第九章 殺人的コミュニケーション

 ――そんな感じで、この里の一大事は俺にとっても他人事ではない。


(寝転がっていてもいい考えは思い浮かばないな。気分転換かねて外を散歩でもするか)


 勢いをつけて寝床から起き上がる。俺はかるく伸びをしながら下の階に下りていった。


 一階に下りると、おばちゃんがイスに座り一人で編み物をしている最中だった。

 衝撃の出会いを果たしたこのおばちゃんとは三日前から共に生活していて、里での生活に慣れないことも多い俺のことをいろいろと気にかけてくれている、いい人だ。たまにウザいが。


「おや、エルストさんお出かけかい? まあ大好きなサラちゃんがいないのに、家の中を一人でゴロゴロしてもつまんないもんねえ~~」

 こんな風に。


 若者をいじるのが楽しくて仕方ない、といった表情でニヤニヤしているババ……おばちゃんに一言断りを入れ外に出た。


 快晴の空のもと、大きく息を吸い込むとそれだけで少し気が晴れる。

 通りを歩き始めると、いろんな古竜たちに声をかけられた。

 

『こんにちは、人間さん。今日もいい天気だねえ』

「おお、人間さん。今日はサラちゃんと一緒じゃないのかい?」

『人間さん人間さん! 飛びかた、飛びかた教えて』

(いや、それは無理)


 今では、里の中を歩けば古竜たちが手を上げたり、首をもたげたりして挨拶してくれるぐらいには気を許してもらっている。竜によっても違うが、古竜は本当に人懐っこくて大らかな種族だ。俺も手を上げて挨拶を返していく。


 俺はそのままうつむき加減に歩きながら、今ある問題を整理していった――。


 古竜たちに被害を出さない簡単な手段としては、この里に人の手が及ぶまでに古竜全員で別の場所に移動する、というのが最も現実的ではある。


 だが、サラの爺さんが言っていたように、古竜たちは誇りに賭けて戦う道を選ぶだろう。この里が彼らにとって命を懸けて守るべきものならば、あとはもう勝算など関係ない。強ければ生き弱ければ死ぬという信念のもと、古竜たちは戦い続ける。


「お~~い、エルスト~~!」


 そしてその場合、人間側も多大な被害を受けることは間違いない。

 サラに聞いたところ、里で暮らしている中で戦える古竜は二百頭前後だという。

 傭兵の間に伝わる話では、古竜を抑えるのに一流の戦士が十人は必要と言われているので、古竜の里と渡り合うには単純計算で一流の戦士が二千人必要となる。

 一流と呼ばれるほどの戦士なら雑兵数人分の働きはするので、下手するとこれはクエルト国やオーレス国、一国の総戦力に匹敵する武力だ。


「おーい、エルストってば、聞いてるーーっ!」


 普通に考えれば、こんなひとつの集落としてはバカげた戦力を誇る里に、うかつに踏み込もうとは誰も思わないだろう。

 この里が、人間にとっての宝の山でさえなければ。

 

「ムウ、無視されてるようでなんかいやな感じ……どうしようかな?」 


 欲に目がくらんだ連中は絶対にこの里を放っておかない。

 おそらくクエルト国とオーレス国も放置するという選択肢はとらないだろう。

 どうすれば……。

  

「もしかして、おじいちゃんみたいに少し耳が遠いのかも。……咆哮ほうこう、上げてみようかな……。おじいちゃんもこれくらい大声の方が耳に心地いいって言ってたし。なぜか翼で耳を押さえていたけど…………よし!」


 その時、戦場で磨かれた俺の危機察知能力が働いた。

 周りを慌てて見渡すとすぐ横に、手をかるく広げ大きくのけ反った態勢のサラを発見する。


 ――マズい、これなんかまずいぞ。


 たった数日間だが、人間がいかにもろいかを理解していないサラとの、加減知らずな共同生活で何度もひどい目にあった俺は、今回のこれも何かよくない兆候と判断。何が飛び出すかも分からない口を慌ててふさぎにかかった。


「むぐっ、んぐぐぐぐぐぐ……ぷはっ、なにするのエルスト!」

「こっちのセリフだ! ……いま一体何をしようとしたんだ? はかなく脆い人間である俺に、この俺にっ、それは全然危険のない行為だったんだろうな!?」


 顔をそらしながら「たぶん、大丈夫だよ……」と目を合わさずにしゃべるサラに、自分の直感が間違っていなかったことを確信する。ヤッパリこいつ、キケン。


 ……サラの悪意のない殺人的コミュニケーションを受けるたび、人間が古竜を遠ざけようとするのはもしかして間違っていないのではと、俺は感じている……。

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