第十一章 脅し

「――そっか、少しずるっこい気もするけど、それがうまくいけば……でも」

『うむ……もしその作戦が成功すれば、戦争は起こらんかもしれん。ヌシらが命懸けでそれを為せたなら、ワシらもヌシたちを同胞と認め手を貸そう。だが……』

「話が大きすぎるんじゃないかな? 本当にうまくいくの?」


 そうだよな。こんな突拍子もない思いつき、普通は成功するなんて考えない。

 だが、勝算はある。

 うちの団長はこういう話が好きなのだ。野心に溢れているというか、あの年になっても子供のままというか……。

 だけど、そんな団長だからこそ団員たちもついつい惹かれてしまうのかもしれない。実は俺もそうだ。


「作戦がうまくいくかは分かりませんが、グリー傭兵団の協力は得られると思います。いずれ戦うことになるのなら、その前にこの作戦に賭けてみませんか?」

『ふむ……言いたいことは分かった。しかし、ヌシは何故そこまでしようと思うのじゃ。昨日今日初めて訪れた古竜の里に、どうしてそんなに肩入れをする?』


 なぜ? なぜと言われると説明するのが難しいのだが……。


 ちらりとサラを見やる。サラは、どうしたの? とでもいいたげに首をコテンと傾げた。

「……うまく説明できないんですが、この里はそう簡単に壊されていい場所ではないと感じたといいますか……。あなたたちが素材目当てで狩っていい相手とも思えませんし、それに……」


 またちらりとサラを見る。今度は反対の方向に首を傾げられた。

 ……俺も、何でサラの方を向いているのかよく分からないので、首を傾げたい気分だ。


『……ほう、ほう! なるほど、そういうことかの。どうやらヌシは見る目もあるようじゃ。孫娘を大事に育ててきた甲斐があったというもの。今のヌシにはやれんが』


 ……なんか勘違いされてないか。

 いや俺、そういう恋愛ごとからはしばらく離れていたいというか、なんというか。


『とにかく、そういうことならサラを使節として、そちらに連れて行ってもらいたい。ヌシに隠しても仕様がないから話すが、おヌシらが本当に信用できるか見極めるためじゃな。それと、ヌシが今の話を思いついたのは今しがたで、仲間たちはこの里の存在すら知らないのじゃろう? ならばサラを連れて行くことで、話を信じてもらう根拠になるのではないかのう』


 サラが急に呼ばれたことに驚き、老竜を見上げる。

「ええっ、わたしが!? ……やったあっ! 外に行けるの!?」

『お前は昔から好奇心旺盛じゃったからのう。しっかりと信用できるかどうか見極めてくるのじゃぞ』

「そういうのは直感でなんとなく分かるから大丈夫! エルストも良い人だったでしょ?」

『……いや、ワシはそやつも含めて言っているんじゃが』


 話が勝手に進んでいた。

 でも確かにこの里の存在、それと古竜が話が通じる種族と知ってもらうためにも、一人は古竜について来てもらいたい。


(サラについて来てもらえるなら心強いか――)


「じゃあサラ、一緒に来てもらってもいいか?」

「うん、いいよ! じゃあ少しだけ準備してくるからちょっと待っててね」


 上機嫌で足早にこの天然のドームから出ていくサラを見送る。

 ――あれ、老竜と二人になってしまった。



『ヌシよ』

 上から威厳のある声が降ってきて、少しビクつく。


「……なんでしょうか?」

『孫に手を出そうなどと考えるなよ。まだ幼いが、里の中でもかなりの力を持った古竜じゃ。今のヌシでは食いちぎられるのお。それと――』


 ――いきなり、呼吸が苦しくなるほどの莫大な威圧が”落ちて”きた。


『――もし、もし孫娘に傷一つでも負わせてみろ、必ず貴様らを一人残らず食い殺してやる。驕るなよ、どれだけ大規模な傭兵団だろうと、我ならたやすく踏み潰せる。サラとてそう簡単にやられる竜ではない。抜けて見えるかもしれんが、一人で様々なことに対処できる能力を持ったサラだからこそ、我は送り出すことができる。……だが』


 血液が凍るような悪寒を感じながら、俺は目の前の老竜が、今初めて殺気をぶつけてきたのだということを理解した。

 ――戦っていた時を遥かにしのぐ、圧倒的な恐怖。


『サラが傷ついて逃げ帰ってくるようなことがあれば、我は目に映る人間を殺しつくすまで、止まることは無いと知れ』


 気がおかしくなりそうな恐怖の中、冷静な部分が俺はまだ信用されておらず、これは脅しだという事実を伝えてくる。

 まあ当たり前か。サラは俺を直感で信用したと言っていたが、普通は出会って間もない相手を信じることなんてできない。俺だって彼らが絶対に危険のない種族だとは思っていないしな。


 つまり古竜たちと俺の関係は、完全には信用できない危険な交渉相手だ。


 それを理解していたからこそ、その巨大な眼を見据えながら放った言葉は、俺自身まるで予想外なものだった。



「サラは、必ず俺が守ります」



 ……あれ、俺、何言ってんだ……?。

 相手は俺にサラを傷つけるなと脅しているのに、なんでその俺がサラを守るなんて口にしてるんだ……。

 答えになってないし、信用されるわけもない。


 でも俺は、口から出た言葉を引っこめる気にはなれなかった。



 気付くと、あの重苦しい殺気がきれいに消えていた。

『ふむ……ヌシはどうやら、サラに関しては信じてもいいようじゃ。このままでは人との争いを避けられないのも事実。すまんの、ヌシを試すようなことをして』

 ホッホッホと好々爺のように笑い出す老竜。このジジイ……。


 おそらく先程の威圧や口調が、古竜の里の長である老竜本来の姿なのだろう。しかし、ならばなぜ――。

「古竜の長よ、さっきのが素ですか? なぜ隠して……」


 老竜は大きく息を吐き、悲哀のこもった眼でこちらを見た。


『ワシも孫娘に嫌われるのだけはごめんじゃからのう。あんなに威圧的に接して怖がられては敵わん』

「…………」

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