第9話 事件の発端。


その出来事は

ある日突然に起きた。


ウチの高校では不思議な事に

女子には更衣室があるけど

男子にはない。


だから体育の前には俺達男子は必然的に

女子が全員更衣室に移動したのを確認してから、みんなで教室の中で着替える事になっている。


今日もいつものように女子達が着替えの為に更衣室へと移動したのを確認すると、俺達はガヤガヤと着替えを始めた。


すると


ガラッ


突然教室の入り口が

大きな音を立てて開かれた。


見ると入り口にはまだ制服のまま着替えた様子のない柊さんがうつむいた表情で立ちつくしていた。


「ど…どどど…

どうしたの!?柊さんッッ」


思わず着替える手を止めて、

慌ててお風呂上がりの女の子のように

一斉に自分の体を隠す俺達。


すると柊さんは顔をあげて潤んだ瞳で

俺達に向かってこう言ったんだ。


「今更衣室のロッカーを開けたら、

こんな物が入ってて…」


そう言って柊さんは自分が手にしていた

クシャクシャになった数枚の紙達を

近くの机の上に並べ始めた。


見るとその紙には

「ブス」とか「学校に来るな」などという

言葉が何枚も何枚も汚らしい字で記されていた。


「こりゃあヒドい…」

「一体誰がこんな事を…」


俺達は急いで着替えると、

柊さんの周りに集まってその文字を眺めはじめた。


「ごめんなさい。

私、どうしたらいいのか分からなくて…。」


そう言って柊さんの瞳からは

ポロポロと涙がこぼれた。


その涙はあまりにも美しくてまるで宝石のようだった。


思わずその涙に見とれてしまう俺達。


…ハッ!

いかんいかん!


「…ってゆーかコレ、

先生に言った方がいいんじゃないの?」


俺がそう柊さんに話掛けた瞬間、

背後から女子の声がした。


「あら、柊さん。どうしたの?

もう体育の授業始まるけど。」


そう言って教室に入って来たのは

既に体操服に着替え終わった

東山梨花と橋本ユリだった。


「うわっ!何それ!ひっど~い!」


ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべた二人は、並べられたクシャクシャの紙に駆け寄るとこれまた意地悪そうな口調で言った。


「こんな事されるだなんて…

柊さんって、意外と嫌われてるのね。」


東山梨花が放ったその言葉に腹を立てた俺はすぐに反論しようとしたが、その事に敏感に気がついた坂上祐太がすぐさま静かに俺を制した。


「柊さん、

これをやった犯人に

思い当たるフシとかないの?」


祐太はゆっくりとした口調で泣いている柊さんの顔を覗き込むと優しく尋ねた。


さすがクラス一のモテ男。

ガサツな俺とは女の子の扱い方が全然違う。


「それが…」


すると柊さんは別の男子が差し出したハンカチで涙を拭うと自分のポケットからスマホを取り出し、1枚の画像を差し出した。


その画像に写っていたのは

柊さんのロッカーの中に

まさにこの紙を入れようとしている

東山梨花と橋本ユリの姿だった。


「たまたま携帯をロッカーに入れてたら

偶然撮れていたみたいで…。」


そう話す柊さんの声は

涙ですっかり震えてしまっている。


「お前ら、本当に最悪だな。

性格も見た目も柊さんより何十倍も何百倍も

お前らの方がブスだよ。」


その画像を確認した坂上祐太は決して普段人前では見せないような冷たい表情と低い声で二人の事を強く睨み付けた。


思わず涙目となる二人。


「東山さんと橋本さんがそんな人達だったなんて…私、ずっと良いクラスメイトだと思ってたのに…!」


そう言って柊さんは

涙を流しながら教室を飛び出して行ってしまった。


俺はすぐさま柊さんの後を追った。


柊さんは何も悪くないのに

何で二人はあんな人を傷つけるような事を

したんだろう…


そんな思いを張り巡らせながら

しばらく校内を探していると、

屋上でやっと柊さんの姿を見つける事ができた。


柊さんは俯いたまま

小さく肩を震わせている。


よっぽどショックだったんだろうな…


そう思い声を掛けようと俺が手を伸ばすと…


「ぷっ…くくく…」


柊さんの体の震えが少しだけ大きくなった。

そしてそのまま柊さんは

まさに堪えきれなくなった様子で…


「あ~はっはっはっはッッ!!」


もはや整っていたはずの顔が歪んでしまうほどの大声で突然笑い出したのだった。


教室では彼女は確かに泣いていた。


でも今、肩を震わせていたのは

泣いていたのではなく

どうやら笑いをこらえていただけだったようだ。


その事に気がついた俺は、

これから彼女の本当の恐ろしさに

気づかされる事となった。


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