第十六章 やっぱり……
「――じゃあよろしく頼む、古竜の長よ。今回の同盟、双方に利益があることを祈ってるぜ」
『うむ、団長殿。ワシもこの契約がより良い未来へ繋がるものと信じておるぞ』
里長である、見上げるほど大きい老竜が差し出した前足の鋭利で野太い爪を、うちの団長が片方の手でがっちりとつかんだ。
……大きさが違いすぎてピンとこないが、たぶん握手だこれ。
――あの後、数刻も経たないうちに契約の詳細が決まり、グリー傭兵団と古竜の里の間で同盟が締結した。
なんと顔合わせからたった半日で同盟が結ばれてしまったのだ。このスピードには俺も驚いた。少しついていけない。里を見て回ってから決めるんじゃなかったのかよ……。
どうやらグリー傭兵団の幹部と古竜の里の長老たちは非常にうまが合うようで、ワル乗りした幹部が古竜の背中に乗り、面白がった古竜がそのまま空を飛びまわったりしていた。……だからついていけねえって。
能天気な幹部たち(団長含む)が遊んでいるあいだに、副長以下まじめに話し合いをしていた人たちのおかげで契約の内容が決定。遊んでいた連中を呼び戻し、両陣営のトップ同士のあいだで握手が交わされ同盟と相成った。
『こちらから貸し出す古竜は、ワシらで選別しておくからの。なに、ワシらの里には血気盛んな若い竜も多い。そちらに喜んで手を貸す者たちもおるじゃろう』
「ああ、頼む。作戦が進展したらその都度この里に伝令役を出す。もし荒事になったらあんたらが頼みの綱だからな、期待してるぜ」
その後、その日は夕暮れも近づいてきたので里で一晩泊めてもらい、あくる日の朝、大勢の古竜に見送られながらグリー傭兵団一行は里をあとにした。
火を灯し、里の外へと繋がった遺跡内の洞窟を抜ける最中、俺は気になっていたことを団長に聞いた。
「団長、やけにあっさりと同盟を結びましたけど、どうしてです? 当初の予定では、ある程度古竜の人となりを見て決めるはずだったんでは……」
団長は薄暗い洞窟の中こちらを振り向き、顔に微笑を張りつけながら答えた。
「最初はそのつもりだった。幹部の中にはまともに古竜と会話したことのある奴なんていねえし、完全に未知の交渉相手だったからな。だが、話していてすぐ分かったが、古竜は話の通じる相手だ。強くて、話が分かる、利害関係の一致した奴らなら同盟相手として不足はねえ。おめえの言うとおり随分さっぱりした考え方をしているようだし、国上層部を相手にするよりかは、警戒する必要もなさそうだったしな」
それに、と団長は続けた。
「お前みたいな不愛想な奴が、気に入っちまうような相手なんだろ? だったら警戒するのもばかばかしいと思ってよ」
「……最後のは余計ですが、まあよかったです。グリー傭兵団の協力が取り付けられなかったら、割とどうしようもなかったですからね――」
古竜の里へと会合に向かった俺達は、移動あわせてたった三日間で傭兵団の駐留地に戻って来ることができていた。
この三日間、サラが何かやらかさないかずっと心配していた俺は、これほど早く戻ってこれたことにひとまず安堵した。この短期間ならおそらく何も起きてないだろうと。
――だが、その淡い期待は、徐々に近づいてくる叫び声によってぶち壊された。
「隊長っっ!! エルスト隊長ぉお~~~~~ッ!!!」
うおっ、なに敵襲!?
あまりに必死なその声の様子に驚いたが、よく聞くとそれはうちの隊員のもので、サラの見守りを任せたそいつは手を振り回し叫びながら駆け寄ってきていた。
……いやな予感しかしない。
「た、隊長、お帰りなさいッ! いま、大変なことになってて……! と、とにかく早く来てくださいッ!
……あねさん? 姐さんって誰だよ?
駐留地内に大きく作られた広場の中央で、かるく武装した中年の傭兵と、なにも武器を持たない若く美しい少女が対峙していた。……片方は言うまでもなく、サラだった。
「――おうおう、最近うちで幅きかせてるっていう嬢ちゃんはあんたかい? ふん、随分きれいな顔してるじゃねえか。おめえさんに絡んで返り討ちにされたっていう若い連中、そのツラにヤラれちまったんじゃねえのかあ」
男の挑発が終わると同時に、広く円を作って周りを囲んでいた傭兵たちから下卑たヤジが飛ぶ。
……グリー傭兵団は他と比べると規律を守っているというだけで、こういうガラの悪いのは普通にいる。傭兵に国軍の騎士のような清廉さを求めても意味がない。
傭兵というのは、たとえ仲間内であってもそうそう舐められるわけにはいかない職業だ。サラと対峙している傭兵も、いきなりポッと出の少女に仲間の傭兵がやられたと聞いて、口を挟まずにはいられなかったのだろう。メンツのためには仕方ない。
ちなみにサラはというと、
「……ハア、またかぁ~~。ただいろいろと見て回ってるだけなのに、なんで最近、こうやって絡んでくる人間が多いんだろ……」
そのサラの後ろにも、「姐さん、やっちまえ~~!!」とむさい声を上げる傭兵どもがいる。こいつらは何なんだ?
「ああ、あいつらはいち早く姐さんに絡んで、そして返り討ちにされた連中ですよ。姐さんは美人ですからね~、ちょっかいをかけてくる連中が多くて多くて……そのあと、姐さんにブッ飛ばされた連中がすっかりその腕っ節に惚れてしまって、それで姐さんと呼んで後ろをついて回ってるんです。――いやあ、こんなに姐さんが強いなら最初から言ってくれればいいのに、隊長も人が悪い」
……ブッ飛ばされたというのは比喩じゃなく、本当にブッ飛ばされたんだろうなあ。俺も経験あるからよく分かる。
このバカ騒ぎを止められるものなら止めたいが、あちらの傭兵は俺が口出ししても納得しないだろう。
俺達傭兵は意見が割れた時、力づくで上下関係を決めるしかやりようがないのだ。やっぱり野蛮だな。
そして中年の傭兵はといえば、へらへらしながらも、その両目は隙なくサラを見定め、いつでも飛びだせるようにかるく脱力した構えを崩さない。
……おそらく、サラが竜人だという話は団内ですでに広まっているのだろう。
相手も、サラが見た目通りのただの少女ではないと、分かっているということだ。
(……仕方ない、サラが相手に大怪我させそうになったら、身体を張ってでも止めよう……)
俺が内心で悲壮な覚悟を決めた時、サラと対峙していた中年の傭兵が動いた――。
その傭兵は地面を滑るようにサラとの距離を詰め、大剣の腹をサラに向けて、剛腕に任せて真横に振りきる――
傍から見ていても、それは流れるような身のこなしだった。
確かな練度。力任せが多い傭兵の戦闘において、高い技術、度重なる実戦の経験によって裏打ちされたその一撃は、グリー傭兵団の質の高さを示している。
――だが、その一撃が届くかどうかはまた別の問題だ。
左側から迫りくる大剣の腹に、遠目から見ていても一瞬ブレるようなスピードでサラの右手があてられた。
――ピタリ。
かすむような速さで振りきられた大剣が、サラの真横に静止した状態で出現。その大剣の腹には、サラの右手が静かに添えられている――。
サラは戦場慣れした傭兵の渾身の一撃を、片手でなんなく受け止めていた。
サラの顔は涼しげだ。大して力を込めているようにも見えない。
それに比べて中年の傭兵の顔はどんどん赤くなっていく。おそらく、本気で大剣に力を込め続けているのだろう。
だがそれでも、大剣はピクリとも動かない。
中年の傭兵は、大岩に剣を押しあてているような気分になっているはずだ。
(……分かる、分かるよ。サラって、本当に馬鹿力なんだよなあ……)
俺がひどい目にあった共同生活を思い出し中年の傭兵に同情していると、のんきに周りを見回していたサラと目が合った。サラが嬉しそうに破顔する。かわいい。
そのままサラは何かを思い出すように首をひねると、次の瞬間にはまた、焦点がブレるようなスピードで動いていた――
相手の背後に素早く回り込み、傭兵の片腕をつかむと大きく捻り上げる。
関節技、だが……。
サラはそのままの体勢でこちらを向き、ニコニコと笑いながら話しかけてきた。
「おかえり~早かったねエルスト! ねえねえ、エルストがわたしを押し倒した時って、たしかこんな風に関節を捻ってたよね。こんな感じで合ってる?」
「いっでええでででででで!! か、肩が外れる……! 嬢ちゃん、ギブ、ギブアアアアッッップ!!!」
……全然合ってないです。
基本は敵の制圧が目的の関節技だが、あれだと激痛が走るだろう。
拷問のやり方としては、それなりに有用かもしれない。
「……サラ、とりあえずそのやり方は間違ってるから、その人の手はゆっくり放してやってくれ。ゆっくりだぞ……」
「え~~、間違ってるかな? でも、わかったよ――」
サラは、確かに傭兵の関節を決めていた腕を解放した。
だがそのあと、流れるように中年の傭兵のベルトをつかみ、片腕でブン投げた。
――大の男を、頭上三メートル程の位置まで。
細身の少女が男を、ゴミでもポイ捨てするかのような気軽さで放り投げる――
その全く現実感のない光景に、傭兵みんなで宙を飛ぶ傭兵を見送る――
ドグシャア!!!
サラの背後で、ちょっとヤバ目の落下音が響いた。
運よく尻から地面に落ちた傭兵は、落下の衝撃で目を回していた。
しばし静寂ののち……。
「「「「「うおおおおお!!! 姐さああああああああん!!」」」」」
サラを応援していた連中から割れんばかりの歓声が響いた。
……あっぶねえええええ!! ビビったあああああ!!!
今の、頭から落ちてたら、下手すりゃ死んでたぞ!
ケンカ大好きな周りの傭兵たちがすげえすげえと騒ぎたてる中、サラは投げ飛ばした中年になど目もくれず、笑顔で俺の方に駆け寄ってきた。
――サラの基準は、里の頑強な古竜たちだ。
だから今のも、サラにとっては少しじゃれついた程度の感覚なのだろう。
こいつに悪気がないのは、分かるんだが――
「……サラ、前にも教えたと思うが、人って、簡単に死ぬんだからな」
「うん、だから頭から落ちないように調整して投げたんだ。わたしも、ちゃんと手加減できるんだから!」
胸を張り、自信満々な顔でそう言うサラ。
「……そっか、じゃあまず、人を投げ飛ばさないっていう手加減を覚えてくれ……」
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