているな。武器を持ってないのがそんなに不思議か?」

「……ええ、まあ多少は」

「戦場では、そんなこと気にしてる余裕はないだろうよ」


 ――まあ、その通りか。

 戦場で何をしてくるか分からない相手に会ったとしても、相手がどう動くのかなんて分析している暇も、意味もない。


 ただ全力で、目の前の状況に対応するだけだ。


「――よし、じゃあ始めるぞ」

「はい」

「ああ」



「一騎打ち、始め!」



 戦場でどう出てくるのか分からない相手と相対した時、俺の対応はだいたい決まっている――。



 最初から全力で、先手を取るッ!!



 自分の体から淡い燐光がにじみだすのが、視界の端に映る――

 踏み出す。五メートルの距離をで詰めた。


「はあ!?」

 そのまま、勢いに乗せて槍を突き出す。相手は完璧に面喰っていた。これで決まるか?

 ――しかし左肩を狙った突きは籠手でうまく受け流され、逸らされる。


(すごいなギルさん。シュトラ傭兵団団長の肩書きは伊達だてじゃないか)


 さすが、年の功という感じだ。完全に不意をついた一撃にも、何なく対応された。

 多分、こういう意識の外からの攻撃を何度も受けてきたのだろう。場数が違う。


 そのままギルさんは背後に飛び、大きく距離を取る。そして叫んだ。


「ぜ、全身にエクシードだとっ!!?」


 ギルさんが、俺が身体に纏ったを見て目を見開き驚く。

 ……全身をオーラで強化するのって、かなり珍しいらしいからなあ。

 俺の身体は今、全身を薄らとした光が覆っているように周りからは見えるはずだ。



 ――オーラ。ある意味その者の強さを視覚化したものとも言えるそれは、体から立ち昇る淡い燐光として表れる。

 この光が大きければ大きいほど強いとされ、伝説に語られる英雄などは炎のように燃え盛るオーラを持っていたという話だ。


 そんな奴に戦場で会ったら、俺は絶対に逃げる。


「はっはっは! どうだギル、うちの若きエースは!」

「グリートお前っ! こんなのいったいどこで拾って来やがった!」

 団長が胸をそらしながら大笑いし、ギルさんはその団長に食って掛かる。

 

「……まぁあの若さでオーラ持ち、しかも全身にエクシードできるなんて普通は考えませんよねえ」

「オーラ? エクシードってなに?」


 視界の端で周りを囲んでいる傭兵たちがざわつくなか、サラが副長に説明を求めていた。


「……ああ、サラさんは見たことがないんですね。――オーラというのは強者のみが発する薄い光のことで、これを纏えるかどうかで一流とそうでないものの区別がつきます。そしてそのオーラを身に纏い、身体能力を強化することをエクシードと呼ぶんです」


 コクコクとうなずきながら話を聞くサラに、副長が言葉を続ける。


「ちなみに全身にエクシードをかけることができるのは、グリー傭兵団ではエルストだけなんですよ。オーラの総量が足りないという理由もありますが、何より全身にエクシードをかけるのにはセンスが必要なんです。あれはもう才能ですよ」

「……へえ~、エルストって、すごいんだね!」


 ……いやあサラにそう言われると、悪い気はしなかった。

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