第十章 九死一生の策

「それで、どうしたの? なんだか難しい顔して悩んでたみたいだけど……」

「……いや、この里のために何か出来ることはねぇかなって考えてた」

「ええっ!? エルストも人間と戦ってくれるの!!」


 ……こいつの頭の中では、もう人間とドンパチやることは決定事項なのか。もう少し別の方法を考えようぜ……。

 あとさすがに、その選択肢は取りにくい。国家VS古竜の里の戦争で俺一人だけ離反したところで何の影響もないだろうし、意味なく犬死するのはごめんだ。

 

 ――抜け道を探す必要がある。

 今ある対立構造から穴を見つけて、それを利用するしかない。



 現状、この戦争はクエルト国とオーレス国の領土争いだ。どちらも空白地帯を欲している。そして古竜の里はその空白地帯に存在しており、両国にとっては邪魔な里。まだ存在すら知られてないだろうが、見つかるのは時間の問題だ。


 ……今回の戦争、他と違うところがあるとするなら、それは両国とも正規兵より傭兵の数の方が多いという点だろう。これには事情がある。


 クエルト国とオーレス国、この二つはもともと空白地帯を挟んですら国交のある国々で、流通など互いに支え合っている部分が大きい。なのでガチのぶつかり合いをして国交断絶なんてことになったら、両国とも困る事態に陥ってしまう。


 だから傭兵を大量に雇い、戦争をしますというをとっているのだ。

 そもそも、両国ともただメンツのために「はい半分こ」と出来ないだけで、今回の戦争はどちらがどれだけの領土を手に入れるのにふさわしいかという、武力の示威行為に他ならない。


 本気で戦争して遺恨が残っても困るから、とりあえず小競こぜり合いで優劣をつけて空白地帯を分け合いましょうね、ってことだ。領土問題というのは面倒なもので、こういった形式を踏まないと土地を分割することすらままならない。


 団長たちも同じ考えだったから、おそらく間違いはないだろう。しかし――

   

「……でもなあ、本気で戦争する気がないと言っても、この里が邪魔であることに違いはないんだよな……」 

「……もし考えが煮詰まっているなら、おじいちゃんのところに話でも聞きに行く? エルストがこの里のためにそんなに悩んでくれているんだから、きっとおじいちゃんも知恵を貸してくれるよ!」


 そう、だな。

 古竜たちもこの戦争についてずっと話し合いを続けているようだし、もうすでに解決策の一つや二つ出ているかもしれない。

 よし――。


「じゃあサラ、案内してくれるか?」

「分かった! たぶん、前と同じ所にいるから――」




『すまんのう、まだ何も浮かんどらん』

 

 ダメだった。

 サラの爺さんである老竜と最初に対面したあのドーム状の空間に着き相談後、第一声がそれだった。


『話し合いに参加した竜どもは無駄に長生きだけはしておるくせに、二言目には戦うしかない、死んだらそれはそれでしょうがないと、議論の余地がなくてのう……。生産的な案がひとつも出てこないんじゃ。あれでは、まだヌシと一対一で話をした方が実りがありそうじゃわい……』


 大きく鼻から息を吐き、やってられんわといった様子で愚痴をこぼす老竜。


『……ワシは人間が本格的に攻め込んでくる前に、この里にどれだけの戦力があるのかを見せつけ、相手を引かせること出来ればそれが最良の選択だと思うておる。いくらこの里が精強を誇ると言っても、わらわらと増え続ける人間の相手をし続けることは無理じゃからの。じゃが……』

「その示威行為が難しいですね。やり過ぎても恨みを買うし、中途半端ではそもそも意味がない……」

『うむ、向こうに被害を出さず、それでいてこの里の強靭さを知らしめることが出来れば、それが一番なのじゃが……」


 そんな方法があるのだろうか?

 確かに目の前の老竜もいることだし、俺だったら大金やるからこの里に攻め込めと言われても御免ごめんこうむりたい。

 だがそれは、俺が古竜と実際に戦いその恐ろしさを身をもって体感しているから言えることで、もし何も知らずに数千の味方と共にこの里に攻め込めと言われたら簡単に頷いてしまうだろう。その数でもぎりぎりであることが今なら分かるが。 


 この里の戦力は正確には分からないが、今の時点で両国に集まっている傭兵達をかき集めてようやく互角といったところか。


 ん? ……傭兵達をかき集めて、互角……。


 そうか、それなら。

 

「……もしかすると、争わずに人間との戦いを回避する方法があるかもしれない」


 サラと老竜が目を見開いてこちらを向く。

 信じられないはずだ。馬鹿げた話だと誰もが思うだろう。

 だが傭兵同士の戦争となっている今この時をおいてのみ、それを可能にする方法があった。


 戦争を止めようなんて完全に傭兵失格だ。それは分かっている。


 でもどうせ命を懸けることになるのなら、サラたちと戦うことに懸けるより、そうならないために命を懸けたい。

 そう思うくらいこの里には心惹かれるものがある。


 なによりも、俺はどうやら心情的にはサラの味方であるらしい。殺されかけたこともあったというのに……。


 まあ、うまくいけばグリー傭兵団にも利益のある作戦だ。

 俺はサラたちに上手くいくかどうかも定かではない、しかし確実に突破口になりうる作戦を伝えた。

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