王都にて
穏やかな日差しが木漏れ日となって差し、庭木が風にそよぐ。青々と繁る芝生は、この場所が地の底だということを束の間見るものに忘れさせる。
遷都歴68年。王都、地下王宮。そこは、深層ダンジョンと同じ大規模地下構造物の中とは思えぬ別世界だ。
いや……実のところ、この王宮もまた嘗ては、神代より存在する深層ダンジョンであった。「キングスダンジョン」と呼ばれた巨大な先史ダンジョンを今の技術で徹底改修したものが、今のこの国の行政を司る場所である。
そして、木々の繁る中庭を見渡せる宮廷の一室で。ゆったりとした高級そうなローブを身に纏った一人の老人が、頭を悩ませながら部下の報告を聞いていた。
彼は、ウィンゲルバルト内務執政官。王の名代として君臨する執政官の一人にして、王国内政の要……と言えば聞こえは良いが、有り体に言ってしまえばこの役職は「王の無茶ぶりを何とかするためのポスト」であり、常日頃から諸侯との調整に頭を痛める難職でもある。
そして、彼の現在の優先事項……即ち当代の王の野心の発露は、目下のところ深層ダンジョンの攻略へと向いているのであった。
「それで、第一次攻略部隊は帰還したそうだな」
「はい。第五層まで攻略を完了後、入り口まで一時退去を確認済みです」
「脱落者は?」
「なしです。ハルデン伯はご健在、途中の戦闘に参加した騎士団も軽傷だと」
「……違う。『モグラ』も込みでの話だ」
ウィンゲルバルトは部下を制した。本来、ダンジョン潜りを生業とするモグラの生死など些事だ。だが、今回に限って言えば事情は異なる。
現在攻略中の深層ダンジョンの先は長い。伝承によれば十層どころか三十層、ことによると五十層に届くということもあるやもしれぬ。そうなった時、今はともかく、先へ進むには腕利きのモグラの協力が絶対不可欠だ。
彼らは、今は形の上でこそ王命に従っているが、大半は出自の不確かなならず者。危ないとなれば我が身かわいさで容易に逃げ出す。ゆえに逃亡込みでの脱落状況の把握もまた必要だった。
「未帰還者一名です。腕利き揃いですから、幸いこの程度で済んだかと」
「……未帰還?」
執政官の眉毛がぴくりと跳ねる。
「負傷や死亡、逃亡ではなく?」
「はい。帰還の一日前、探索中に行方不明になりました。一応モグラどもが捜索を行ったようですが、徒労に終わったようで」
「……念のため、素性を洗っておけ」
「もう洗ってあります。それが……中々変わった経歴の男でして」
彼は部下の仕事に感嘆した。既に、経歴を洗っているとは。部下が差し出したのは、改竄や覗き見が不可能なよう魔術加工が施された羊皮紙であった。
……下々の人間一人のために用いるような書式ではない。彼の政治的直感は、事態の複雑さを警告していた。望まぬ情報がないよう願いながら、彼は丸まった羊皮紙を机の上に広げ、封を解く。
「自称トムソン・ブライア。その素性は……」
執政官の手が止まる。
「……元ダンジョン辺境伯の嫡子」
最悪ではない。だが、これは面倒事だ。
よりによって、剥奪貴族の縁者などと。
「考えようですな。将来の禍根が潰えたと思えば吉報かと」
この手の、元貴族家系、または廃嫡貴族は、国の治安の悩みの種だ。先のクーデター未遂の首謀者も、また別のダンジョン辺境伯の家に連なるものであったと噂される。少なくとも、そういうことに、なっている。
しかし……ブライア家。既に過去の話とはいえ、今は亡き家の名は。この国の政に携わる人間は心に刻んでいる。
「地底遷都に最後まで反対した男の孫が、今やモグラとは……神は皮肉がお好きのようだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます