第四章 古竜の里

「いやあ~、まいったまいった。ごめんねえ、里の竜たちに人間を見かけたらすぐに追い返すか、食べちゃいなさいって言われててさ~。わたしも人間を生で見るのは初めてだったからびっくりしちゃって、話も聞かずに襲いかかっちゃったよ。本当にごめんなさい」


 ――現在俺は、ぺこりと頭を下げニコニコしながらそう言う少女と共に遺跡のがれきに腰掛け、している状況だった。



 俺は自分の目的と危害を加えるつもりがないことを説明した後、少女を解放した。

 拘束を解いたことで、とりあえず今すぐ危害を加えるつもりはないと信じてもらえたようだった。それと同時に、少女から先程まで向けられていた敵意はきれいさっぱり消え去っていた。

 危機感が少し薄いような気もするが、バリバリに警戒されても話が前に進まないので好都合だ。


 今は遺跡のがれきに座り向かい合いながら、少女と情報交換のための話し合いの最中であった。


「へえ~~、君って傭兵なんだ! それに最近森がなんだか騒がしいなあとは思ってたけど、まさか近くで人同士の争いが起こりそうなんて……」

「ああ、お前は竜人てか、古竜なんだろ? なんでここにいたか知らないが、さっさとどこか遠くに逃げたほうがいい。見つかったら体目当てで狩られるぞ」

「体目当てって……なんか卑猥だね」

「そういう意味じゃねえよ!」


 古竜は本当に滅多に見られるものではないので、その体から取れる素材はとんでもない高値で取引されている、らしい。見たことはない。

 そもそも見つけたからといって簡単に狩れるような相手ではないのだ。ベテランの傭兵の話では、一流の戦士が十人はいないと歯も立たないらしい。

 おそらく、目の前の竜人の少女が竜の姿に変身して襲ってきたら、逃げるだけで精いっぱいだろう。


(……狩るなんて考えは頭にも浮かばなかったけどな)


「うーん、これはちょっと、わたしの手には余るかな……。ねえ君、ちょっと付いてきてくれない?」

「はあ? 付いてって、どこに?」


 彼女はにっこりと笑い、散歩にでも誘うかのように気軽にこう言った――

「古竜の里に案内するよ」




 しばらくして、俺は少女に導かれる形で遺跡内から続く真っ暗な洞窟の中を進んでいた。


(何やってんだ、おれ……)


 俺は準備してきた装備で適当にこしらえた松明たいまつを片手に、前を歩く少女を眺めながら理解できない自分の行動に思いを馳せていた――


 危険だ。どう考えても。


 本当かどうか知らないが、古竜の里なんていう実在するとしたら確実に怪物だらけの場所に、何の保証もなしに向かうなんて危険過ぎる。そこではまさしく俺は餌だろう。猛獣の棲みかに自ら向かって行くウサギだ。バカ野郎だ。


 ――分かってはいるのだが。

 俺はどうかしている。彼女に言われるままふらふらと後を付いて行くなんて。


 それにしても、俺は明かりを点けているし少女が先導しているので問題ないが、前を歩く彼女は先が見えない暗闇の中を、まるで全て見えているかのようにすいすいと進んでいく。

 竜人だし目がいいのか? などと考えていると、彼女はこちらを振り向き無邪気な様子で聞いてきた。


「ね、そういえば君、名前は?」

「おれ? 俺はエルスト・ルースカインだ。こっちからも聞いていいか?」

「わたしはサラドラ。サラって呼んで、よろしくね!」


 弾んだ声で聞いてくるサラからは少なくとも敵意は感じない。古竜の里に興味がないこともない。というか行きたい。


 ……こうなったら彼女を信じるしかないか。どうせなるようにしかならんし。

 少なくとも、殺そうとする相手にあんな無邪気な笑顔を向けることはない、と思いたい。


(よし、サラを最後まで信じよう!)

 



 洞窟を抜けた先、目に飛び込んできたのは、まるで幻想譚の一幕のような、そんな空想の世界の光景だった。


 ――その場所は周りを絶壁の崖に囲まれた窪地に隠れるように存在しており、鬱蒼うっそうと生い茂る原生林のすき間から暖かい日差しが差し込んでいる。


 巨大な樹木を束ねて作ったような寝床にどでかい竜が寝そべっていたり、人間の姿をした翼の生えた竜人たちが荷を運んでいたり、色とりどりの小さな子供の竜がそこら中を飛び回ったりしている、想像を絶するほど幻想的な里――。


 ……危険な場所だというのは分かっている。

 でも、体の内から溢れ出す興奮を抑えることはできない――。


「すげぇ……夢みたいだ……!」


 それは、故郷を出てから何を見ても大して動かなかった俺の情動を、初めて明確に揺さぶった景色だった。停滞を吹き飛ばすかのような光景に圧倒されていると、サラが嬉しそうにこちらを覗きこんでくる。


「そうっ! すごくいい里でしょ」

「……ああ、なんか感動してる……。こんな里がいくつもあるのか?」

「う~ん、いくつもはないかな。大陸でも三か所ぐらいしかなかった気がするよ」

「へえ、世界にはまだまだ古竜がいるのか……。しかし、こんなに多く一か所に集まっていたんだな」


 溢れる好奇心そのままに辺りをよく見回していると、サラが少し俯いているのに気付いた。


「でも最近は、この里も随分静かになっちゃったんだよね……」

「? 何かあったのか?」

「少し前まで魔王って名乗ってた若い魔人がいたでしょ? そいつに血の気の多い若い竜たちが付いていっちゃって……」


 魔人というのは魔物の上位の存在だ。姿かたちは人間と酷似しているがその本質は全く異なり、残忍で凶暴な習性を持っている。知能が低い魔物はほぼ全て魔人に従うという特性も備えていて、そのことも相まって非常に少数ながら大陸では特級危険生物に指定されている。

 確かに、ある魔人が魔王を名乗り、各国を魔物の脅威で脅かしていた。


 ……一年前、グレイたちがそいつを倒すまでは。


「世界を征服する~~、とか言って里を飛び出した竜もいたけど、魔王が人間に倒されちゃったから最後は共倒れ。若い竜たちはほとんど帰ってこなかった……。まっ、人間たちの方が強かったんだから仕方ないんだけどね」


 ……なかなかの悲劇をあっさりと語られてしまった。

 サラは途中まで確かに落ち込んでいたはずだが、今はもうけろっとしている。よく分からん。



 里の古竜たちは人間が珍しいのか、よくこちらに視線を向けてくる。


 ……今のところ、すぐさま取って食われるという心配はなさそうだが。

 緊張を解かないようにして歩いていると、前を進んでいたサラが急にこちらを振り向いた。


「うおっ、急にどうした」

「うん、今からおじいちゃんに会ってもらおうと思って。ここだよ」


 サラの向く方向には大木が幾重にも折り重なってさらに大きな大木のように形成された、超巨大な自然来の棲みかが存在していた。入口からして見上げるほど大きく、とてつもない威容を誇っている――。


「……ここに、サラのお爺さんがいるのか?」

「そうだよ。おじいちゃんはこの里の長をやっているから、さっきのエルストの話を直接してあげて欲しいんだ」


 古竜の里の長か……、きっと俺では想像もつかないような強大な存在なんだろう。

 いまさらだが、俺は里の長に直接現状を伝えるために連れてこられたのか。


(伝え終わったら丸呑みにされるなんてことはないだろうな……)


 いや、サラを信じると決めたじゃないか。覚悟を決めろ、俺!

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