第十三章 リスクとリターン
「あれ、エルスト隊長、だよな……。なんか今、すげーでかい赤いのに乗って空から降りてきたように見えたんだけど……」
「バッカお前、すげーでかいのってエルスト隊長の隣にいる赤い髪の女の子のこと言ってんのか? どこから見ても可憐な美少女だろうが!」
「いや、儂も見ていたがエルストの小僧は確かに赤い竜に乗って空から降りてきたぞ。そのあと竜はあの少女に変身したんじゃ。人化できるということはあれは古竜か……。エルストのやつ、今度は何に首を突っ込んできたんじゃ」
……当たり前だけど、下はすごい混乱してるな。
グリー傭兵団の
でも武装した仲間に取り囲まれていないだけ、まだましか。……大声出して、身振り手振りで危険はないと空から伝えた甲斐があった。
地上に降りたあとのサラはと言えば、人化してから興味深そうにあちこち見回している。そんなサラを見てさらに野次馬がざわざわと騒ぎ始める。
……収拾がつかねえ。
どうするかと考えていると、ざわついている人垣の中からグリー傭兵団でも古参の傭兵、ヨボンさんがひょっこり出て近づいてきた。
「よーうエルストや、よく生きて戻ってきた。お前さんが三日も帰ってこんから、お前の部下が探しに行くと騒いで大変じゃったぞ。――ところで、今度は一体何をしでかしたんじゃ? 視察任務の帰りに古竜に乗って空から降りてくるとは、儂も聞いたことがないわい。どういうことか説明せい」
うーん、ここにいる全員に納得させるように説明するのは大分骨が折れる。
できれば最初に団長に話を通して、その後みんなに伝える方が楽なのだが……。
「いや、できればこの女の子、サラと二人でまず団長に話を通したいんだけど」
「……女の子って、そいつは竜人じゃろうが。お前はともかく、その子までいきなり団長に会わせるわけにいくか」
まあ、そうか。
昔はどうだったか知らないが、今人間と古竜は友好的な関係では決してない。
古竜は人間には不干渉な立場を貫きたいようだったし、人間はごくまれに見つける古竜を素材と見て狩ってしまっている。
――言葉は通じるはずなのに、両種族の
「わたし、その団長さん? を殺さないって約束するよ?」
俺の後ろからひょこっと顔を出してお願いするサラ。やっぱり可愛い。
途端に顔を赤くするヨボンさん。
……おいジジイ。
「ゴッ、ゴホン! まあエルストのすることじゃ、なにか考えがあるんじゃろう。ただ、団長に会うのならサラちゃんには手枷をつけてもらいたいんじゃが……」
「うん、それぐらいなら全然いいよ。はい、お願いおじいちゃん」
跳ねるように移動し、笑顔で両手を差し出すサラ。
おじいちゃんと呼ばれたことがよっぽど嬉しいのか、とろけたように頬を緩ませるベテランの傭兵。
……ちょっとチョロすぎないかこのジジイ。
だいたいサラはそんな手枷ぐらい、おそらく一瞬で引き千切ることができるぞ。だからサラは手枷をつけられることに何のためらいもなかったんだろう。
騙されてるぞ、ジジイ。
でも、サラの外見が警戒心を解くのに一役買っていることはありがたい。
……ちょっと効き目が強すぎる気もするが。
「団長は今本営の天幕にいるはずじゃ。見張りも兼ねて儂が同行しよう。――サラちゃんや、迷わないようにしっかりついてくるんじゃぞ。あと儂を呼ぶ時は、先程のようにおじいちゃんでかまわんぞ。そうだ! アメちゃんがあるんじゃが――」
さっさと行こう。
「……悪いんだが、もう一回説明してくれるか、エルスト……」
団長と副団長、それにグリー傭兵団の幹部たちが揃っている天幕で、俺は今回の経緯を一通り説明していた。
「ハイ、視察任務の途中で古竜であるサラに出会った俺は、彼女になぜここにいるのかと問われ、目的を答えたところ古竜の里に案内されました。空白地帯で戦争が起こるというのは古竜の里にとってもかなり重大な事態だったらしく、里の長と直接話をする必要があったようです。里の長、とても巨大な灰色の老竜でしたが、この古竜に事情を話したところ、かなりの戦力を持つ古竜の里といえど人間の国と本格的に事を構えるのは本意ではないようでした」
本当は二回も殺されかけたが、そこを省いて簡単に説明するとこんなところか。
「そこまでは分かった……。いや、古竜が大量に集まって、里を形成していたという話もにわかには信じられんが、それは置いておこう。問題は……」
副長が団長の言葉を引き継ぐ。
「古竜の里と勝手に交渉したという点ですね。まるっきり勝算のない作戦というわけでもありませんが……成功率は五割以下といったところでしょうか。しかも、上手くいった時のリターンも不透明です」
副長の言うとおりだ。だが……
ここだ。ここで説得できなきゃ意味がない。
「たしかに、古竜との交渉を勝手に進めたのは謝ります。しかし、古竜はただ狩るべき獲物ではなく交渉すべき相手だと、俺は里での交流で感じました」
サラを
「彼らは人間と変わらない文化的な生活を営んでいます。それに、それだけが争わない理由じゃありません。古竜の里の戦力は強大で、一個の傭兵団など歯牙にもかけません。おそらくその戦力は一国にも匹敵します。まともにやり合えばかなりの被害がでるはずです」
古竜の里の存在が広く知れ渡った時、クエルト国とオーレス国がどんな反応を示すかは分からない。だが古竜の里を相手に万全を期すなら、両国が一時的に共闘する可能性も十分にあり得る。
それでもとんでもない被害が出るだろうが。
「彼らとは交渉できるなら交渉するべきなんです。古竜は一体でもすさまじい戦闘力を誇ります。今なら、この作戦がうまくいけば、彼らと敵対することなく仲間にできるかもしれない。彼らの里から数体でいい、古竜の力を借りることができれば、うちの戦闘力は飛躍的に上がります」
――古竜という種族は信用してもいい相手だと、俺は信じています。
言いたいことは、言った。
さて、どうなるか。まずないだろうが、最悪サラに被害が及ぶような事態になれば、俺は何としてでもサラだけは逃がさねばならない。
老竜との約束だ。
幹部の傭兵が口を開く。
「エルスト、お前さんだから話は一応聞いたが、これがどれだけでかい話か分かっているのか? 拠点はクエルト国から空白地帯付近に移す必要が出てくるし、下手をしたら周辺国と敵対することにもなりかねない。リスクがでか過ぎる」
……反論できない。だが――。
「いいじゃねえか」
その時、団長の言葉が場の空気を切り裂いた。
「リスクのないでかい話なんてのは存在しねえよ。俺は今回の件、リスクとリターンは釣り合っていると思うぜ」
団長は子供のように目をキラキラさせながら、それでいて獰猛に笑った。
「いいじゃねえか。このままクエルト国内で信頼を積み重ねて、小領主の地位を狙うのも悪くないと思っていたが……。古竜と盟約を結び、空を支配する傭兵団か。――いいぜ、成り上がりの匂いがプンプンする」
そう、勝算というのは団長その人の気質にあった。
団長は野望を持っている。しかしそこにゴールはない。
ただひたすらに成り上がる。どこまでも上の地位を目指しているのだ。
宴の席で酒が入ると英雄の歌を高らかに、楽しそうに歌い出す。いい年して子供みたいな夢を持ち続ける団長は団員の皆をあきれさせることもしばしばだ。
だが、それでも皆団長について行く。
団長なら、そこまで導いてくれると信じられるからだ。
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