第8話 一ノ瀬 春希の日常。
「また男子、ホームルーム出ないの?」
担任の西島先生が、
うんざりした表情で窓の外から
校庭を走らされている男子達の姿を眺めていた。
「どうせ男子が帰ってくるまで授業にならないし、今日はもう自習でいいわ。宮川さん。男子が戻って来たら教えて頂戴。今日は物理の小テストをするから。」
そう言って西島先生はクラス委員の宮川さんに声をかけると、持って来ていた書類をまとめて少しけだるそうに教室を後にした。
「最ッ悪!!
全部男子のせいじゃんッッ!!」
不満に満ちた声と共に、一斉に物理の教科書を取り出し必死に勉強しはじめる女子達。
そんな中、柊さんだけは机から女の子らしい綺麗なカバーをかけられた文庫本を出して優雅に読みふけっていた。
彼女はいつも休み時間も誰とも話すことなく
同じ本を読み続けている事を俺は知っている。
あの本はハイネだろうか、リルケだろうか。
きっと柊さんのように美しい言葉が沢山つまった、素晴らしい作品なんだろうな。
そんな事を思いはじめたその日から、
なんだか俺は読書をする柊さんから
目が離せなくて。
だから俺だけは他の男子生徒と違って
柊さんが読書をする姿を見るために
いつも教室にいる。
もちろんホームルームも皆勤賞だ。
「…ったく、男子も毎朝毎朝
いい加減にして欲しいわよね!
おかげで毎日小テストの嵐よ。
西島先生怖いから必死に勉強しなくちゃいけないし、こっちの身にもなって欲しいわ。」
ただ、この小テストのおかげかどうか
この悠蘭高校は例年に比べて
全国統一テストのランキングがかなりあがってきているらしい。
「ホント。
たまには一ノ瀬君みたいにちゃんと教室にいて欲しいわよね!」
そう言ってチラリとこちらを見てくる女子達。俺は何となく恥ずかしくなって思わず教科書で顔を隠した。
「まったく毎日毎日
柊さんのお尻ばっかり追いかけて!
一ノ瀬君だけじゃない?柊さんに興味ないのって。」
俺だって決して興味がないわけじゃない。
むしろ…
教科書で顔を隠したまま俺はチラリと柊さんに視線を送った。
柊さんは相変わらず静かに読書を続けている。
毎日毎日騒がしい喧騒がこだまするこの教室内で、まるで柊さんの周りだけがただゆっくりと違う時間が流れているようで、その優雅さというかそんな大人な余裕さに俺はいつしか魅入られてしまっていた。
「…ってか一ノ瀬君はアレだから。女に興味のないホモだから。」
あっけらかんといい放つ女子達。
まさかそんな風に思われていたとは…!!
「ち…!違うよ!俺はただ…!」
思わず立ち上がり弁明しようとした瞬間…
ガラガラガラガラ…
校庭を走り終えた男子達がどやどやと
次々に教室内に入ってきた。
「俺だって柊さんの事が…!!」
顔を真っ赤にして
俺がそう言いかけると同時に、
「さァ~お待ちかね。
今から物理のテストよ。」
そう言ってニコニコしながら西島先生が
大量の書類の束を抱えて男子の後ろから入ってきた。
『えぇぇぇえぇーッッ!?』
俺が決死の覚悟で初めて伝えようとした柊さんに対する淡い気持ちは、こうして突如沸き上がった野太い男達の悲鳴によっていとも簡単にかき消されてしまったのである。
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