宿敵
シュレインが次の現場、ゲイルの手下である二人のイービルがいるという場所に到着したのだが、待っていたのは困惑顔の警察だけだった。近づくと隊長の男が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「申し訳ありません、ミスター・ウルフカーター。敵を取り逃がしました」
「そうか、してそれはどこに?」
「……追跡中ですが、思わしくなく」
「仕方がないよ、イービルとは往々にして、逃げるのだけは一流なものだ」
警官たちを労うと、二人が逃げたというおおよその方向へと歩きながら、シュレインはマスクの下の耳に手を当てた。
「――聞いていたな、ナリアン」
『……ええ、こちらでは追えています。ですが今は家屋の、空き家でしょうか。人はいない様子ですが、中に入ったので視認できません』
「十分だ、すぐに向かう。君はそのまま紅茶でも飲んでいてくれ」
『……スコーンはすでに二人分準備済みです、良ければどうですか?』
「ああ、終わったら頂くとしよう」
通信を切ると、マスクの目の部分が黒いシェードで覆われ、すぐに透過してモニターに切り替わる。そこにはナリアンが指定した場所を示すビーコンが地図とともに表示されていた。このマスクとスーツは見た目の質素さに反して、多くの機能を備えている。ナリアン特製の戦闘服だ。確認を終えると、地図が頭のなかに入っているシュレインは迷うこと無く、目的地へと急行する。
目当ての家は、ナリアンが言った通り空き家であり、売りに出している不動産屋の看板が壁に貼られていた。中心からは離れてはいても中央区にある家屋は豪奢だが、中は電気が付いておらず、不気味さを醸す。だがシュレインの足取りは迷いがなく、正面玄関から堂々と入っていく。玄関を通ってすぐに、広いホールがあった。日は昇っていても室内は薄暗いが、マスクのモニターが自動で明度を調整する。前に住んでいたものがいたのだろう、テーブルや椅子など、最低限ではあるが家具が残されていた。奥に進むと、声が聞こえた。イービル二人が相談をしているのかと思ったが、どうにも違う、声色が“怯え”を表していた。
「……めてくれ、止めてくれ! 後生だ!」
「――」
イービルが何者かに懇願しているが、もう一方の声が聞き取れない。廊下を歩きマスクが音量を調整すると共に、近づいていくと内容が聞き取れた。
「――神を信じているか」
「な、何を言っているんだよ、カイルに何しやがった!」
シュレインの鼓動が跳ね上がった。その台詞を知っている、巷の噂で流れている、『ある儀式』を行う時の言葉で、それの主は――。
リビングを突っ切り、更に奥へ。リビングには争った形跡があり、柱などが砕けている。声は二階からで、夫婦が過ごすような広い寝室の中だった。扉は砕け、離れていても中が見えた。
「信じているか?」
「ね、ねえよ、神なんか!」
「そりゃあいい――」
男が手に持ったリボルバーを引くとほぼ同時に、シュレインは助走をつけて殴りかかった。相手はリボルバーを構えた――。
「アグリオン……、レナードぉお!」
「……なんだお前」
シュレインの攻撃は往なされ、奥の壁へぶつかる。それをキングサイズのベッドが受け止めた。
「ひ、ひい今度はなんだよ!」
「くっ……」
イービルはまだ健在で、儀式は果たされていなかったようだ。腰を抜かしているのか、直ぐに逃げようとはしない。
「アグリオン・レナード!」
「気安く呼ぶなよな」
「あ、ああ! お前、シュレイン・ウルフカーター!」
「ウルフカーター?」
レナードが顎に手を当てる。
「知っているはずだ、私の父を! ザ・トップというヒーローを!」
「……成る程、あいつの。それで俺になんのようだ、……その前に」
「え、え?――ぐぎゃ」
レナードが横に転がるイービルの頭を蹴った。軽く吹き飛ぶと、シュレインの横に飛んできて意識を失っていた。息はあるようだが、暫くは起きてこないだろう。
「……それで」
「ザ・トップを、父を倒した貴様を、私は許さない!」
レナードはハット帽のつばを弄り、ため息を吐いた。
「逆恨みかよ」
「違う、一人のイービルを倒す。それは最強のヒーローの息子である、私にしか出来ないことなのだ」
「そうかい」
「父は偉大だ、それを倒したなどと……!」
「そうでもないさ」
レナードが口にした、短い言葉には懐古の念があった。
「あいつはただの、どこにでもいるようなおっさんだった」
「――!」
その言葉を聞いた瞬間、シュレインの全身の血が下がり、直後に急上昇した。
「――、ふざけるな!」
「なにも巫山戯ちゃ、おい」
シュレインが再度攻撃を繰り出す、ベッドの上から掴みかかり、レナードもろとも廊下を飛び越え下のリビングへと落下した。
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