迷いの森の領主様

古城エフ

プロローグ

 昼の森を四人の男女が歩いていた。

 高い木に囲まれながらも、どこかのどかなこの森は空気自体が暖かく、のんびりした雰囲気が漂っている。

 小川が流れ、野草が伸び、花が咲く。木漏れ日が足下を多少は照らすが、全体的に辺りは薄暗かった。

 男女の構成は二人ずつ。リーダーらしき中年の男、若い男、若い女が二人。四人とも同じ様な装備をしている。鉱石で出来た防具は腕と足にだけ。動きやすい格好が選ばれたのは彼らが背中に背負っていた籠にあった。

 籠の中には様々な物が入っている。薬草。キノコ。石。頑丈な木の枝。釣った魚。そして何より先程倒したクリーチャーから手に入れた角や皮。それは彼らの戦利品だった。

「これくらいにしておこうか」

 一番年上の男がそう言うと、周りで採取を続けていた男女が頷いた。女の一人が言った。

「今日はあんまりでしたね。この前はライチョウの羽が手に入ったのに」

「あんなものそう簡単に取れないよ。欲しいならエリア2に行かないと」と若い男。

「あはは。ならあたし達がもっと成長しないとね。エリア資格が取れるくらい」と別の女。

 楽しそうに話し合う三人。まだ若い彼らはピクニック気分だった。ふと、女の一人が辺りを見回した。

「何か音が聞こえない?」

 しかし他の三人は首を横に振った。「そう。気のせいかしら」と女は呟く。

 それを見て中年の男が小さく息を吐いた。

「さあ、早く戻ろう。換金所が閉まったら今日のビールはなしだぞ」

 若者達はええーと口を揃え、帰る準備をする。採取の為の道具をしまい、男の元に集まっていった。その中で一人の女が遅れているのに若い男が気付いた。

「何してるんだ? 早くしないと置いてくぞ」

「すいません。靴紐が・・・・・・」

 女は持っていた鎌を側に置き、ほどけた靴紐を結んでいた。それを見て若い男は苦笑する。しかし同時に微笑ましくも思った。彼は彼女の事が気になっていたのだ。少し待ってくれと若い男は後ろにいるはずの仲間に話しかけた。

「おーい。ちょっと待って・・・・・・」

 振り向いた男の声はそこで止まった。いや、止まるというよりは固まった。

 次の瞬案どさりと何か重い物が地面に落ちる音がした。

 その音を聞いて靴紐を結んでいた女はなんだろうと顔を上げた。するとそこに人影は一つもない。女の表情が驚きに変わる。置いて行かれた。または隠れている。そう考えた女は彼らを探すためにほどけたままの靴紐で立ち上がった。

「みんなどこですかー?」

 呑気な声で女はそう言うが返事は帰って来ない。イタズラか何かだろう。そう思って女は辺りを見渡した。

 すると近くの茂みに人の影が見え、女の表情は明るくなる。女はかくれんぼで隠れていた人を見付けた様に笑って、近くに寄った。

「もう、やめて下さいよ~。子供じゃないんだから。はーい、みーつけた」

 女は楽しそうに茂みを見つめた。しかし様子がおかしかった。女の表情はその後すぐに一変する。

「ひっ――」

 そこにあったのは頭から右胸にかけて喰われた血まみれの人の死体だった。装備からそれがさっきまで話していた若い男だと女はすぐに分かった。

 目を見開き、体を硬直させる女。突然訪れた、そのあまりの恐怖に尻餅をついた。

 次の瞬間、後ろからその首元に息がかかる。獣の匂いがした。女は何かを悟った。ガクガクと震え、下着を汚しながら女は壊れた玩具の様に振り返った。振り返りたくなくても体が自然と動いてしまう。

 女の視野いっぱいにそれは映った。

 そこには巨大な目、巨大な口、巨大な牙があった。左目は瞳が三つ並び、その全てに女の顔が映っている。ねじれた太い角が生え、くすんだ赤色の毛が全長5メートルを超える全身を覆っていた。瞳は赤く光り、巨大な口からは血が滴る。筋肉で覆われた強靱な足と鋭い爪、そして刃物の様に尖った尾を持つ。

 そこに居たのは巨大な狂犬。

 おおよそ人が勝てる要素を持たないその姿に女は硬直し、そして叫んだ。

「きゃ――――」

 その一音目が彼女の最後の声となった。女は上半身を一瞬で巨大な口に食いちぎられ、残った下半身は尻餅をついたまま血だけを流して、その形で残った。

 周囲には死体が四体転がっている。辺りに他の獲物がいない事を見回すと、その狂犬は天に向って遠吠えした。

 禍々しく、おどろおどろしいその声が迷いの森を駆け巡った。

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