ダンジョン歴8日目

 夜の間、モンスターの襲撃は無かった。キャンプ地に使った時の獣除けの効果が、まだ残っていたのかもしれない。それなりの時間眠って、気分はだいぶ良くなった。

 ただ、新たな問題が生まれた。全身あちこちが痒い。特に地肌を晒していた手と首筋に、赤い斑点状の模様ができている。

 少し調べて、昨日寝床に使った草の一部に原因があると結論した。毒ではなさそうだったが念のため、湿らせた布で拭き取り、解毒魔法を使った。ダンジョンの植物はこれだから油断ならない。死んでいてもおかしくなかったミスだ。

 ついでに草木の露を集めて喉の渇きは治めたが、やはり栄養が必要だ。それと、装備も。このキャンプ地から動くには、モンスターとの戦いを覚悟する必要がある。最低限、何か刃物が必要だ。こんなことなら攻撃魔法を覚えておくべきだった、と思ったが、アレも確かまともに使うには杖が要る。ままならないものだ。

 ちなみに今一番欲しいのは、深層ダンジョンの不可思議な植物群を、食べられるものとそうでないものとに分類する力だ。一応、即効性の毒の有無程度は判別する方法があるが、それだけでは余りに心許ない。魔法の助けがあったにせよだ。深層ダンジョンの植物を食べて平気な顔をしていたモグラの一人が、地上に上がった途端に苗床に化けた例もあると聞く。

 もし、食料現地調達で深層ダンジョンに潜れたら。そう夢見た人間が今まで居なかったわけじゃないが、その代償の多くはあまりにも惨い死によって贖われてきた。仮にそんな真似が出来るヤツが居るとしたら、化け物みたいな治癒・解毒魔法を使える人間か、噂に聞く『鑑定』の魔法とやらを使える人間くらいのものだろう。

 

 やった。俺はツイている。火を起こした跡を掘ったら、誰かの埋めた芋が出てきた。多分、何処かの間抜けなモグラが上で火を焚いてふかした後、掘り出し忘れたんだろう。俺はそいつの不始末に救われたわけだ。とにかく、数日ぶりのまともな食べ物だ。だが同時に、ツイていないこともわかった。

 数日が経ったにしては、火の下が暖かかった。そして、近くにモグラの使う印を見付けた。俺のところの記号じゃないから解読に手間取ったが、うろ覚えが正しければ、このキャンプ地は使われたことを示している。

 つまり、他のヤツらは、引き返してこのキャンプ場を通り、もう上に戻った後だ。一瞬、全力で追い掛ければ合流できるのではないか、という甘い考えが頭を過った。しかし、それは自殺行為だ。

 植物モンスターの森だけなら最悪、森に火を点けながら進めば無理矢理抜けられるかもしれない。だが、その上にはゴブリンの集落が待ち構えている。

 人型のモンスターとの戦闘は実に厄介だ。奴らはある程度の知能があり、村を作り、道具を使う。だから逆に、此方がある程度以上の群れで行動する限りは、迂闊に手出ししては来ない。

 だが、もし単独で、武器も無い状態で囲まれれば……そこで終わりだ。その後のことは、考えたくもない。

 よって、この案は却下するしかなかった。盗賊や隠密の真似事ができれば、単独踏破して追い付くこともできたのかもしれないが。つくづく、自分の素性が恨めしい。

 助けが来ないと分かった以上、長期戦の構えが必要になる。今日の残りは、生活環境の改善に充てるとしよう。

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