第6話 彼女の秘密


「おいし~いっっ」


そう言って彼女は

幸せそうな笑みを顔中に浮かべながら

俺が手渡した梅おにぎりを

口いっぱいに頬ばった。


そしてそのまま勢い良く

コクンと飲み込むと、

キラキラとした少女のような瞳で

俺の前に身を乗り出しながら尋ねてきた。


「ねぇ、この料理は

なんていう料理なの?」


「えっと…

おにぎりって言うんだけど…

知らないの?」


僕は驚いた。

この日本に『おにぎり』を知らない

人間がいるだなんて。


「おにぎりって言うのね!

実は…柊家ウチは代々14歳になると

みんな家を出て一人で暮らす事がしきたりになっているから…あまり世間の事とか良く知らなくて…」


そう言っておにぎりの空袋を握りしめながらうつむく彼女。


きっと一人暮らしの彼女は

コンビニなんかに頼らず

ずっと一人で自炊とかしてるんだろうな。


…にしてもたった14歳で

一人暮らしを強いられる家庭だなんて…

なんて過酷なしきたりなんだろう…。


コンビニでバイトしている俺ですら、

よくお客さんに「若いのに大変ね~」とか

声をかけられるというのに、

きっと彼女には他人には分からないほどの

想像を絶するような苦労が沢山あったんだろうな。


「こんなので良ければもっと食べなよ。」


そう言って俺は、

もう片方のポケットに入っていた

昆布おにぎりを彼女に差し出した。


するとさっきまで手間どっていた

コンビニおむすびの袋を開ける動作も

するりとこなし、再び勢いよくおにぎりを頬ばった彼女が満面の笑みを浮かべながら呟いた。


「これも美味しい~♪

今度ウチで雇っているシェフのタキザワにも作らせてみようかしら。」


…ん?

今、って

おっしゃいました…?


「え?

柊さんって一人暮らしじゃないの?」


ビックリして尋ねる俺。


「えぇ、一人暮らしよ。」


あっけらかんと答える彼女。


待て待て。

状況が分からなくなって来たゾ。


「でも今、柊さんシェフがいるって…」


「いるわよ。シェフくらい。

あとは洗濯や掃除をしてくれる家政婦さんもいるし、毎朝ネイルと髪を整えてくれるスタイリストさんだっているし、より良い野菜を仕分けてくれる野菜ソムリエもいるし、エスプレッソだけを入れてくれる専門のバリスタだっているわ。」


自慢気に話す彼女に向かって

俺は思わず内に秘めていた疑惑を口にした。


「それって…

全然一人暮らしとは

言わないんじゃないの?」


すると彼女は不思議そうに首をかしげた。


「どうして?

でも彼らはキッカリ定時になると

おのおのの家に帰っちゃうのよ?」


全く悪びれた様子もなく言う彼女。


そんなのただの金持ちの道楽だ―――ッッ!!


彼女の一人暮らしが『過酷』なんかではなく

果てしなく『快適』だという事に気がついた俺はその時、心の底からそう叫びたくなったのであった。

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