第三章 戦闘

 状況は把握できていない。認識は追いつかない。

 だが、目の前の竜人の少女が敵意を向けてきているのだけは分かる。


 槍を構え直すが、こちらに争うつもりはない。話をして丸く収まるならそれが一番なのだが……。


「あなた誰? なんでここに来たの? とにかく、今すぐ去れば命は……やっぱり殺したほうがいいかな?」


 無理そうだ。

 でも困ったな、この少女に槍を向けることはなぜか抵抗がある。

 できれば傷つけたくないし、殺す気になんてなれそうもない。


 彼女は威嚇するように広げていた背中の翼を元に戻し、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 その足取りからは絶対強者の余裕が感じられた。


 ……しかたない、望み薄だけど語りかけてみるか。

 槍を地面に突き刺し、両手を上げて敵意がないことをアピールするが、


「待ってくれ、争う気はないんだ。少し話を――」

「話はもうしたでしょ? 逃げるか戦うか、さっさと選んでね」


 取り付く島もねえ。

 

 さて、どうするか。

 だんだん認識が追いついてきたので整理すると、


 一つ、少女は俺をここから遠ざけたい。最悪殺すこともさない。

 二つ、俺は少女を傷つけたくない。最悪でも殺すなんてことはあり得ない。

 三つ、目の前の少女はおそらく竜人で、おとぎ話の通りなら多分めちゃくちゃ強い。


 全部が全部、この状況が詰んでいるということを分かりやすく示しているな。こりゃ逃げるしかねえ。


 だが、思考に反して足は動こうとはしなかった。

 ここにきて思った通りに体が動かないという異常事態発生。なぜ逃げない。


 ――いや、俺は逃げたくないのか。


 今俺は、久しぶりに自分の意思でこの場に踏みとどまっている。やりたくてやっている。

 なぜ逃げたくないのか、細かい理由は分からないが、体中に活力がみなぎる感覚は悪い感じはしない――なら。


 まあ、できるだけやってみるか!


 逃げないなら相手を無力化するしかない。俺は再び槍を構えた。



 逃げないのは、目の前の竜人の少女がどこか気になって仕方ないためだとは、気付かぬまま――



 少女はこちらが構えても微動だにしない。自然体のままだ。


 この場合考えられるのは相手が〝人間〟である俺をなめているか、もしくは槍で突き刺そうがびくともしない、硬い表皮などの防衛手段を元々備えているかだ。

 彼女が戦闘の素人という仮定は意味がないのでしない。


 おそらく後者。竜人ならばそれくらいやっても不思議じゃない。

 なら柔らかい部分、目などを狙うか? 論外。

 俺は話し合いをしたいだけで殺す気は毛頭ない。


 自然体のまま歩いてくる少女。しかし、おそらくこれが彼女のいつもの戦い方なのだろう。

 ただ近付いて殴る。それをやってのける強靭な肉体があればこそだ。


「舐めるなよ」


 あえて槍を引き自分の前にスペースを作る。

 訝しげな顔をしながらも、拳の届く間合いまで無造作に距離を詰める少女。そして腕を振り上げる――

 その瞬間一気にバックステップ!

 一瞬目を見開いた少女は、しかし爆発的な加速で距離を詰め、こちらに殴りかかってくる。


 ブォオン! 風切り音、気付いた時には目と鼻の先に拳が迫っていた。

 だが体ごと後方に引いていた俺は、ぎりぎりその一瞬を捉えることができた――


 ガキィン! 石突きを人体に思いっきり叩き込んだとは思えない硬質音が響く。

 引いていた槍を少女の腕側面に叩き込んだ俺は、なんとかその軌道をずらすことに成功していた。


(やっぱりダメージはないか、自信なくすな)

 しかし、止まっている暇はない。

 弾いた方とは反対の腕を掴みながら、力に逆らわないよう相手の背後へと抜ける。

 そのまま腕をひねり関節を極め、勢いをつけ少女を背後から押し倒した――。


「争う気はない、話を聞いてくれないか」

 

 しばし静寂。少女は悔しそうにこちらを睨みながらも、なんとか抜け出そうともがいている。でもそれはできない。いくら力があっても人の姿をしている以上、無理をすれば骨が折れる。もしかすると少々無茶をすれば、俺をこの状態からでも投げ飛ばせるかもしれない。

 だが、対話を望んでいる相手に対して腕を折ってまで反撃するか? という話だ。


 話が通じなかったらアウトだな。


 そんなことを淡々と考えながら、徐々に力が抜けていく拘束相手に安堵の溜め息を吐いた。



 今俺が地面にうつ伏せで押し倒している少女は同年代ぐらいに見える。多分人間じゃないので確証はないが……。


 頬を膨らませて面白くないと拗ねているような表情でこちらを見る彼女。

(可愛い……。イヤ可愛くない可愛くない! 騙されないぞコンチクショウ!)


 それにそんな背中の開いた服装でもぞもぞ動いたら……胸がはみ出て……。

(こうして見るとやっぱりデカ……いやこれ不可抗力! 不可抗力だから!)


 誰に言い訳してるんだ、俺。 


 ……そういえば、あの事件以降女性のことは避けてきたし、こんなに女性と密着したことは近頃記憶にない――そのことに気付くと、にわかに体が震えブルッた。体中から嫌な汗が噴き出す。この体勢、ヤバい。


 いろいろと心臓に悪いのでさっさと退きたいのだが、話が進まないことには拘束を解くこともできない。


「もう一度言うが争う気はない。話を聞いてくれ、頼む」


 再度真剣に頼むと、少女はしぶしぶといった様子でコクリと頷いた。

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