第十七章 宴

「――知っている奴も多いと思うが、俺達は昨日! 古竜の里に赴き、そこにいた古竜たちと同盟を結んできた! それだけじゃ何のことかさっぱり分からねえ、という奴も大勢いるだろう……それぞれ部隊の上役に確認してくれ! とにかく! 俺達グリートギート傭兵団はこの同盟によって、さらなる飛躍を遂げることになるだろう! 下手すりゃ死ぬが、それはどんな戦場だって同じことだ! 傭兵はいつ死ぬか分からねえ……だったら俺は夢を見る、成り上がる!! そしてお前らにも、同じ夢を見せてやる!! 今日は新たな門出の壮行式……という名の無礼講だ! ろくな食いもんもねえが、とにかく騒ぎ、踊って、酒を飲め!! 以上!!!」


 ――団長が音頭を取り終えたと同時、大きな篝火かがりびに照らされた広場のいたる所で歓声と、木のカップを打ちつけ合う音が鳴り響いた。中身は当然酒だ。


 ……こいつら、少量しか持ってきてない酒、今夜全部飲み切るつもりじゃないだろうな……。


 俺が半ばあきれながら、駐留地内で行われている宴の様子を少し離れた木陰から眺めていると、隣のひんやりと冷たい地面に木のカップを持ったサラが腰掛けてきた。


「エルストっ! みんなすごい元気で、楽しそうだね! ……人間てもっと複雑な生き物だと思っていたけど、ここにいる人たちは見てるだけでも面白いよ! それに、こんなに里との同盟を喜んでくれるなんて、なんだかうれしいなあ……」


 いや、たぶん、なにも考えてないだけだぞ。単純バカの集まりだからな。

(……まあ、気のいい連中と言えなくもないけど)



 ――傭兵団に入った頃、トラウマの件で人間不信ぎみだった俺は当初、傭兵団の仲間とは距離を取っていた。(今でも仲が良いというわけではない)

 なぜか隊長を任されきた時も、いきなり出来た部下に戸惑うばかりで信頼することは難しかった。


 だが、命を懸けた戦場を共に戦い抜くたびに、少しずつ目の前で騒いでいる傭兵たちが仲間であるということを自覚していった。たぶん、こいつらのことを少しづつ理解していったからなのだろう。……昔、まるで言うことを聞かない部下を叩きのめして、無理やり従わせていた頃には考えられなかったことだ。


 まっ、だからどうということもないのだが、少なくとも目の前にいる連中はではない。なればこそ、俺がグリー傭兵団を巻き込んだ今回の作戦、そうそう失敗するわけにはいかなかった――



「ていうかエルスト、こんなところで何してるの? それって、本?」

「ああ、副長から借りた戦術書だ。だいぶ前にこういった知識は副長に叩き込まれたんだけど、少し復習しようと思ってな」

「へえ~~、エルストって本読んだりするんだ」

「それなりには読む。昔グレイ――幼馴染みに、学をつけるためだって、有名な歴史書や自伝書なんかを押しつけられたんだよ」



 俺が子供だった頃――

「――エルスト、あたしの男になる気があるなら、いくらか学も身に付けときな」

 昔グレイに、今どき成り上がるには腕っ節だけじゃなくある程度の知識も必要だ、と言われて半強制的に読むことになった歴史書や自伝書。


 最初は難しい単語が読めず半泣きでイヤイヤ読んでいたが、今では暇な時によく読むぐらいの趣味になっている。 


「……もしかしなくても、エルストって頭いいのかな?」

「いや、専門的な知識はからっきしだから。そういったのを読んで分かるのは、大まかな歴史の流れと、人それぞれいろんな考え方があるってことくらいだ」


 とは言っても、本を読むことをやめる気はないが。

 なんだかんだいって本を読むと考え方に幅ができるし、視野が広がれば対処できる事態も増える――と、昔グレイに教えられた。


 あいつ、怖かったからな~。

 今でもグレイの教えは脊髄反射並みに体に染みついている。


 しばらくサラは俺の手元の本をじ~っと覗き込んでいたが、いきなり立ち上がるとニッコリ笑みを浮かべ、言い放った。


「――うん、でも、今は騒ごうよ! せっかくのお祭りなんだから、楽しんでおかないと損しちゃうよ」

 

 急にサラに手を取られて引っ張り上げられる。こいつの馬鹿力には逆らえない。

 

「いやちょっと待て、俺、もともとああいうのは得意じゃないっていうか……」

「いいからいいから! 今日は無礼講だって、団長さんも言ってたよ!」


 手を引かれるままに、陽気な声が響く場所へと二人で向かっていく。

 俺達に気付いた傭兵たちが、次々に声をかけてくる――


「ああ~、隊長やっときましたね! お酒、早く飲まないとなくなっちゃいますよ」

「おいっ、エルストてめえ!! なんで姐さんと手え繋いでるんだこの野郎!!」

「宴嫌いの隊長を引っ張りだすなんて、やっぱサラ姐さんぱねえ!」


 煌々こうこうと燃える大きな篝火が、広場でバカ騒ぎを続ける仲間たちを照らし出す。


 俺の手を引くサラの、火に照らされた淀みのない純粋な笑顔に、胸を締めつけられる。


 なんとなく、もしまたグレイと会えたら、今度は逃げ出さずに向き合えるような、そんな気がした――。

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