武闘家の独白と一騎打ち

勇者一行の旅路 side武闘家

 俺の名前はディー・ハストン。王都で行われる武闘会で優勝したこともある、超一流の武闘家だ。このたび、栄えある勇者パーティの一員に選ばれることとなった。


 旅に出てすぐに立ち寄った町で、なぜか見知らぬ少女にこの俺が叩きのめされるという事態もあったが、ここまで魔王討伐の旅はおおむね順調に進んでいた――。

 


 ……ところで、うちの勇者パーティには、化け物のような実力の二人の女がいる。


 一人目はグレイ・ハーネット。横柄暴力おうへいぼうりょく女(過去るいを見ないほどの剣の天才)。


 二人目はリリネル・アライメント。高飛車毒舌たかびしゃどくぜつチビ(空いた口が塞がらないほどの魔法の秀才)。


 この二人が接近戦と遠距離のエキスパートとして俺達のパーティを支えている。というか、ほぼこの二人のおかげでここまで来れたようなものだ。


 勇者であるクロスは剣と魔法が使えて遠近両方いけるので何かと使い道もあるが、俺は無駄にでかい図体を活かし、体を張って盾役をするくらいしかやることがない。 


 ……俺、武闘家……攻撃役の、はずなんだが。


 勇者も十年に一人の逸材といっていいが、うちの女性陣はさらにその上をいく。

 あの怪物女どもと比べたら、俺なんて〝才能がある〟の域を出ない。


 俺は天才だと周りにもてはやされながら、師の元で欠かさず鍛錬を続け、二十代半ばで国一番の武闘家になることができた。

 だが俺はグレイのように、戦いごとに目を見張るようなスピードで成長するほど天才じゃないし、リリネルのように、寝る時と食う時以外ずっと魔術の研究をするほど努力家でもない。


 ――まあ、だからといって自分を卑下したりしないが。


 俺がこの身に刻んできた研鑽は揺るがない。そのくらいの自負はある。誰かと自分を比べる必要はないのだ。


 ……いつか絶対、あいつらは超えてやるしな!



 そんな感じに男性陣の肩身が狭い勇者パーティだが、なんだか最近、勇者とグレイがなんかこう、ギクシャクしている。どうやら恋愛沙汰のようだ。


 正直、このパーティに恋愛ごとを持ちこむのは避けたかった。痴情のもつれは人間関係を簡単に狂わせてしまう。こじれたら旅をするのもままならないからだ。

 二人の関係がうまくいけば問題ないので、幸いにもそういうことの危険性を理解していたリリネルと共に、俺達は二人を陰から見守ることが多くなった。



 女顔の見た目通りになよなよしていて、しかし温厚(勇者としてそれはどうなんだ?)な勇者と、乱暴だが、持ち前の強気で皆をぐいぐい引っ張っていく行動力のあるグレイは、傍から見ればなかなかお似合いのカップルだった。


 だが、どうやらグレイは故郷に男を残してきた(女じゃなく男ってのはあまり聞かない表現だが)らしく、それでどうにも二人の関係はにっちもさっちも行かなくなっているらしい。

 勇者なんか俺から見ても、グレイに惚れているのが丸わかりだからな……。


 でもそうか、やっぱりややこしいことになってんな。


 俺は旅に出る前に、付き合っていた女性との関係は清算してきた。二年間付き合っていたし、今でも好いているが、さすがに待っててくれなんて言えねえもんな。

 何年かかるかも、生きて帰ってこれるかも定かじゃねえ危険な旅だ。


 それに、人なんて数年も経てば必ず変わってしまう。何年も離れてりゃ、それはもう他人みたいなもんだ。

 ……いや、俺は怖かっただけなのかもしれない。

 彼女が何年も俺を好いてくれている自信が、無かっただけなのかもな。

 

 まっ、これは終わった話だ。それよりも今は、うちの勇者とグレイの関係が問題だった。



 最近になり、勇者とグレイのぎくしゃくした関係が戦闘にまで影響し始めたのを危ぶんだ俺とリリネルは、それぞれ個別で奴らから話を聞くことにした。


 俺が勇者担当で、リリネルはグレイ担当だ。

 同性同士の方が話しもしやすいだろうしな。


 折よく、河原でひとりボーっと座りこんでいる勇者を見つけたので、俺は軽い調子で話しかけた。


「ようクロス! ボーっとこんなところに座りこんで、いったい何してたんだ? ……もしなにか悩みごとがあるなら、年長者であるこの俺に相談してみないか?」


 ……話の持っていき方が強引だって? 勘弁してくれ。俺はもともと、こういうの苦手なんだよ……。


 まあしかし、超がつくほど素直でお人好しな勇者は、俺の言葉を聞いてぽつぽつと悩みを話し始めた。

 要約すると――。


 まず、勇者はグレイのことが好きである。それはもう、思いを断ち切るなんて不可能なほどにベタ惚れである。

 しかし、グレイには故郷に残してきた付き合っている男がいて、手紙を今も送り合っている様子を見るに、その男がいない場でグレイをかっさらうような真似はとてもできない。

 そういった事情で勇者は告白できてないが、グレイには勇者の気持ちがバレているらしく、そのことを勇者が変にごまかそうとするたびに失敗していて、どんどん関係がギクシャクしていっている――と、こういうことらしい。

 


 なるほどなるほど、そういことか~。

 これを聞いた時の俺の感想は、一言でいえば「めんどくせえ!」だった。


 まさか人様の恋の相談に乗るということが、これほど面倒なものだったとは……。

 勇者はこの旅の重要性もよく理解しており、そういう意味でも仲間であるグレイとの軋轢はマズイと感じているようであった。そうだぞ、それだけは勘弁してくれ。


 ……とりあえず、この話を聞いて俺から助言できることは、ほとんどない。 

 お人好しの勇者のことだ、想いを断ち切れないと自覚するまでに随分と悩んだことだろう。そんな勇者に、グレイのことは諦めろとはさすがに言えない。たぶん言っても意味ないしな。

 

 それにグレイの態度からして、彼女も勇者のことを憎からず思っているのではないだろうか。

 グレイの性格から考えて、もし勇者の気持ちに気付いているとしたら、無理だったら無理とはっきり言っているはずだ。そうしないってことは、グレイも迷っているんだろう。


 勇者が告白しちまえば白黒はっきりするんだろうが、それはグレイの彼氏の関係があって無理。

 だとするなら――

 


「とりあえず、俺達に魔王討伐と言う目的があるからややこしくなってるんだ。俺達は今、旅をやめることはできないし、そのグレイの男と話をつけることもできない。だったら、とっとと魔王を倒しちまえばいいのさ。そのあとだったら告白しようが、その男と三人で話をつけようが、なにしたって気兼ねする必要はねえだろう? ほら、魔王を倒しちまえば全て解決だ!」



 俺の言葉を聞いていた勇者はうつむいていた顔を徐々に上げていき、次の瞬間、笑顔になって答えた。


「……そうか、そうですね! 早く魔王を倒せば、こんなに悩む必要もないんですよね!」

「……そうだぞ! よしっ、自分のためにも、早く魔王を倒しちまおうぜ!!」


 ――この時、こういうと聞こえは悪いかもしれんが、俺は勇者を……まあ騙していた。 


 なぜなら魔王を倒したところで、こいつらの問題は全く解決しないからだ。 

 ギクシャクして旅に影響が出るのを気にする必要がないとか、そういう精神的な束縛からは解放されるかもしれんが、そのあとに待ち受ける修羅場がなくなるということでは、全然ない。


 だが、俺は年長者として、このパーティを存続させる義務がある。

 口から出まかせだろうがなんだろうが、勇者を悩みから解放し前向きにさせる必要が、俺にはあったのだ。


 許せ、勇者! これもひいては、人類のためなんだ!

 

 

 ――まさかこの説得を真に受けた勇者が、魔王を倒したその場でグレイに告白し、さらにそれをグレイが了承するなんていうことは、俺は想像だにしていなかった。

 ……グレイの元カレには、悪いことをしたかもしれん。許せ。

 

 ―*―*―


 ちなみに、偉そうなことを言っていた勇者パーティの武闘家ディー・ハストンは、魔王討伐後、きっぱり別れたつもりだった女性とちゃっかりゴールイン、幸せな結婚生活を送っている。

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