第4話 201号室
外は、雨が降っていた。
静かに街を洗っていく雨の音を聴いていると、ふと彼が唇を開いた。
「あのさ、」
緊張しているのか、乾いた唇はそう呟いたのち、また閉じた。
「なあに。」
独り言のように返すと、なんでもないと言われる始末。
窓に寄りかかる私から少し離れて正座する彼は、私の言葉を待っているようにも見えた。
太腿を両手でかき、落ち着かない様子を絵に描いたようなその目線は私を捉えては宙を泳ぐ。それに気付いていないふりをして、雨の音を聴く。
もういいかなと思った。傷の舐め合いは終わりにしよう。
付き合って三年。限もいいだろう。
いつのまにかどこを好きになったのか思い出せなくなり、心が躍らなくなっていた。
それは意図したものではなく、互いに不慮の出来事なのだ。
「別れるの?」
態と疑問符をつける。すると彼は困ったように首を横に振る。
「じゃあ、どうするの?」
無言。雨粒のささやき。
彼がどう答えようが、私の心は決まっていた。でもそれを口に出来ないのは、私の彼に対する最後の甘えだった。
いつか、さよならを切り出す方が辛いなんて言葉を聴いたことを思い出した。
辛いならさよならなんてしなければいいのに、と綺麗事を並べてしまう私は、きっと誰よりも甘い考えしか持てないのだろう。
そう。それが解っているからこそ、私は彼とさよならするのだ。
小雨だった雨足は強くなるばかりで、窓の外は轟音を鳴り響かせていた。
「あのさ。」
彼が私を見遣る。徐に目線を合わせて首を擡げる。
「好きだよ、ちゃんと。」
色素の薄い、唇が嘯く。
嗚呼、事の顛末は呆気ないものだと誰が言っていたっけ。
「好きだけじゃ、何も意味ないのよ。」
薄暗い部屋に投げた言葉は、雨の音に掻き消された。
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