第4話
-1-
クヨクヨしても仕方ない。
移動教室はなくならないのだ。
そう思って立ち上がろうとした、そのとき、情けない話だけど、しゅうことの欠かせないエピソードなので言わせてもらおう。
そこからふっと頭から血の気がひいて、私はバランスを崩してぶっ倒れた。
一拍置いて、胸の辺りに血が戻ってきて、ばくばくと脈打っていた。びっくりしすぎて頭が働かず、立ち上がることも忘れていた。
慌てて集まってくる人の気配を感じるのに、その声はどこか遠くに聞こえる。眠気が被さるようにら頭から暖かくて柔らかい毛布をかけられたみたいに襲ってきて、そこで一度、寝ちゃおう、と思ってその力のねじ伏せるままに、ねじ伏せられた。
-2-
気がつくと保健室のベッドで、入学早々お世話になっていた。
な、情けなっ…。
まだホームルームしか終わってないのに…。
小学生の頃は怪我をした時に何度か、友達とわいわい言いながら来ただけだったから、静かな保健室はやけに大人びて見えた。
−−−とそこまで現実逃避をしてみて、気付いたことがあった。
隣で愛田しょうこがこちらに顔を向けて眠っていた。
気付いたことっていうか…いや、びっくりしたけど…びっくりするのもだるくて…とりあえずその顔を見てしまった。起きる様子はぜんぜんなくて、へんな寝息を立てていた。しゅぷるるるー(空気を吸って)、ぴー(吐く)、みたいな、連続して聞いているとちょっと、かなり、うるさかった。よく私も隣でぐうぐう寝ていたものだ。
五つ年下の親戚の子みたいだな。なんなんだ、この状況も、愛田しょうこも。
-3-
私はベッドから抜け出して(愛田しょうこは全然起きる気配がなくて)、時計を見にゆく。1時間ちょっと眠っていたようだ。
誰か呼びに行くべきなのか、先生の帰りを待つべきか、学生生活を始めたてのところに、こんな難問が立ちはだかるとは。
先生を呼びに行くにしても、愛田しょうこを残して行くのは気が引けた。たぶん付き添いで来てくれたのだろう。
どうしたものかな、と思っていたら、後ろでベッドのためのカーテンがシャッと小気味よい音を立てて開いた。愛田しょうこが笑いながら言う。
「起きた?」
いや、こっちの台詞だよ。
-4-
私は思った事を声に出すほど、慎みのない女の子ではない。もう中学生なのだ。
だからクールに、頷いてみせた。細かい事なんてぜんぜん気にしてないふうを気取って。
「だいじょうぶ?まだフラつく?気分悪くない?」
大丈夫だよ。
「びっくりした?私が隣で寝てて」
けっこうびっくりした。
「体、弱いの?」
そんな事ないよ。
「うーん、どうして倒れたんだろ。わかる?分かんなかったら、病院に行ったほうがよくない?」
愛田さんと友達になりたかったのに先を越されて、悔しいって思ったら、倒れちゃった。
私は思った事を声に出すほど、慎みのない女の子ではない。でも、慣れない気取り方をしてしまったせいで、結んだ口を開くタイミングも完全に見失っていた。黙りっぱなしである。愛田しょうこの質問のすべてに心の中でしか答えられなかった。
愛田しょうこはそれでも一人で自由に喋っていて、なんだかそれが、ずっと前から当たり前のことだったみたいに思えて、私はついに笑ってしまった。
脈絡もなく、付添い人を他所に笑い出す、なんだかもう、自分でも救いようのない。でもいいんだ、別に困る事なんて無い。こんなマイペースな女の子が、隣で誰よりも可愛く、誰よりも堂々と振舞っていふのを見ていると、そういう気持ちになってくる。
-5-
「え、なんで笑うのよ」
愛田しょうこは頬を膨らませて抗議していたが、私の止まらぬ笑いを見ているうちに、まぁいっか、と笑い終わるのを待ち始めた。
ようやく落ち着いたところで、しょうこは私に言った。
「…あなた、もしかして、声が出ないの?」
つくづくマヌケを呪うが、私は自分の声が出ないことに、そこでようやく気が付いた。
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