世紀末覇社譚 ~荒廃した世界で生きる社畜(おとこ)達~

猛蔵

第1話 パートのジジイは姥捨て山で収穫できる


 時は200XX年。

 混沌とする世界情勢と度重なる自然災害、そして政治家たちのその場限りの政策に翻弄されて日本の経済は混迷を極めていた。

 

 不況が貧困を呼び、貧困が不況を呼ぶ負の連鎖。そして少子高齢化社会が生み出す、失業者の増加と人材不足という矛盾。その人材不足は労働者達の長時間労働で補われるという悪辣な労働環境が、労働者の気力を削いでいった。

 そんな社会情勢を尻目に、政治家たちは現実から目を背けるかの如く「労働時間短縮」や「給料のベースアップ」と綺麗事ばかりを並べていた。理想と夢想で固められた労働法は、労働者の保護などを考えず、自分たちの空論を実現させることに躍起になって、労働者に一方的な理想を押し付けていた。


 結果、日本の労働社会は現実を無視した外野が理想ばかりを語るデストピアとなっていた。


 日本経済は完全に崩壊したと思われた。しかし、日本の会社達地獄のような社会においても諦めてはいなかった。


 社会が言った。「労働時間を減らせ」「残業などさせるな」と。

 現場は言った。「人材不足だ」「高い給料は払えない」と。

 それを聞いて経営者は言った。

「ならば安い人材を雇えばいい。リタイアしたロートル、高卒・中卒の若者、違法滞在している外国人。最高の人材だ。どんな手を使ってでもかき集めろ」


 人を顧みない労働社会に、人々は心を忘れて働いた。

モラルを捨て去り、法の眼を潜り抜け、人材をかき集めた。その働きっぷりはまるで獣のようだった。夢想家と情勢に翻弄され続け、傷つけられた労働社会は、獣と化した人々が互いを食い合う地獄に他ならなかった。


 世界は、日本の不況をこう表現した。「大日本地獄不況」と。



 ここはとある県の姥捨て山。仕事を定年退職し、シニア狩りから逃れたジジイ・ババアが住まう、山奥にひっそりと佇む平和な村。いつもは老人達が心静かに過ごしているのだが、今日は様子が違っていた。

 村中に警鐘が鳴り響き、足腰がまだ丈夫な老人はハチマキに竹槍を携えて走り回っていた。見張りの老人は鐘を力一杯に叩きながら叫んでいる。

「おおおおお!!逃げろおお!奴らが来るぞおおおおおお!!」

 

 それは黒煙とゴキゲンな社歌を振りまいてやってきた。


 大型装甲トレーラーを先頭に、編隊を組んで連なる武装営業車と武装バイク便。それを自在に操るのは、トゲとレザーを基調とした戦闘用ビジネススーツを身を纏った、屈強なビジネスマン達。彼らが織りなす一糸乱れぬその行軍は、見る者全てを震え上がらせた。

 その界隈に身を置く者でなくても名を耳にする、知らないものなどはいない業界業績No.1。『収穫者』『グラスホッパー』『殲滅部隊』などの数々の異名を持つ、人材派遣会社最大手の『株式会社コロンブス』が誇る人材スカウト事業部、通称『人事部』の大隊部隊ある。

 村を見下ろす丘の上に武装営業車が集結すると、大型装甲トレーラー、通称『ウォー・モンガー』の上にエレキギターを抱えた一人の男がのぼり上がった。死神達の長、東山人事部長である。ロックをこよなく愛する働き盛りの51歳で、ゴキゲンな社歌を奏でていたのも彼だ。

 彼は集結した武装営業車を一瞥すると背を向けて、村を睨んだ。彼は軽くギターを鳴らし、ピックを持った手を高く掲げ、そして怒号と共に振り下ろした。


「狩り尽くせえええええええ!!」


 手から放たれるように、武装営業車がうねりをあげて村へと突撃していった。それはもはや意志を持った山津波であった。



 時を少し前にして村では見張りの西村が響かせる警鐘の中で、迫りくる外敵を向かい撃つための準備が進められていた。


「てめえら、さっさと逃げろ!……あれは人狩り会社のコロンブスの連中だ……おいおいおい、しかも部隊を率いているのは……部長の東山かよ?ハッ!冗談と悪ふざけが総動員だ……おいジジイども!戦いの準備は無駄だ!今すぐ村を捨てて山へ逃げろおおおお!」

 見張りの西村は力の限り警鐘を鳴らして皆に呼びかけていたが、その警告を無視して、姥捨て山の警備部隊による迎撃準備は進められていた。


「逃げろ?ふん、何を言っているのだ。あんな若造どもが私たちに敵う訳ないだろ……。それに見ろ、この村の防備を。あんなおかしな車でこの守りを突破できるとは思えないがね」


 そう言いながら西村を鼻で笑ったのは、警備隊長の早乙女だ。彼は有名企業の元役員で、65歳と言う若さとラグビーで鍛えられた体力、そして役員時代に培われた指揮能力を買われてこの村に来て僅か1年足らずで警備隊長に抜擢された優秀な人物だ。

 早乙女は視線で、西村に周囲を見渡すように訴えた。村の周りは山で囲まれ、更に深い用水路が掘られているおかげで、この村はちょっとした城塞ようになっていた。更には唯一の村へと続く道には有刺鉄線の柵が幾重にも重なるように置かれていて、最後の村の入口には大きな杭を組み合わせて作ったバリケードが待ち構えていた。バリケードの後ろには竹槍を構えた老人達が集結し、組まれた櫓の上には弓を持った老人が待ち構えていた。確かに早乙女の言う通り、そう簡単には攻め入れるような村ではないように、伊パン的には見える。しかし、西村の眼にはそうは映らなかったようだった。


「は?馬鹿を言うな!あいつらからしたら、この村なんて藁の家よ!村長はなんて言ってる?」

「『全てを受け入れろ』と仰せだ。全く、死期が近いと悟りでも開くのか?」


 西村はどいつもこいつもという風に頭を掻いた。


「いいか。俺は運よく逃れたが、俺の元いた村は、あいつらコロンブスの連中の人狩りに逢って潰されたんだ。それも本隊じゃなくて分隊の係長が率いる連中にだ。それが今度は人事部長直々にお出ましだ。この意味が分かるか?この村がどんなに大きくても、どんなに強くても奴らを上回ることは無いんだ。お前らが取るべき選択肢は、戦う事でも、受け入れる事でもない。逃げる事なんだ!四の五の言わずに逃げてくれ!」


「あんたが前の村でどのような目に会ったかは知らんが、この村の警備隊長はこのワシだ。対処はワシが決める。見張りのあんたが口を出すことじゃあない……それに、丁度足や労働力が欲しいと思っていたところだ。返り討ちにして、逆に奴らから奪いつくしてやるわ……クククク…………」

「早乙女警備隊長、あんたは……!!」


「おおい!奴らが攻めてきたぞおおおお!!」


 二人は他の見張りの掛け声で我に返った。口論をしているうちに、丘の上から村に向かって車の群れが押し寄せてきていた。コロンブスの部隊は村へとつながる一本道を目掛けて爆走してきた。


「しまった!逃げ……」

「もう遅い!全員構えろォ!!」


 待っていましたと言わんばかりに早乙女は配下の老人達に指示を出す。


「奴らの車が有刺鉄線のバリケードに引っかかったら矢を射ってタイヤを潰せ!機動力を奪ったら、竹槍隊が突撃して奴らを串刺しにしろ!最初の数台さえ潰せば奴らの車がそのまま障壁となって後発を防いでくれるわ!」


 コロンブスの部隊が村の入口へと続く一本道に差し掛かろうとしたその時、数台の車が先行して有刺鉄線の張られている一本道に突入していった。車体の四隅にチェーンソーを取り付けた武装営業車、切込み部隊の『マスターキー』だ。彼らは碌に舗装もされていないその道に、一列になって突入していった。


「はっ!一列になるなんて馬鹿なことを!先頭の車が引っかかって、玉突き事故を起こして全滅よ!」


 舗装をされていないゴツゴツとした道をマスターキー達は跳ねるように走っていく。最初の有刺鉄線を目前にしたその時、先頭の車がスピンを起こした。有刺鉄線に絡む前に勝手に自滅した、早乙女の目にはそう映った。

 しかし車はスピンしたまま、有刺鉄線へと突っ込み、車体の四隅についたチェーンソーが車のエンジンと共にうねりをあげて、有刺鉄線を絡め捕り、柵を根こそぎ引き抜いていった。車が勢いを無くして止まることには、張られた有刺鉄線の柵の一列がキレイに無くなっていた。


「お……おい……突破されちまったんか?」

「まさかあんな手が……」


 村の警備や見張り達に動揺が走り、ざわめきが起こる。

 警備隊長である早乙女は一喝した。


「騒ぐな!ただの柵一つが壊されただけだ!まだ柵はあるし、あの車も動くのには時間が……」


 車はそれだけに終わらなかった。先行した一台を皮切りに、次々と車が突撃していき、同じようにスピンで柵を薙ぎ払っていった。有刺鉄線で強固に覆われた村の入口はマスターキー達の手によって、たちまち丸裸になっていった


「ま……まだだ!まだ堀がある!あれさえ残っていれば車など……」


 全ての有刺鉄線の柵が取り払われた後、チェーンソーの付けられたマスターキーとは違う、平たい鉄板のような車が村の入口を目指して走ってきた。その車は堀を目の前にしても勢いを落とすこと無く、むしろ加速して村の入口を目指して走ってきた。


「ま……まさか、坂の傾斜を利用してそのまま飛び越えようってのか……!総員、退避ー!!」


 鉄板の車は村の入口を目掛けて、堀に突っ込んだ。車体は大きく跳ね上がり、堀を飛び越える勢いだった。しかし、勢い空しく堀を越えられたのは車体の前部分のみで、後輪はそのまま堀に落ちて動けなくなってしまっていた。車はエンジンを吹かしても泥を巻き上げるだけで、そのままずるずると沈んでいった。

 一瞬の沈黙ののち、警備の老人達から嘲りと笑いの声が響いた。


「ハハハハハ!ざまぁねえのう!」

「バッ、バッ、バッカじゃねーの!散々ビビらせやがって、このざまかいな!」


「ヌハハハ、所詮はこの程度の連中だという事だ!みんな、槍を持て!車から出てきたところを串刺しにするぞ!」


 早乙女の号令で老人たちは竹槍を持って車に近寄った。すると、車の中で何やら通信をしている音が聞こえてきた。


「ザザザ……こちらドアノッカー、村への挨拶は済ませた……繰り返す……」


 なんだ?近寄った老人達がそう疑問に思った時にはもう遅かった。

 後方からひときわ大きいマスターキーがうねりを挙げて、すぐそこにまで迫っていた。そのマスターキーは堀に落ちた鉄板車の上を走り抜き、村の門に向かって飛び掛かった。うなるチェーンソーで老人達をなぎ倒し、着地と同時に回転して最後の砦であるバリケードへと突っ込んでいった。


「いかん!総員守れえええええええ!!」


早乙女の号令はマスターキーのチェーンソーがバリケードもろともに門を横一文字にえぐり切る音にかき消された。静寂が訪れたのは、バリケードが老人もろとも粉々に吹き飛ばされ、門がかろうじて老人の一部と共にぶら下がっている状態になってからであった。

 マスターキーの中から一人の大柄な男が現れた。男は誰にも止められることなく、門の前に近づき、門を蹴り飛ばした。門であったものが死体と共に転がっていき、跡形も無く崩れていった。男はニヤニヤと笑みを浮かべて煙草をふかした。


「ハッ!ジジイの作ったものは軽くていけねえなぁ~」


 男はブルブルと震えている老人の方を向いた。


「オラァお前ら!収穫の時間だぜえええええ!!」


 男が下卑た号令をかけると、次々にバイクが堀の車を踏み台にして村へと襲い掛かっていった。警備の老人達にはもはや立ち向かう気力などは残されていなかった。村を守れなかった、心の折れた老人達に出来ることは、ただ自分の村が蹂躙されるのを見ているだけであった。

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