第一章 領主様
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長い机だった。
大きく豪奢な部屋に置かれたその机は大家族でも使い切れない様な長さを持っている。煌びやかな装飾が施され、白く美しい岩石を磨いて作られた椅子が机の周りを囲む様に置かれている。それに彼らは座っていた。
今日は二ヶ月に一度の定例会議。その為に集った八人の男女がここ、岩白の砂海にある宮殿で顔を合わせている。砂海と呼ばれる砂漠の中心にあるこの宮殿は乳白色の特殊な岩石を加工されて創られており、外はうだる暑さだというのに内部はひんやりと涼しかった。
そこで話し合う彼らは一様に同じ肩書きをぶら下げていた。
ダンジョンマスター。
この世界に8つあるダンジョンと呼ばれる広大な領域。その管理人が一堂に集まり話し合う。
話す内容は概ね業務報告だ。何があった。どうなった。特別な事が起ればここにいる彼らの口が動いた。
その会議も佳境に入り、大柄の男がこの中で一番若い青年に話しかけた。
「それはそうと、ダイクの倅。仕事にはもう慣れたか?」
どこか乱暴な言い方をしたその男の体は大きく、筋肉で覆われている。白い大きめの装束を着て、頭にはターバンを巻いている。赤い髪に髭を蓄え低い声で豪快に笑った。豪傑という言葉がぴったりなその男の名をバスカと言った。
「・・・・・・お陰様で」
それに青年が答えた。まっすぐな黒い髪はその天辺だけ少しはねている。整った顔立ちだが、目つきは少し悪く、笑ってもどこか怖さがある。更に瞳がほんのり赤い。黒いタキシードを身に纏い、胸には緑の紋章が描かれた小さなエンブレムが取り付けられている。バスカと比べると体は細いが、それでもある程度筋肉質ではあった。彼の名をオウガと言った。
オウガの返答にバスカは「ガハハハ!」と豪快に口を開けて笑う。
「そうか! あのダイクの餓鬼なんだ。期待してるぞ!」
バスカが腕を組むとその巨大な筋肉が更に強調され、身を包んでいた白い正装が盛り上がる。
オウガはにこりと笑い。礼儀正しく振る舞った。
「善処しますよ」
その言葉はどこか皮肉めいて、それを聞いた何人かのメンバーは冷たい目をオウガに向けた。
「言葉だけでは困る」と別の若い男が言った。
背の高いすらっとした二枚目だ。髪は金色で瞳が青いその男は静かにオウガを見つめた。背が高く、モデルの様なスタイルに顔は小さく整い美しかった。ミドルヘアーだが、左側の一部を細く伸ばし、三つ編みにしている。黒いスーツを着ている彼の名をジエンと言った。
ジエンは報告書をめくる。
「君の管轄するダンジョン。迷いの森でのハントレベルは君がダンジョンマスターに就任してから目に見えて落ちている。森は人の営みの支えだ。流通が滞れば物価が上がり、民が苦しむ。実際、野菜や果実はここ数年で10%ほど高くなったという報告書が上がってきているんだ。改善策を出したまえ。ダイクの息子」
ジエンは偉そうにそう言った。それは彼の本質でもあった。
ここにいる彼らはそのほとんどがエリートだ。子供頃から自分は特別だと教えられて育ってきている。そしてその実、彼らには才能があり、飛び抜けて優秀だった。一つの領地をまとめ上げ、その双肩には民の生活がのし掛かっている。
非難されたオウガは目を細めた。
「森はそう簡単じゃない。乱獲すれば次の年に影響が出る。そのバランス管理が大変なんだ」
「俺は改善策を出せと言ったが、泣き言を言えとは言っていない」
それを聞いてオウガはジエンを睨んだ。五つほど年上のジエンも静かにそれを受け止める。
場の空気が変わった。オウガの背後は蜃気楼の様に揺らめき、ジエンの背後ではバチバチと音が鳴る。
異様な空気だ。
しかしそれを気にする者は少ない。このやりとりも一度や二度ではないからだ。ジエンは能力のない者を嫌う傾向にあり、一方のオウガは気が強かった。
そんな中、座って髪を触っていた一人の女が口を開いた。
「いきなり出せって言われてすぐ出せるならオウガ君もやってるでしょう? こんな無意味な問答を続けるならあたしはもう帰りたいのだけれど?」
女の名はアリサ。薄い青色の長い髪は冷たく揺れ、その瞳も同様に薄いブルーだった。肌は雪の様に白い。胸は青いドレスから溢れそうなほど大きく、腰はくびれ、足は細くて長かった。どこに出しても恥ずかしくないスタイルの持ち主は、冷たく言葉を口にする。
アリサの言葉に他のメンバーも異論を挟まなかった。オウガとジエンの睨み合いがすぐに終わらない事を彼らも知っている。そんな中で黙ってお茶を飲んでいる程、彼らは暇ではない。
今日の議長であるバスカはその雰囲気を読んだ。
「そうだな。では次回までに改善策を持って来るように。次は迷いの森での開催だ。奮起を求むぞ。なあに、親父に出来たんだからお前にだって出来るさ。では今日はこれで、解散!」
豪快なバスカの言葉で本日の会議は締めくくられた。それを聞いて各々席を立つ。
そんな中、オウガとジエンはまだ睨み合っていた。しかしそれもオウガが軽く嘆息し、席を立った事で終焉を迎えた。
オウガの背後でジエンが呟いた。
「継がぬ者が偉そうに」
それを聞き、オウガは歯ぎしりしたが、振り向くこと無く部屋を出た。
先に席を立ち、二人を見ていたアリサは一人呆れていた。
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