第十九章 賓客

 ――エルスト達が向かう先、オーレス国側の傭兵団、その中のギルドシュトラ傭兵団の駐留地にて――。



 雑多に傭兵たち混みあう駐留地、その中を悠然と歩きながら、手に持った手紙を難しい顔で眺めている男がいた――。


「ギル団長、それはグリー傭兵団が寄こしてきた手紙ですか? しかし今回の話、一体どこまで信用していいんでしょうね。古竜の里とか、眉つば過ぎませんか?」

「……団長含めた幹部たちが、危険を冒してまでわざわざこちらにやってくると言うんだ、十中八九本当の話だろうさ」


 盛りは過ぎているだろうに年齢を感じさせない、筋骨隆々の肉体を持つ男は、隣を歩く妙齢の、とても若い顔立ちをした女性に話しかけられていた。


「しかし奴ら、こんな手紙を寄こしてくるとはな。もし私達がこの手紙を国に流したら、一体どうするつもりだったんだ?」

「あなたもグリー傭兵団の団長と同じで、こういう話が大好きですからね。この誘いを断るはずがないと確信しているんでしょう。ある意味信用されているようで」


 かたわらで口に手を当てくすくすと笑う妙齢の女性に、男はばつが悪そうに頭を掻きながら言いづらそうな様子で答えた。


「……確かに、この話には乗るつもりだが……。だけど、ただ奴らの言うことを聞いているだけというのも、何だかしゃくじゃないか――」

「あら、悪い顔して、また何か企んでるんですか? 今回は、グリー傭兵団との衝突はなしですよ。仲間割れして上手くいくような作戦でもないですから」

「分かってるよ。そんなことはしないさ」


 そう言いつつも邪悪な笑顔を崩さない上司に、彼を補佐する立場である女性は呆れた目を向け軽く溜息を吐いていた。



 しばらく二人連れ立って駐留地内を歩いていると、進行方向から少しそれたところに、怒号や歓声が響くとても騒がしい一団を見つけた。


「ん? 何だあの騒ぎは?」

「ああ、あれは多分……」


 女性が言いかけた時、二人の目の前を人間がすごい勢いで吹っ飛んでいった。

 彼らの仲間とおぼしき傭兵は数メートル空中を飛行したあと、地面に落下しそのままゴロゴロと転がっていく。


「……なんだなんだ、今のはうちの傭兵じゃないか。しかもオーラ持ちだ。一体何が起きている?」

「あれ、団長にはまだ言ってませんでしたっけ? 腕に覚えのある傭兵たちが例の賓客ひんきゃくと手合わせしたいと言い出したので、私が許可を出しておいたんです。相手からの許可を得て、全て自己責任ならという条件付きで」


「賓客? ――ああ、か」


「勇者パーティの四人のうちの二人ですが、それでもすごいですよね。まさかオーレス国に、戦場に勇者を引っ張り出してくるほどの伝手があったなんて……。少し、向こうの傭兵に同情してしまいますよ」


 今も剣戟の音が鳴るたびに、面白いように傭兵たちが次々と吹き飛んでいた。


「……なあ、人間が、すごい勢いでバンバン吹き飛んでいるように見えるんだが、あれは現実か?」

「……どうなんでしょうね。魔王を倒した勇者パーティというのは、もしかして人ではないのかも」

「……それで、うちの傭兵どもをまるでオハジキのように弾き飛ばしているのが、噂に名高い〝剣鬼〟殿か――」

「ああ、あの勇者より強いという噂の……」



 ――流れるような金色の長髪。鍛えてあるのが一目で分かる、流麗で無駄のない肢体。切れ長の青い瞳を持った凛々しい顔つきの、とても美しい少女。


 彼女が右手に提げた剣を振るうたびに、一流であるはずの傭兵たちは抵抗もできず次々と吹き飛んでいく。


 一年前に魔王を倒し、新たな伝説となった勇者パーティ。

 その中でも最も強いと言われている剣士、グレイ・ハーネットがそこにいた――。 



 ―*―*―


「――グレイ、もういいんじゃないかな。そろそろ立ち上がれる人も少なくなってきたし……」

「……はあ、もう終わりなのか。最近体がなまってたからちょうどいいと思って付き合ったのに、これじゃ肩慣らしにもならない」


 美しい少女の口から放たれたとは思えない辛辣しんらつな言葉に、周りにいた傭兵たちが身動みじろぎする。

 怒ったのではない。少女の言葉から漏れでた気迫に、気圧されたのだ。


 その様子を見て、少女の傍まで寄っていた、可愛らしい女の子のような顔をした少年がぺこぺこと頭を下げる。


「すみませんすみません! グレイに悪気はないんです! それにたぶん、皆さんが思っているほど彼女は凶暴じゃないので、あまり怖がらなくても大丈夫ですよ」

「クロスッ! あんた、人を猛獣みたいに言うんじゃない!」


 少女が少年の首元を両手でつかみ、ガクガクと揺さぶる。

 傍目にはじゃれついているようにも見える二人のやり取りだが、少女は割と本気で怒り、少年の首は割とマジで締まっていた――。



 この二人こそ、オーレス国に戦争の協力を要請された勇者パーティのメンバー。

 〝勇者〟のクロス・ディライトと、〝剣鬼〟グレイ・ハーネットだった。



 その後、なぜかグレイに吹っ飛ばされた傭兵全員が彼女と握手をしたがり、ちょっとした握手会が終わった後その場は解散となった。


「――しっかし、魔王を倒せば世界もちょっとはマシになるかと思いきや、まさか人間同士で争い始めて、しかもその戦争にあたしらが駆り出されることになるとはね」

「しかたないよグレイ。今はこの戦争を終わらせるために、精一杯力を尽くそう?」


 勇者の言葉に、グレイはあごに手を当て考える仕草を見せる。


「……そうだな。それにこれは、チャンスとも言える。旅の間につちかった人脈に加えて、今回の戦争でオーレス国にデカイ恩を売れれば、国家権力に太いパイプができる。それを利用すれば、この戦乱の時代に成り上がるのはそう難しくないはずだし」


 勇者はグレイの言葉にあきれた様子を見せた。


「……またグレイはそんなこと言って。僕は嫌だよ、戦争を利用して偉くなるのは」

「なに言ってんだ、あんたは、あたしの旦那になるんだろうがっ。だったらせめて、一国一城のあるじくらいにはなってもらわないとね」

「……いつも言ってるけど、僕には荷が重いよ……」


 歩きながらそんな会話をしていた二人だが、グレイが一瞬立ち止まり、ふと空を見上げてつぶやいた。


「……そういえば、あいつ今頃どうしてっかなあ……」 


 勇者も立ち止まって振り返り、グレイに言葉を返す。


「あいつって、エルストさんのこと? ……やっぱり、グレイはまだ気になるの?」

「――いや、もう終わったことだ。一年前、エルストがあたしの顔を見るなり逃げ出すから多少気になったりもしたけど、今はもう、あいつとのゴタゴタは断ち切ったさ」


 首を振りながらそう答えるグレイに、勇者は彼女を心配し悲痛な様子で言いつのる。


「でもグレイ、あのあと、三カ月も彼のこと探してたのに……」

「……ふん、もういいさ、探しても見つからないんだし。それに、あいつならどっかで生きてはいるはず。そんな生半可な鍛え方はしてなかったから……。でもまあ、もしまたあいつと会うようなことがあったら、その時は――」


 グレイは、牙をむくように獰猛に笑った。


 ――言いたいことは、それなりにあるけどな……。

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