新たなる出会いと古竜の里

第一章 英雄となる可能性


 ――一年前から俺が所属しているグリートギート傭兵団は、大陸の西方に位置するクエルト国周辺ではかなり名の売れた傭兵団だ。ちまたではグリー傭兵団と呼ばれている。

 そのグリー傭兵団が今駐留しているのは西のクエルト国、東のオーレス国の間にある緩衝地帯、俗に空白地帯と呼ばれる地域だ。

 この空白地帯はもともと魔物が多く人が住めるような土地ではなかったのだが、魔王が倒され魔物が激減したおかげで、安全で資源豊かな土地に変わっていった。


 しかしそうなると各国が空白地帯の獲得に乗り出し始めることになる。どこにも属さない豊かな土地はどの国も欲しいのだ。


 今では至る所で空白地帯の奪い合いが始まり、様々な国同士がにらみ合っている。

 クエルト国とオーレス国の間でもそれが理由で戦争が起こり、グリー傭兵団は主な活動地域であるクエルト国側で参戦していた――。



「視察任務、頑張ってくださいエルスト隊長!」

「地形の把握は超重要だからな~。うちの隊で完璧にこなせるのは隊長しかいないっす!」

「こんな大規模な戦争で重要な役を任されるとは、やっぱうちの隊長ぱねぇ!」


 ……いや、お前らの中にもう少しだけ頼れるやつがいれば、俺が行く必要もないんだが……

 視察任務は敵と接触しないために単独での隠密行動が基本だ。うちの隊員は俺と歳の近しいヤツばかりでベテランと呼べるほどの傭兵はおらず、少し心許こころもとない。


 空白地帯でもクエルト国側に近い位置に置かれた傭兵団の本営で、俺は視察に出るための準備をしていた。

 急所を鉄で補強された革鎧を着こみ、少し前の戦で手に入れた愛用の槍を背負う。


 部下たちの言葉は適当に聞き流してさっさと任務に出ようと思ったが、しかし滅多に見ないほどの大男が前に立ちはだかったため、仕方なく足を止めた。


「よおエルスト! 随分部下たちに慕われているようじゃねえか。やっぱりお前さんを隊長にした俺の目に狂いはなかったようだな」


 ……出た。熊のような巨体を持つ、うちの暑苦しい団長だ。


「……団長、早く任務に出たいのでそこをどいてもらえませんか」

「なんだ、相変わらず愛想のねえ野郎だな~おい。それにもっと覇気を出せ、覇気を!」


(いや、そう言われても、ぼんやりと流されるままここまで来ただけだしなぁ)


 返答に困っていると、団長に比べるとかなり若い副団長が助け船を出してくれた。


「まあまあ団長、人それぞれなんだからエルストにやる気を強要しても仕方ないですよ。エルスト、視察任務よろしく頼んだよ」

「了解しました。エルスト・ルースカイン、全力を持って任務に当たります」


 目の前の二人に敬意をもって了解の意を示し、真摯に慎重に任務に当たることを誓う――ように周りからは見えているといいなぁ。……無理か。完全に棒読みだし。


 よし、さっさと行ってしまおう。

 俺は素早く頭を下げて逃げるように担当地域に向かった。


 ―*―*―


 軽快に走り去っていくエルストの後姿を眺めながら、俺はゆっくりと溜め息を吐きだした。


「はあ~~。もうちっとあいつにやる気があれば、さっさと経験積ませて幹部クラスに育て上げるんだがなあ」

「近頃入った団員の中ではピカイチの逸材ですからね。あの時は本当にいい拾い物をしましたよ」


 一年前、遠征途中に寄ったとある町で、冒険者ギルドにとんでもない新人がいるという噂話を耳にした。


 なんでもワイバーン(超でかい羽つきトカゲ)を串刺しにしてギルドまで持ってきたとか、引っかき傷だらけの盗賊を十人ほど連行してきたとか、貴族の令嬢を魔物の群れから救い出したとかで、町中の噂になっていたのだ。


 うちの傭兵団は結構名が売れていて団員の質も高い。その質を保つためにも優秀な若者はぜひとも欲しい。

 俺はその新人の二人を引き抜きに行き、片方の猫獣人の姉ちゃんには断られたがエルストの引き抜きには成功した。

 そしてエルストには早速、新人恒例の地獄の基礎訓練を受けさせたのだが――


「まさか、合格するまで三ヵ月はかかる基礎訓練を二週間で終わらせちまうとはなあ」

 俺の補佐役である副団長も当時を思い出しのか、隣でコクコクと頷いている。


「エルストは戦闘に関しては初めから言うこと無しでしたからね。傭兵としての戦術やイロハもすごい勢いで吸収して」

「あいつは一度やらせると大抵のことはすぐにするからな。天才肌ってやつだ」


 挙句の果てに、試しに任せてみた小隊の連中を槍一本で全員倒し従わせてしまった。

(あんなガキがプライドの高い若い傭兵たちから慕われているのを見た時は、さすがに我が目を疑ったもんだ)


 まるでどこぞの英雄譚のような光景だった。

 ふと、爺さんの言葉を思い出す。


「そういえば爺さんが言っていたな。――類いまれな才能と圧倒的な強運を持つ者だけが、英雄となる可能性を持つ、だったか」

「先代の団長が? でもそれなら、英雄になるにはあと何が必要だって言うんですかねえ」


 俺が知るかよ。

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