第七章 んん? おばちゃん??
「ここが、エルストが泊まる家だよ!」
ドーン!とサラが両手を広げて指し示した方向には、大木の中身をくりぬいて造ったよう大きな家屋が存在していた。
見上げるほど高さのあるその家には所どころ陽光をとり入れるための吹き抜けの窓があり、屋内に入ると内部はじゅうぶんに明るく、そこそこ広い。家具は一通り揃っており、木材などで作られたそれらは部屋に温かみを感じさせた。
サラに適当にくつろいでてと言われたので、中央にある切り株のテーブルにつき一息つく。
「はい、ポリネアのしぼり汁だよ。おじいちゃんとじゃれあって疲れたでしょ? これ飲んで少し落ち着いて」
にっこり笑いながら柑橘系の果汁が入ったカップを差し出してくるサラ。
それよりも、その笑顔に癒される……ってなに考えてんだ俺は。
「……ここに泊まるのか。いいのか、こんないい所に俺を泊めて? 一応、囚われの身だったと思うんだが」
「アハハッ、ごめんねえ気を使わせちゃって。エルストはおじいちゃんに認められたから、里から出ないって約束してくれるなら基本自由に動いてもらって大丈夫だよ」
一休みした後、サラは
「用を足すときは家を出て裏手に
「ちょっとまて」
なにか今、非常に不穏な言葉が聞こえたぞ……。
「サラ、なんでお前がこの家に泊まるんだよ。いや、もしかしたら監視が必要なのかもしれないけど、別にお前じゃなくたっていいだろう……」
「やだなあ監視のつもりなんてないよ! それにここ、わたしの家だし」
「お前の家ぇえ!!?」
ちょ、なんで今日会ったばかりの男を自分の家に泊めんだよ! それに俺、女の子と一つ屋根の下っていうのはだいぶトラウマが刺激されるんだが……。
いやでも、ほんとこれってどう受け止めればいいんだ……。いや、サラの純粋な好意だということは見てれば分かる、分かるんだが……。
「さっきも言ったけど、わたしはエルストから外の話を聞きたいんだよ。それにおじいちゃんはどこに泊めろとは言わなかったし、てきとうてきとう!」
……あとで俺、あの老竜にどやされたりしないだろうな。
まあ、寝る時は部屋を分けるって言ってるんだし、俺だけ変に意識するのもおかしな話か。
しかし、サラとこの家に二人きり……うん、仕方ない、仕方ないよな……。
「エルスト、どうかした? なんだかニヤけてるけど……」
「……いやべつに、嬉しくなんかないぞ!? ホントウだ、信じてくれ!」
「う、うん、なんかよく分からないけど、とりあえず信じるよ……」
あぁ、なんか引かれてるような気がする。
サラみたいな
そうして気分が落ち込み始めた時、ドン!と外で何かが落ちたような大きな音が鳴り響き、サラの家がビリビリと震えた。
「うおっ、なに、地震!?」「ああ~、これはねえ……」
俺はサラの話もろくに聞かず外に飛び出し、家の前にいるそれを目撃した――。
でっけえ古竜が目と鼻の先にいた。
とても鋭く、頑強そうな牙の間から漏れでる炎。
瞳孔が開いた巨大な瞳は、片時も離れずこちらを見つめている。
赤黒い鱗に覆われた体はサラの爺さんほどではないが大きく、少なくとも俺三人分の高さはありそうだ。
口から漏れでる火の粉をまき散らしながら凶暴そうな顔を近づけてくる古竜を見つめ、俺は思った。
……あっ、喰われる。
――そこまで瞬時に悟ったところで、ようやくサラがのんびりと家から出てきた。
目の前の古竜を見ると気軽な感じで手を振り、うれしそうに声を掛ける。
「あれ、おばちゃん! どうしたの何か用事?」
んん? おばちゃん??
おばちゃんと呼ばれた凶悪なツラの古竜はサラを見遣ったのち、一瞬の間その全身を燃え盛る炎に包まれ――
――体全てを覆っていた炎が消えると、そこには恰幅のいい、どこにでもいそうな普通のおばちゃんが立っていた。
……んんんんん??? なんだこれ、どうなってんだ?
「やあサラちゃん、外から人間を連れて来たんだって! 里中ですごい噂になってたから、おばちゃん気になって見に来ちゃったよ! おっ、あんたが噂の人間さんかい? はっはっは、なんだいなかなかの男前じゃないか!」
ニコニコ笑顔のおばちゃんとやらに背中をバシバシ叩かれながら、俺はいまだ混乱のさなかにあった。
ええと、つまり、さっきの古竜は目の前にいるおばちゃんで、このどこにでもいそうなおばちゃんがさっきの凶悪な
……ギャップが凄すぎる。
古竜は人化することができる、ということを頭では理解していたが、実際に目の前で竜から人に変化するところを見るとあまりの変わりようにかなり驚いてしまった。
そういえば、サラはずっと人の姿をしていたから何の違和感もなかったが、サラもこの背中を痛いほど叩いてくるおばちゃんと同じように竜の姿をとれるんだよな……。
彼女が古竜であるということを、俺は今までほとんど意識していなかったかもしれない。
ちなみにサラたちは俺の混乱などなんのその、といった感じでにぎやかに話を進めている。
「しっかしサラちゃん、あんたこの男を自分の家に泊めるのかい? いやべつに、あたしゃー文句はないけどね。だけど長老様がなんていうかねぇ……。あんたのこと、火を顔に吹かれても痛くないってほどに可愛がってるから……」
「う~ん、心配は分からなくもないけど……たぶん大丈夫だよ! わたし、エルストのことはなんとなく信用できるんだ!」
「……はあぁ~。おばちゃん、サラちゃんのそういう感覚で生きているところが少し心配だよ……」
俺もそう思う。と言っても俺が心配なのは、サラ自身よりむしろその天然に振り回される周りの方なんだが。俺とか。
「……やっぱり、あとで長老様の逆鱗に触れてもおっかないし、あたしもこの家にしばらくお邪魔しようかねぇ。サラちゃんは人間の生活様式なんて知らないだろうし、そこらへんも心配だから」
「え、おばちゃんもくるの? やったあ! これでまた賑やかになるね!」
「サラちゃんと料理するのなんていつ以来かねぇ……。どれくらい腕を上げたか、久しぶりに見てあげるよ――」
「…………」
笑い合いながらサラの家の中に入っていく二人を、何とも言えない気持ちで見送る俺。
……まあ、そうなるよな……じゃあもう、何でもいいや……。
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