第二章 出会い、からの……

 人の手が入っていない森の中を、簡単な地図を描きながら進んでいく。


 おそらく主戦場は空白地帯の中央に位置する平原になるだろうが、周りの地形を把握することは無駄にはならない。奇襲、斥候せっこう、撤退どれにも地形の把握は欠かせないからだ。


 傭兵になって約一年、この稼業もだいぶ板についてきたと思う。


 グリー傭兵団は大規模な魔物討伐なども請け負うが、傭兵なので一番多いのはやはり対人戦闘。金貨を貰って雇われどこかと戦争するというのはあまりいい気分ではないが、見知らぬ誰かが死んでもそれをいたむほど殊勝な心を持ち合わせていない俺は、生きるためには仕方ないと折り合いをつけることもさほど難しくはなかった。


 さすがに初の対人戦は背筋がピリピリし手も震えたが、やらなきゃやられると分かったら槍を振るのに抵抗はなくなった。


 戦場では死にそうな目にもあったが、俺は動じずに対処することができていた。

 というのもトラウマ以来、俺は大抵のことには動じなくなっていたからだ。


 ……なんか、ショックが強すぎて、どんな状況でも冷静に考える癖がついてしまったというか。


 隊員たちの目には、窮地にも慌てず冷静に指示を出す自分の姿はだいぶ頼もしく映ったようだった。幼馴染みに振られたおかげとは口が裂けても言えない。


 だが、そのトラウマもだんだん薄れてきたような気がする。

 最近は”あの時”を思い出しても、冷や汗だらだらで体中が痙攣けいれんすることも少なくなってきた。時の流れは偉大だ。


 しかし、今の状況を冷静に考える余裕ができると、果たしてこのままでいいのかと思えてくる。


 ――流されるままここまできた。


 団長たちは尊敬できる器の大きい人たちだし、部下は最初は煩わしかったが最近は大切な仲間だと感じ始めている。

 体一つで故郷を飛び出した俺に残っているのは槍の腕前だけで、そうなると戦うのが仕事である傭兵も悪くはない。


 でも、何かが足りない気がする。


 グレイのことは、どうなんだろう。

 一年が過ぎてようやく吹っ切れたような気もするが、正直よく分からない。

 元々グレイと共に旅をするために槍を振り続けてきたので、目標がすっかり無くなってしまっている状態だった。



 ――そんなことをぼんやり考えながら手付かずな自然を探索していると、かなり森の開けた空間に出た。


(――ここは、古代遺跡、だろうか?)


 森が開かれ大きな広場になっているそこには、風化し朽ち果てた遺跡が存在していた。

 その遺跡は切り立った崖に沿うようにして造られており、中は薄暗く、洞窟のように先まで続いているようだ。日の光の届く範囲では遺跡の奥まで見通すことができない。

 近くに寄ってよく観察すると、それは祭壇や神殿といった風情で文明の気配を感じさせた。


(でも、空白地帯に人間が住めたはずは……)


 ――その時、遺跡内から足音が聞こえてきた。

 内部にある洞窟の中からどんどん近付いてきている。


 魔物か? 激減したといっても完全に消えたわけじゃない。生き残りはいるだろう。槍を構え警戒する。



 そうして、暗がりから現れたのは、――一人の赤い髪の少女。



(……綺麗だ……)


 唖然と見入ってしまう。それはまるで予想だにしていなかった光景だった。


 燃えるような真紅の長髪に赤い瞳。背中が大きく開いている以外はシンプルな貫頭衣に身を包んだ少女は、ポカンとした目つきでこちらを見ている。

 日の光を受けて立つ少女は、犯しがたい神聖な空気さえどこか感じさせた。


 ――とても整った顔立ちですげえ可愛いというかすごく好みというかあれなんか世界が輝いて見える結構胸あるし肌白いしいやいや何考えてんだそれよりも――。


 なんでこんな所に女の子が?


「君は、いったい……」


 ここでようやく現状を把握したのか、彼女は険しい表情を浮かべこちらを睨む。

 疑問の答えではなかったがすぐに返答はきた。


「去って。今すぐここから」


 言葉と同時に彼女の背中から飛び出したは、人間では絶対にあり得ないものだった。

 ――コウモリのそれにもよく似た、真紅の


 少女の背に、魔物である竜種とそっくりな翼が生えていた。


(……は……何だ、それ……)


 目に映るものが理解できない。

 目まぐるしく状況が変わりすぎて、脳の処理がまるで追いつかない。

 だが、どこか冷静な部分が答えを教えてくれていた――



「……古竜」



 ベテランの傭兵に聞いたことがある。


 竜人とも呼ばれるその種族は超希少種で滅多に見ることがないという。

 傭兵の間ではいかなる攻撃も通さない硬い鱗と、全てを破壊するブレスを放つ存在として語られている。


 人間の姿に変身することができる、知恵を持った太古の竜。

 ワイバーンなどとは比ぶべくもない最強の竜種。


 目の前に、おとぎ話の世界の存在がいた。

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