1-5

 ライチョウが降り立ったのはトルキオンの背中だった。そこではオウガとミリアが出迎えていた。

「よくやった。ぴよきち」

 ミリアが撫でるとライチョウのぴよきちは嬉しそうに目を瞑る。

 ぴよきちはミリアが四歳の時から育てているライチョウで、名前も当時の感性でつけていた。小さい時は本当にぴよきちらしい感じだったが、大きくなってぴよの要素が消え、きちの要素は付けた本人も幼少時代、自分が持っていた感性を疑っていた。しかし名前は名前と、今までそう呼び続けている。大きくなってから森に放したぴよきちは、いつも迷いの森のどこかに居て、ミリアが困った時に助けてくれるのだった。

 ミリアがぴよきちの名前で呼んだのを見て、状況を飲み込んだ颯太は屈託の無い笑顔を向けた。

「君の鳥なの? 助けてくれてありがと。にしてもでっかいねー」

「・・・・・・私は領主様の命令を聞いただけよ。礼なら領主様に言って」

 そう言ってミリアはオウガの方を向いた。その話し方はオウガと会話する時とはかなり違った。彼女もまた貴族の一員。位の高い教育を受けていた。

 一方オウガは右手を腰に当てて颯太をじっと見ていた。何かを確かめる様に瞳が赤みを増す。顎に手を当て、観察しながら、何かを考えていた。

 そんなオウガにも颯太は礼を言った。

「ありがとな。・・・・・・えっと」

「まずは名乗れ」

 オウガは見ず知らずの颯太に警戒していた。服装も受ける感じもどこか浮き世離れしている。正直、測りかねていた。

 そんな疑心の目も知らずに颯太は笑顔で挨拶した。彼は人を疑うという事を滅多にしなかった。

「青木颯太。颯太でいいよ」と手を伸ばす。

「オウガ・アッシュフォードだ。領主様でいいぞ」

 オウガは握手せずにそう答えた。その挨拶を颯太は冗談だと受け止める。

「あはは! あ、君は?」颯太は次にミリアへ名を尋ねる。

「・・・・・・ミリア・ラングレー」

「二人とも外国の人? ま、いっか。よろしくな。ミリア」

 颯太は首を傾げたあと、無理矢理ミリアの手を取り、握手した。

 強引なスキンシップにミリアは少し驚いて、手を引いた。エルメスダムでの握手は互いに親密な関係を確認し合う意味があった。まだ会って少しの颯太に貴族のミリアが握手をするのは慣例上不適切だ。

「私の体は領主様の物だ。その、気安く触らないで欲しい」

「おっと。そうなの。悪かったよ」

 颯太はミリアの言っている意味がよく分からなかったが、嫌がられていると感じて謝った。

 辺りを見渡すと、大きな鳥と更に大きなサイの様な獣。そして明らかに日本人ではない二人。服装も場所も現代日本を連想させる事はなかった。それでも不思議と言葉は理解できた。その事に颯太は違和感を覚えなかった。何か巡り合わせの様なものを感じたからだ。

「・・・・・・で、ここはどこ?」

「俺の森だ」とオウガは即答した。

「オウガの森・・・・・・。これ全部?」

 颯太は不思議そうに両手を広げた。辺りの森は空から見ても端から端が見えない程広大だ。それが一人の、自分と同じ歳ほどの青年の物とは颯太には信じがたかった。

 その疑問にオウガは頷く。

「ああ。全部だ」

「凄いんだな」

「そうだ。凄いんだ。だが、そんな凄い俺にも分からない事がある」

 オウガは顎を引いて目を鋭く細めた。まるで魂までも見つめるような視線だった。

「お前は一体どこから来た?」

 オウガはそう聞いた。颯太は目を丸くして、自分を指差した。それをオウガは頷いて答える。次に颯太はミリアを見るが、知っているわけがない。颯太は腕を組んでう~んと首を傾げた。空を見上げるが、雲と月以外何もない。

 ここ少しの間、記憶が曖昧だった。水面に石ころを投げ込んだ様なぼやけた記憶が、次第と整合性を取り戻していく。単純な記憶のパズル。颯太がそれを解いた時、目がはっと開いた。

「あ、そうだった・・・・・・」

 それから颯太はオウガとミリアにここに来るまでの経緯を話し出した。

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