第3話 柊 澪奈という女。


私、ひいらぎ澪奈みおな

それはもう生まれながらにして美少女だった。


その美しさはまさに常人離れしており

通常、人間という生き物は母親の産道からこの世に生を得た瞬間、どんな人間でも

『ガッツ石松』のような出で立ちで登場するのがお決まりなご時世だというのに、


何故か私だけは生まれた瞬間からすでに洗練された顔立ちを保ち、分娩室からは私の産声よりも先に私をとりあげた医師や助産婦達の感動のため息が次々と聞こえてきたという伝説が、今でもその産婦人科で語り継がれているほどだった。


そんな私だからこそ、当然成長するにしたがってますます美しくなっていくワケで。


それはもう、人々からは蝶よ花よと称えられ

『あの子の前ではその美しさに花もしおれ、月も雲に身を隠し、太陽も地球から遠退き、やがて世界は破滅する。』

と言わしめたほど。


そんな私も5才となり、やっと一人で近所の散歩ができるようになった頃、

私は突然近くに住む大学生の男に誘拐されてしまった。


幸い男はただひたすら私の前でデレデレと自分の体をくねらせているだけで別に何かをしてくる様子はなかったが、すぐに私は警察の手によって発見され、そのままその男は御用となった。


だが、事件はそれだけで

終わりをみせるような事はなかった。


なんと、私が一人で散歩に行く度に次々と

誰かが私を誘拐していくではありませんか。


しかも毎回何かをされるワケでもなく、どの犯人達も私を見つめては感嘆のため息を漏らし、誰しもが私に危害を加えるような事などせず、ただひたすら私の前でくねくね、デレデレとしているだけ。


そして最低でも数時間後には警察に見つかり連行されていく。


そんな事が8回連続で起こったある日、救出に来た警部さんが私の母親に向かって言いました。


「この連日のお宅のお嬢さんの誘拐事件で、捜査員も私ももはや疲れ果てている。お嬢さんにはどうも人を惹き付けてしまう魅力というか、能力があるらしい。どんな善人でもその瞳に見つめられたら思わず自分のモノにしたいという欲望が生まれてくるんでしょうなぁ。お嬢さんが外を歩くという事は、見る人によっては道のド真ん中に宝石が落っこちているのと同じ事なのかもしれません。どの事件もみんな犯人が突発的におこしてしまうものなので、計画的に行われる普通の誘拐事件ほど捜査も難航していないのが不幸中の幸いなのですが…」


そう言って警部さんは口にくわえていたタバコに火をつけ、ため息混じりに煙を放つとチラリと私の姿を見てそのまま言葉を続けた。


「ですが、こうも毎回さらわれてしまうとなるとその度に探しに行かなければならない我々の身にもなって欲しい。当然市民を守るのが我々の仕事ですが、お嬢さんに魅入られてしまう事で善良な市民までもが誘拐という犯罪に手を染めてしまい、いずれこの地域の刑務所は誘拐犯達で溢れてパンッパンになってしまうでしょう。宝石ならば宝石らしく、きちんとした管理の元で保管していただかないと困りますなァ。」


そう言って警部さんは私の頭をポンっと軽く叩くと、ロングコートをはためかせながらその場を去って行った。


タバコの匂いを残しながら去っていく警部さんの疲れ果てた後ろ姿を見つめていた私に向かって、母親は静かに言いました。


「澪奈。美しい事は素晴らしい事だけれど、それだけで罪になる事だってあるのよ。これからは警察の方々に迷惑がかからないよう、自分の身は自分達で守っていきましょうね。」


そう言って私の頭を優しく抱き寄せた母親の声が少し涙声に変わっていた事に気がついた私は、この瞬間から子供ながらにしてある決意を固めたのである。


『これからは

自分の身は自分で守ってみせる』


…と。


こうして私は、

この日から蝶である事を捨て

自らスズメバチとなることを

選んだのである。

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