第八章 エルストのケジメ

 サラの家に泊まり始めてから三日が過ぎ、俺は古竜の里の中を一通り見て回ることができていた。


 たった数日だが古竜たちとの交流という、まだ誰も経験したことのないような体験は、俺の価値観をどんどん塗り替えていくぐらい衝撃的で非常に心躍るものだった。なんかこう、知的好奇心をいたく刺激されるのだ。



 見て回った感じ、竜の姿をとった古竜と人の姿をとった古竜はそれぞれ半々くらいの数で、人の姿をとっている古竜は比較的若い竜が多かった。理由を聞いてみると人型の方が小回りが利くし動きやすいからだそうだ。反対に、あまり動き回ることのない年老いた竜たちはもとの姿の方が楽なようだったが。


 里の古竜たちのほとんどは俺が話しかけても嫌がることなく受け答えしてくれた。中には俺のことをとても歓迎してくれた竜もいたし、逆に明らかに避けてくる竜もいた。


 彼らは世界を見るために里を出て、そして戻ってきた古竜たちで、どうやらそのときの経験が人間に対する好悪の感情を決定づけているようだった。

 この里が閉鎖的なわりに随分と文化的な暮らしを営んでいるのは、こういった竜たちが外の知識を里に持ち帰っているからなのだと思う。


 話を聞くとそうやって里に戻ってくる古竜はそれなりにいるらしく、サラの家で生活の手助けをしてくれているおばちゃんも実はそうらしい。百年くらい世界を回っていたそうだ。

 

 流れで聞いたみたところ、古竜の寿命は約千年。外の世界を旅する期間は竜によってまちまちで、中には人間とつがいになる竜もいるということ。

 おお、マジか! (この話を聞いた時はなぜかテンション上がった)

 

 驚いたことにおばちゃんもそのクチだったらしく、人間の男性と子供を儲け、旦那を看取ってから里に帰って来たらしい。そして、そんなおばちゃんの昔話はラブロマンス(!)として里の若い女の子たちに大人気(!!)だという話だ。


「人化できる古竜は、正体さえばれなきゃ人間社会に溶け込むこともそう難しくないんだよ。まっ、バレたら逃げるしかないんだけどね~、ハッハッハ!」

 とは、おばちゃんの弁だ。



 話を戻すが、里の古竜たちが人間である俺に対して普通に接してくれているのは、俺がサラの爺さんに認められたということも大きいが、なによりも彼らのよく言えば大らか、悪く言えば警戒心の低い気質が一番の要因だと思っている。


 彼らは基本的に細かいことを気にしない。

 人間とは寿命も身体能力もまるで違うから考え方が違うのは当たり前だが、彼らの場合はあり余る生と強靭な肉体のおかげで死が遠く、危機感が薄いようにも感じられる。

 言ってしまえば、危険なことなどそうそうない古竜たちは人間ほど臆病になる必要がないのだ。



 だが、今直面している戦争という危機に関しては、その限りではない。

 それは、里の古竜たちによる話し合いが三日も続いていることからも明らかだ。


 そのことを考えると、自分に与えられた部屋で寝転がっていた俺の心はかなりグラグラと揺れた。故郷の町を出てから(というかグレイに振られてから)、これほど気持ちが揺れ動いたことは初めてだったかもしれない。


 現在俺は一応囚われの身であるし、この里を一体いつ出られるのかというのも確かに死活問題ではある……。だがそれよりも今は、古竜の里の現状を一番急を要する事態として俺は捉えていた。


 ――なぜ、こんな不安な気持ちになるのか? 

 それはやはり、この里のことを心底気に入ってしまっているからなのだろう。


 故郷を飛び出してからの時間の停滞を吹き飛ばした幻想的な里の光景。里の古竜たちとの交流で感じた、傭兵生活にはなかった驚きと高揚、新たな価値観。

 そして、まあ後は……目を閉じるとまぶたの裏に浮かんでくる、サラの存在か……。


 自分でもどうかと思うが、出会ったばかりの彼女に微笑ほほえまれるだけで俺はどうにも幸せな気持ちになってしまう……。

 これはやっぱり、そういうことなのだろうか……? 俺って、美人に弱い?


 とにかく自分の考えとして、この里が人間の都合でそう簡単に滅んでいい場所とは思えない。


 グレイに振られてから愛だの友情だのをあまり信じていない俺だが、そんな俺でも性根がねじくれているならねじくれているなりに、自分が間違っていないと感じたものだけは、貫き通す意思を持っている――。


 それが大した目的もなく傭兵なんてやっている、俺のケジメだった。 

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