ダンジョン歴8日目Ⅱ
思った以上に疲れた。空腹の状態での作業は堪える。日記を書く体力も怪しいが、やったことは書き留めておかないといけない。
手を動かしながら考えたこと。まず、前提として。この深層ダンジョンから脱出するには、俺独りで入口まで戻る必要がある。しかしそのためには、今は何もかもが足りていない。装備も、水も、食料も、薬も。とにかく、何もかもだ。だからこのキャンプを改造して、準備を整える必要がある。それ以外に道はない。
それだけ決めると、不思議と心が楽になった。どれだけ遠くても、道しるべがあると安心できるものだ。最終目標が決まると、自然と次にすることも見えてくる。何を置いても必要だったのは、水と食料。そして、安全な寝床の確保だった。
水については、少量なら割と簡単だった。湿った地面を掘る。上から布をかけて、重しを乗せる。一応、下に受け皿も置く。一日ほど置けば布が湿るので、それを絞れば水が出る。できた水は、念のため更に煮沸する。
これで、生水よりはかなりマシな水が手に入る。代償として俺の上半身が裸になったが、些細な犠牲だ。ちなみに、直で防具を付けると乳首が擦れてとても痛いことを、今日俺は生まれて初めて知った。
……次は、寝床だった。これは、場所は今の元キャンプ地をそのまま使う。今度はかぶれない草を敷き詰めて、だ。上半身裸の今、もし前のようなことになったら……想像したくない。あと、放棄された天幕が無いか探しているが、今のところ収穫は無い。
だが、問題もある。モンスターの襲撃だ。ろくな武器の無い今、モンスターに出くわしたら、何もかも放り出して逃げるしかない。
しかし幸いにして、そうならないための方法がある。モグラや狩人がよく使う、『獣除け』のまじないだ。安全を保ちたい場所の周りで簡単な儀式をすることで、周りに獣が寄り付かなくなる。こいつは正道の魔法ではなく呪術か何かに属するものらしく、貴族や騎士殿は使うとあまりいい顔をしない。それでも、使えるものはなんでも使うのが俺達モグラだ。
『獣除け』と名は付いているものの、こいつが獣だけでなく、深層ダンジョンのモンスターにまである程度は効く、ということが既に証明済みだ(ただし、あくまで『ある程度』だ)。だから、このキャンプの周りでも、既に一度『獣除け』が行われている。それを補強してやれば、この場所はかなり安全になる筈だ。だった。一つの大きな問題を除けば。
それは、俺が『獣除け』の儀式手順をかなりあやふやにしか覚えていなかったことだ。呪術のたぐいは、魔法と違って魔力を食わない分、とにかく儀式に複雑な手間がかかる。はっきり言って魔法の方がずっと楽だ。だから普通は手順書を見ながらやるんだが、俺のは荷物と一緒に恐らく溶かされた。
幸い近くに完成品があるので、それを参考に曖昧な記憶を掘り起こしながら儀式を完成させたのだが……かなり疲れた。その上、正直言って、うまくできたか自信がない。これが今日一番の疲れの理由だった。念のため、木の切れ端で鳴子を作って仕掛けたが、こちらは多分焼け石に水だろう。
水と寝る場所は取り敢えず確保した。腹が寒いが、今日はもう寝る。
……どうして食べ物を後回しにしたかって?それはまだ、俺が死にたくないからだ。
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