1-4

 青木颯太はなぜか嬉しそうに叫んでいた。

「うおおおぉぉ! 飛んでるっ! オレ飛んでるよばっちゃん!」

 笑顔で大声を上げる颯太だが、実際は落ちているだけで飛んではいない。それでも颯太は手足を広げ、つんつん頭までとはいかないが上下左右に伸びた髪を後ろになびかせ楽しそうだった。着ていたカッターシャツと黒いズボンは上に向って膨らんでいる。

「すげえええぇぇぇ! ええっ!? ここどこ? 森? すげえええぇぇぇ! 月でけえ!」

 次々に飛び込んでくる景色。夜なのに満月が全てを照らす勢いで光を撒いていた。

 異常事態に颯太のテンションは変に上がっていた。目を開けたらいきなり美しい世界が飛び込んできたのだ。その瞬間、彼の頭のネジが吹っ飛んだ音がした。

「スマホ! 写真撮らなきゃ! ばっちゃんに見せてやったら驚くって! ってああ!」

 ポケットからスマートフォンを取り出すが、風圧によって飛ばされていく。

「やばいっ! ばっちゃんに買って貰ったばっかなのにっ! ごめーん! ばっちゃん!」

 本当にやばいのは近づいてくる森の木々だ。既にかなり大きく見え、葉の一つ一つのディティールもはっきり見えだした。森の獣はとっくに異変に気付いて移動を開始し、鳥は羽ばたいて逃げた。

 顔の近くに小鳥が飛んできて、颯太はやっと事態の重大さに気付いた。

「うわっ! ってあれ? これ飛んでなくないか? 飛んでない! 落ちてるだけだよばっちゃん! うわあああぁぁぁっ!」

 ようやく感じた恐怖だが、時既に遅しだ。

 無事に済むわけがない。颯太は自分が落ちる場所を確認した。湖や川など水を蓄えている所ならと思ったが、下に見えたのは白い尖った岩。それを見て、颯太は悟った。

「・・・・・・ばっちゃん。ごめんな・・・・・・。先に二人の元へ行ってるよ・・・・・・」

 死を感じ、諦める颯太。白い岩はもう目の前だ。颯太は覚悟を決めて目を閉じた。暗闇が眼前に広がり、衝撃が全身を襲う。

 ガッと体が揺れた。目を閉じていた颯太は岩にぶつかったのだと思ったが、何かが当たったのは背中だ。颯太は不思議に思った。うつ伏せで落ちたはずなのに、衝撃があったのは背中。いや、そもそも空から岩に落ちた衝撃にしては弱すぎた。誰かに強く押された様な揺れがあっただけだ。

 疑問符を浮かべる颯太は恐る恐る目を開けた。すると、飛び込んできたのは月夜に照らされた森と夜空だった。

「え? え?」

 混乱し、辺りをきょろきょろ見回す颯太。どうやら怪我はない。

 だが背中には巨大な手に捕まれた様な感触があった。颯太は恐る恐る上を見上げた。

 鳥だった。真っ白な大きな鳥が颯太の背中を掴んで飛んでいる。

「うわおっ! でっかい鳥! すげえぇぇ! 写真撮らないと!」

 颯太はポケットを探すが、スマホはもうない。写真を諦めた颯太は清々しい笑顔で鳥を見つめた。

 鳥の名前はライチョウ。雷を操ると言われるクリーチャーだ。白い羽は羽ばたく度に電気がチリチリと音を立てた。颯太はライチョウのくちばしサイズだ。それほど巨大だった。

 ライチョウは月を背中に背負って飛んでいく。颯太はそんなライチョウに話しかけた。

「・・・・・・えっと。助けてくれたのは嬉しいんだけど。これ、どこ行くの?」

 颯太の問いにはライチョウは答えず、ただただ夜空を飛んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る