第十四章 マジぱねえ部下たち

 ――団長の一言でひとまず方向性は決まったが、何にせよまずトップ同士が会合をしなければ話が前に進まない。その後の会議の結果、視察も兼ねて、団長が複数の幹部を連れて古竜の里に向かうことになった。


 案内人は俺で、サラは言い方は悪いが人質としてこっちで留守番となった。

 さすがに、何の保証もなしに団長たちが古竜の里に出向くのは危険だという話になったからだ。


 ……まあ、サラがもし暴れでもした時に、抑えきれるかどうかは知らんが。


「――とりあえずこんなところか。ふぃー、本格的な開戦までまだ余裕があって助かった、これから忙しくなるぜ。……ああ後、エルストとサシで話がしてえから、幹部連中は少し外に出ててくれるか? サラ……だっけか、あんたもいいかい?」


 団長の言葉を聞き、幹部の傭兵たちがぞろぞろと天幕を出て行く。サラは不満げな顔で団長を見ていた。


「わたしも? ここで聞いてたら何かマズイのかな?」

「いやべつに不味まずくはねえが、そうだな……少しプライベートな話だからよ。もし気になるならあとでエルストに直接聞いてもらってかまわねえから。あっ、手枷てかせはもういいぜ」


「わかった」


 サラがそんなもの最初からなかったかのように、かるく手枷を引き千切った。

 団長が何とも言えない顔になる。ウケる。


「……それと、ここにいるあいだ、グリー傭兵団の敷地内だったら好きに動いてもらっていいぞ。どこでも見て回ってくれ」

「……わかった。エルスト、あとでお話聞かせてね」


 そう言って、サラもしぶしぶといった様子で天幕を出て行った。

 これで天幕の中には俺と団長だけとなった。ピリピリするような静寂に、柄にもなく少し緊張する。


「――さてと、話は分かった。ひとまず、グリートギート傭兵団はお前の持ってきた話に乗ることにする。でもお前、その里にそこまで親身になるのは、あのお嬢ちゃんの存在が大きいんだろ?」


 最初こそ真剣な顔で話していたが、途中からいつものおちゃらけた雰囲気に戻り、ニヤニヤ楽しそうに聞いてくる団長。

 真剣な表情ほどこの人に似合わないこともないし、こっちの方が話しやすいといえば話しやすいが……。


「……否定はしません」

 こんな時だけ鋭い団長に、誤魔化しても仕方ないと正直に答える。


「かーッ! 若いっていいな~オイ! ……でもよ、あの子は竜人なんだぜ。そこらへんちゃんと分かって言ってるのか、エルスト」


 ……? それがどうかしたんだろうか?


「……こりゃあ思ったよりマジみたいだな、お前。 まあ、本気じゃなきゃこんな話は持ってこないか……。いいだろう、今回のに限り、第十二部隊隊長エルスト・ルースカインは参謀として作戦立案会議に参加することを許可する。お前が提案した作戦だ、最後まで責任を持って成功させろ」


「――了解しました。必ず成功させます」



 分かってる。この作戦は元々俺の身勝手にグリー傭兵団を巻き込んだものだ。

 傭兵団にも利益があるとはいえ、自分のわがままに端を発していることは間違いない。

 

 だが、だからこそブレるわけにはいかなかった。

 町を飛び出してから、トラウマのショックで身動きが取れなくなっていた俺を、いろんな方向から叩き起こしてくれた古竜の里――あの場所を、サラを守りたい。


 この突き動かされるような感情だけは、間違っていないと確信していた。



 ―*―*―



 エルストが本営を去ったあと――。


「……また突拍子もないこと言いだしやがって。あいつって俺達とはどうも考え方がずれてんだよなー。くそっ、また爺さんの話を思い出したぜ……」


 エルストと入れ替わりで天幕に戻ってきた副長が、団長に言葉を返す。


「この前言ってた英雄うんぬんの話ですか? まあエルストは、型にはまらないところがいかにもそれっぽいですよね」

「……今んところ、これはグリー傭兵団全体に利益のある作戦だ。そしてグリー傭兵団の功績は最終的に団長である俺の功績……。あいつがこれから何者になっていくかは知らねえが、この件がうまくいったら、今回は俺の手柄にするからな! クソっ、エルストだけいいカッコしやがって、羨ましいんだよ!!」


「……部下と張り合わないでくださいよ、せせこましい……。そんなこといちいち言わなくても、エルスト一人では何もできないのだから上手くいったらグリー傭兵団全体の功績です。あっ、間違っても団長の功績ではありませんので」

「うっせえ!! 分かってるわ!」


 ―*―*―


 天幕の外に出ると、すぐ近くで待っていたのかサラが小走りで駆け寄ってきた。


「エルスト~~っ! 大丈夫だった? あの人にいじめられなかった?」

「……大丈夫だし、あれでもうちの団長でけっこう信用できる人だから、そんな心配はいらないからな」

「そっか、ならよかった~! でも、確かにいい人そうだったけど、少しだけ悪いことも考えていそうだったから、ちょっとだけ気を付けたほうがいいかも……」


 ……確かに、あの団長なら腹に一物あっても不思議ではない……。

 どうせ大したことじゃないだろうけど。


 そんなことより、サラの言葉の端々はしばしから俺への信頼が感じられて、それがかなりうれしい。何だかニヤけてしまいそうだ。



 なんてことを考えていると、どこからかひそひそと声が聞こえてきた。


「――おい、なんか隊長、だらしなく顔が緩んでるぞ。どうしたんだ一体?」

「――バッカお前、隊長に聞こえるだろもう少し声を落とせ……! 隊長の顔がだらしなくニヤけてんのは、あの美少女とイイ雰囲気だからに決まってんだろ……!」

「視察任務中に美少女をお持ち帰りなんて、やっぱうちの隊長ぱねえ!」


 ……なんか天幕の影に隠れてこそこそしている連中がいる。ていうかあれ、俺が指揮している部隊の隊員、一応俺の部下である傭兵たちだ。


「……おい、聞こえてるから。気になることがあるなら直接俺に聞いてかまわないから」


 ジロリと部下たちが隠れている方角を睨みつけ、さっさと出て来いという意味の言葉を放つ。

 部下たちは一瞬びくっと驚いたあと、そそくさと三人とも俺の前まで近づいてきて、興味津々な様子で聞いてきた。


「隊長! なんか真っ赤な古竜に乗って空から降りて来たって話、本当ですか!」

「隊長! 古竜がたくさん集まってる里を発見して、しかもその里を救いたいって話、本当っすか!」

「隊長! 隣のお嬢さんに気があるって話、本当ですモガもがモガ……!」


 ……どんだけ耳が早いんだよこいつら。てか、さっきの会議盗み聞きしてただろ。

 あと最後の奴、それ以上サラの前でよけいなこと言ったら、くびり殺すからな……。

 

「隊長ストップ、ストーップッ!! そいつ首絞まってますって! なんかモガモガ言いながら、顔青くなってるし!」

「バッカお前、隊長が加減を間違うわけないだろ。俺達がきれいに半殺しにされた時のこと忘れたのか?」

「ホントだエルスト、加減するの上手だね! わたしだったらたぶん、鶏にするみたいにきゅって絞めちゃうよ!」


 ……ハア。なんかもうグダグダだな。

 とりあえず、モガモガ言ってる部下の首から手は放しておいた。


「お前らにはちゃんと全部説明するから、少し静かに聞いててくれ。――もし余計なことを聞いたら、分かってるな?」


 皆、これ以上ないくらい首を縦に振った。

 それでよし。 




「――なるほど~、そうですか。そんな事情があったとは……」

「つまり、隊長は団長たちを連れてその里の視察、サラさんはあんまよくない響きっすけど、人質としてこっちで留守番ってことっすね」

「ああ。たぶん大丈夫だと思うけど、サラを見守ってもらってもいいか?」

「了解です! この気遣い、やっぱうちの隊長ぱねえ!」

「むう~~、大丈夫だよエルストっ、わたしは一人でも!」


 ……お前の心配じゃないんだ、サラ。お前の無自覚な攻撃にさらされるかもしれない、傭兵仲間たちが心配なんだ……。


「くれぐれも、サラのことはよろしく頼む。もし手なんか出したら、身体ごとプチって潰されるからな」

「ハハッ、隊長がいるのに、そんな恐ろしい真似はできませんよ!」


 ……いや、この場合俺じゃなくてサラが……。

 まあ、そのうち嫌でも気付くか。


「じゃあ、俺も視察に出るための準備をしてくる。サラ、頼むから静かにしててくれよ」

「大丈夫だよ~エルスト。わたしも少しは手加減を覚えたんだから!」


 ……だといいけどな。

 俺は笑顔のサラに若干の不安を抱えながらも、視察に向かうための準備を始めた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る