第7話 柊 澪奈の日常

彼女の名前はひいらぎ 澪奈みおな


彼女はその美しさから

いわずと知れたこの学校の

アイドルであり絶対的マドンナである。


いつも寸分狂わず必ず決まった時間に

一人で登校してくる彼女。


サラサラとなびく金髪の髪を揺らしながら

決して他をも寄せ付けようとしない完璧な美しさのまま校門をくぐって来る彼女の姿は、

とらえた者全ての瞳をすぐさま羨望の眼差しへと変えてしまう。


透き通るような白い肌にか細い肢体。

怖いくらい整っているはずなのに、その潤んだ瞳や表情はいつも優しくてはかなげ。

そんな彼女の姿にみんな夢中で虜だった。


彼女の登校中。

彼女が運動場を横切る数分の間だけ、

まるで誰もいない静かな湖畔であるかのようにその場が一斉に静まり返る。


今まで運動部の朝練で活気づき、

元気な掛け声や厳しいげきで溢れていたはずの空気が嘘のように一瞬で一変する。


彼女の姿をとらえた瞬間、

バレー部も野球部もテニス部もサッカー部もクリケット部もカバディ部も相撲部も…

みんな練習の手を止めて、ただただ彼女が通りすぎていく姿を静かに目で追うのだ。


まるで何かの儀式のようだが、決してそうではない。彼女の息を呑むような完璧すぎる美しさが皆をそうさせてしまっているのだ。


そして彼女が運動場を横切るのを静かに見送ると、ハッと我に返った男子生徒達は決まってその場で部活を投げ出し、一斉に彼女の後を追っていく。


後に残されたのは


「コラーッ!!

お前ら早く持ち場に戻らんかーッッ!!」


という各顧問の先生の怒鳴り声と


「…また男子が馬鹿な事やってる」


と溜息混じりに放つ女子生徒の呆れた声。


それがこの学校の日常であり、

ひいらぎ 澪奈みおなにとっての日常なのだ。


そのくらい

彼女は全校生徒の憧れの的だった。


彼女が学校に到着すると、

まず上履きへと履き替える為に

彼女は下駄箱の扉を開く。


その瞬間…


ドドドドドドド…


靴箱の中からもの凄い勢いで色彩々いろとりどりの手紙の山がなだれ落ちてくる。


その数、数十…いや数百か。


これらは全て柊澪奈に宛てられた

みんなの想いであり気持ちである。


柊澪奈はそんな手紙ラブレターの波に決して驚くような様子を見せず、長く美しい髪の毛を優しく耳へとかけながら静かにその場へ腰を下ろし、1枚1枚の手紙の向きを丁寧に揃えるとカバンの中から取り出した綺麗な色の袋の中へ、その手紙達全てを入れていく。


まるで年末の郵便局の年賀状作業のような光景だが、そんな彼女の様子を物陰から静かに見守る男子生徒達。


彼女が手紙の袋詰め作業をしている間、

誰もが額に一筋の汗を光らせ

そして誰しもが息を呑んだ。


その場に生まれる言いようもない緊張感。


彼女が全ての手紙を袋の中に詰め終え

また再び美しい髪を揺らしながら

教室へと向かっていく姿を静かに見送ると

一斉に感嘆の溜息と共に歓声があがるのだ。


中にはガッツポーズをする者や、笑顔でハイタッチを交わす者、何故か胴上げをする者までいる。


その様子はまるで自分達が激しい戦争にでも勝利した騎士団かのように沸き上がっていた。


ちなみに彼らはつい先ほど部活をほっぽり出して柊 澪奈の後を追って来た者達であり、きちんと自分がしたためた手紙が柊澪奈の元に渡ったかどうかを確認しに来たのである。


別に中身など読まれなくてもいい。

自分の気持ちに答えてもらえなくてもいい。


ただ日々抱いているこの気持ちを

柊澪奈に知ってもらいたい一心で

みんなそれぞれ毎日筆をとっていた。


柊 澪奈が去った後も、目尻を緩ませ鼻の下をだらしなく伸ばしている男子生徒達。


「コラーッッ!!

朝の儀式が終わったなら、

さっさと戻って来んか!!」


そうこうしているうちに、

運動場から先生の怒鳴り声が聞こえてくる。


それと同時に鳴り始める朝のチャイム。


「センセー、

もうホームルーム始まるッスよ。」


そう言ってマスクを外し始める野球部のキャッチャー。


すると先生はわなわなと怒りで震え出し、

決まって大声で怒鳴るのである。


「ふざけるなーッッ!!

全員、今から運動場10周ッッ!!」


悠蘭高校が、

毎回長距離走で優秀な成績を修めているのは

この毎朝の一連のやり取りが由縁である。

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