第十八章 作戦
宴の夜から一週間ほど経った頃、今回の古竜の里を救う作戦のパートナーとして協力を仰いでいた奴らの元から、送っていた使者が戻って来たことを俺達は知らされた。
戻って来た使者を通じて、その相手が面会の申し入れをしてきたことから、グリー傭兵団はすぐさま敵の傭兵団が指定した場所に向かう準備を始めた。
そして翌朝、団長、副長含めた少数精鋭で駐留地を出発することとなる――。
面会場所、と言っても空白地帯の中心に位置する平原から少し離れたところなんだが、そこに向かうための渓谷を馬に揺られながら移動していた俺とサラは、馬上でしっかりくっつき二人乗りをしていた。
サラは初めての乗馬らしく、随分とはしゃいでいる。
あと、これは関係ないことだが、スタイルのいいサラに背中にぴったりとくっつかれるととても柔らかい感触がして、かなり落ち着かなかい……。
心臓ばっくばくだ。悪い気分ではないが。
(……女性とこんなに密着しても鳥肌が立たないなんて、俺もだいぶトラウマが薄れてきたなあ……)
そんなことぼんやりと考えていると、後ろから覗き込むように首を傾げたサラに話しかけられた。
「でも、けっこうシンプルな作戦だよね。だって、敵の方にいる知り合いの傭兵団に協力してもらって、いっしょに古竜の里を攻めて負けたふりをするんでしょ?」
「ああそうだ。まあ知り合いつっても戦場でよくかち合うから顔見知りなだけで、仲が良いとか、そういうわけでは全然ないけどな――」
――古竜の素材は相当な高値で売れるので、乱獲して売りさばけばかなり稼げる。しかし、一体辺りの戦闘力が非常に高い古竜と争いになれば、こちらの被害も甚大なものになるだろう。
だったら、その高い戦闘能力をこちら側に引き込めばいい。
契約によって、これからの戦いの時にその力を貸してもらえるようにするというのが、今回の同盟におけるグリー傭兵団側のメリットだった。
古くから外界との関係を断ってきた古竜と契約するには、とてつもない対価が必要となる。それこそ、滅びの元凶になりつつあるこの戦争を終結させるぐらいでないと、恩を売り、信頼関係をきずくことは出来ない。
だが傭兵同士の戦争となっている今この時を置いてだけ、それを成し遂げる
俺の所属しているグリー傭兵団はなかなかの規模を誇っており、今回の戦争でも大小さまざまな傭兵団のまとめ役を任されている。だが、このことについては傭兵団の規模よりも、その名前の信用が大きく関係していた。
略奪逃走何でもありの傭兵稼業において、グリー傭兵団は雇い主の許可なく略奪しないし逃げもしない、比較的話の通じる傭兵団として信用を得ている。そのため報酬も弾む混成傭兵団のまとめ役を任されたのだ。
……うちの団は、ならず者ばかりの傭兵稼業においてはそれなりに良識のある団員で構成されているからな。割といい奴らである。
そして今回の作戦は、その信用を利用する。
信頼できるクエルト国側の傭兵団を抱き込み、オーレス側の何かと因縁のある傭兵団とも秘密裏に交渉して、それらの傭兵団と共に古竜の里を攻め、結果負けたというふりをするのだ。
予定している数の傭兵団の協力が得られれば、今戦争に集っている陣営の片方と同じくらいの戦力になり、それが敗れたともなれば両国とも手を出しづらくなるはず。
そうして古竜の里の戦力を二つの国に示したところで里から使者を出し、穏便にいきませんか――と古竜側の考えを突き付けるのだ。
相互不干渉か自治領として認めてもらうのかは分からないが、こうすれば、おそらく要求は通る。
つまり、武力で脅してから和平を提案するのだ。
アメとムチだ。……いや、ちょっと違うか。
その後、両陣営の主だった傭兵団に、両国と古竜の里との橋渡しをしてもらうという段取りになっている――。
……ぶっちゃけいろいろと穴の多い作戦だが、単純に、多くの傭兵団がこちら側につけばそれだけで、大部分の戦力が傭兵であるこの戦争は立ち消える。
ちなみに、その傭兵団らに協力を取り付けるためにかなりの報酬を用意する必要があったのだが、それは里で余っていた鱗や爪などの素材で補うつもりだ。
古竜たちの鱗や爪は割と頻繁に生え変わるものらしく、俺が里を見て回っていた時、それらが乱雑に積まれている倉庫を見かけていた。
『鱗や爪は頑丈でいろいろ使い道があるから、一カ所に集めて保存しているんだ』
と、古竜たちは言っていたか。
……あれを見た時は、ここにある素材だけでいったい何件豪邸が立つんだと、唖然と立ち尽くした。
古竜たちの望みは人間と極力争わないこと。なので、作戦のためならばとこういった素材は
すでにクエルト国側のいくつかの傭兵団とは交渉し、報酬をちらつかせて協力を取り付けることに成功している。
今回の作戦は、古竜の里に大勢で攻めて負けた〝ふり〟をするというものだ。
つまり(上手くいけばだが)作戦自体に危険はない。古竜も傭兵も手を出さない、ただの出来レースだからだ。
協力を決めた傭兵団にしてみれば、戦わずに今回の戦働きで得るはずだった金貨と同等の報酬を得られるのだから、この作戦に乗ることを躊躇う理由はない。
戦いによる損耗なしに、古竜の鱗や爪という金と同等の価値を持つ素材が手に入る。多少のリスクがあったとしても、傭兵にとってこれほどいい話はないのだ。
そして今回、作戦の後詰めとして、国と古竜の里の交渉の橋渡しを主だった傭兵団にしてもらう計画なので、どうしてもオーレス国側の傭兵に、協力者が必要だった。
その点、幸いと言うべきか何と言うべきか、グリー傭兵団はその相手に心当たりがあった。
グリー傭兵団とその傭兵団は活動範囲が被っているのか、何度も同じ戦場で鉢合わせしており、戦時の交渉や協定でも幾度となく顔を合わせているという。
俺はよく知らないが、聞いたところうちとその傭兵団は、団長同士が犬猿の仲という話だ。何でも互いにライバル視してるとか。
だが、彼らとは妙な親交もあり、数ヶ月前に泥沼化した戦場でかち合った時も、
「もうこんなもんやってられっか! 割に合わんわ!」
と両方の団長が切れて、互いに秘密裏に交渉を行い戦争を終結させるなんて出来事もあった。
とにかく奴らとは何かと縁があり、ある意味戦友と呼べなくもない不思議な関係の同業者である。
その名は、ギルドシュトラ傭兵団。
グリー傭兵団にとっては腐れ縁とでも言うべき、因縁の相手だった――
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