第3話

-3-

教室がしんと静まりかえる。わたしを含めて全員がドアと、それを開けた女の子を見ていた。


ゆるく羽織った白いカーディガンは可愛い色の絵の具が跳ねていた。

なんだか、美術室の匂いがする。油画みたいな。


「ちょうど順番だよ。自己紹介よろしく」


先生が言うと、しょうこが答えた。


「しょうこです、よろしく」


名字は?!と思ったけどそのあと先生がアイダはその席、と指差し、アイダっていうんだ、と一同で納得した。初めてクラスの心がひとつになった瞬間だっただろう。どう考えてもどこにも絶対使えないエピソードができてしまった。

席をしめされたしょうこはといえば、一番前でいちばん窓側の席の、よく見れば空っぽだった席にすとんとおさまった。


先生はベテランなのかそういう性格なのか、取り乱したようすもなく、次の自己紹介を軽やかにすすめ、つつがなくその日のホームルームをまとめた。やり手なのかもしれない。

このクラスで争い事なんかなさそう。なんというか、毒気の抜かれるというか、肩の力が抜けるというか、そういう雰囲気のひとだ。


-4-

漫画や小説だと、よく不思議で可愛い女の子といえば、休み時間にみんなに取り囲まれているけど、うちのクラスにそんなイベントは起こらず、おのおのがグループ作りに勤しんでいた。

勤労なことだ。

しょうこはそんなお祭りに混ざることもなく、窓の外をぼうっと見ていた。かっこよかったけど、私は声を掛ける気になれず、内心ではもたもたしていた。どうしていいか分からなくなって、完全に混乱していた。


そうしているうちに、大人しそうな3人の女の子がふと、しょうこに話しかけに言ったのを見た。

愛田さん、しょうこちゃんって呼んでいい?

いいよ。

つぎの新入生歓迎会、いっしょに行かない?

行く。


その声が聞こえた時に、私がいちばん言いたかったことを取られてしまった気がして、苛立ちのような悲しみのような、なんとも、情けない気持ちに襲われた。

私が1時間の間に初めて知り、憧れ、焦がれた位置はもう二度と手に入らない気がして、学園生活など燃やして灰に返してやりたくなった。入学1日目にして。

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