第十二章 カワイイんだが……

「なあ、長く生きた古竜っていうのは皆あんなに強いのか?」

「う~ん、おじいちゃんは特別だよ。おじいちゃんクラスの竜が何頭もいたら、今みたいに人間に隠れて暮らす必要もなかったと思うし……」

「そうか……そうだよな。あんなのが何体もいたら、今頃大陸は古竜に支配されているはずだ」

「アハハ、そんな面倒くさいことしないよ。昔は、古竜と人間が丁度いい距離感でつきあってた時代もあったって、おじいちゃんが言ってたし」


 サラが楽しそうに喋りながら、森を流れる小川を一跳びで越えていく。

 あのあと俺とサラは里を発ち、グリー傭兵団の本営へと向かっていた。


 そしてその間大変だったのは、なぜかテンションが高いサラを引っ張っていくことだった。

 先導してはいるのだがサラは楽しげにあちこち飛び回っていて、連れて行くのも一苦労という状況だ。


「ずいぶん嬉しそうだなあ。何でそんなにはしゃいでるんだ?」

「んふふ~、なんでだろうねえ~。たくさんの人間を見に行くのって初めてだから、ワクワクしているのかも! あとは君と一緒に歩いてるからかな~」


 笑顔でそんなことを言ってくるサラに、ドキリとする。


 ……老竜にも言われたし、認めよう。

 俺はサラに好意を持っている。多分。


 横顔をちらと見ただけでも分かるが、彼女はすげえ美人だ。町ですれ違ったら十人中十人振り返るレベル。あとすごい好み。

 目はキラキラ輝いているし、常にニコニコ笑っているし、その弾んだ声を聞くだけでもなんだか癒される……。

 こんなに可愛い子が近くにいたら、男なら誰だって好意を抱いてしまうはずだ。一目惚れしたっておかしくない。

 竜人独特の感覚ゆえに少しずれているところもあるが、それを差し引いても十分魅力的だと思う。かわいい好きだ。


 しかし俺は、この感情をありのまま受け止めることができないでいた。

 ……いやなんか、体の芯に震えが走って……。


 正直、恋だの愛だのにビビってる。トラウマが消えずに残っているのだ。

 克服したとまで考えてはいなかったが、思った以上にあの体験は骨の髄まで刻まれているご様子――


 簡単に言うと、怖いので恋愛とかマジ無理。勘弁して下さい。


 だから彼女のことが気になっていても、アタックなんてかけられないし、かけるつもりもない。

 でも彼女のために、できる限りのことはしようという気持ちはあった。


「あっ、そうだ! このままのんびり歩いて行くのもいいけど、せっかくだし飛んで行かない? 背中に乗せてあげるよ!」

「? サラが俺を背負うのか?」

「ちがうちがう! ちょっと待ってて――」


 言うや否や、目を閉じたサラの周りに炎が渦巻く。

 サラの姿を覆い隠した炎がひときわ巨大になり――。



 その中から、ルビーのような光沢を放つ鱗に覆われた、美しく輝く赤い竜が現れた。



(でっけえ……)

 老竜ほどではないが、高さだけでも五メートル近くある。大きな翼を持った二足歩行の古竜が目の前にいた。


「サラ……だよな……。すげえ、やっぱりお前も古竜なんだな……」

『えへへ、カッコイイでしょ。このキレイな鱗はわたしの自慢なんだ! 飛ぶのも得意なんだよ』


 不思議な感じの甲高いサラの声が、目の前の古竜から響いてくる。どうやらサラで間違いないらしい。

 サラはぐるんと振り向き、背を向けた状態でかがんだ。


『さあ、乗って乗って! 落ちないようにしっかりしがみついてね』

「なんていうか、いいのか? 俺を乗せても……」

『エルストならいいよ。安心して背中に乗せられるし』


 結構いかつい顔(当たり前か)のドラゴンが、器用に眼を細めて笑っている。かわいい。

 サラは無用心すぎる気もするが、ここは信頼してくれたことを素直に喜ぼう。


 勢いよく背中に飛び乗り、言われた通りしっかりと長い首にしがみつく。


『準備できた? じゃあ、いくよ!!』

「おう!!」


 瞬間、弾き出されるようにして森を飛び抜け、空を舞う。

 体に圧がかかり、引き剥がされないよう必死にしがみつく。


 俺は空を飛ぶという独特の感覚に少し怯えつつも、それをはるかに超える高揚を感じていた――。

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