フィニッシャー
事件の発覚はシュレインが目覚めた時刻とほぼ同じ、まだ朝焼けが滲む頃であった。中央区の北寄りにある商店街の路地、通りすがりの青年が血塗れで倒れている男を見つけた。すぐさま警察に連絡され、駆けつけた警官が偶然イービルに詳しくその男、すでに事切れていた者が指名手配中のイービルであると気がついた。ヒーロー対策本部に話が行き、増援を送ると言伝られたのもつかの間、イービルが死んだ原因となったものが現れた。イービルを殺したのは、また別のイービルであった。いわゆる縄張り争いで、元々中央区にいたイービルは警察の目を恐れ潜伏していたが、それが追い出される形で争いが起きた。追ってきたのは三人のイービルで、獣のような大男をリーダーにしたチームであった。それは別の区から警戒が言い渡されていたイービルで、実力も備えた要注意人物だった。
リーダーの大男はゲイルと呼ばれていて、野性的な見た目に相応しい能力の持ち主だ。五感に優れ俊敏性も長ける。そして何よりも厄介なのは、『勘』が良いことだ。危機を感じれば即座に撤退する。その身体能力も加われば、並のヒーローでは追跡困難だった。手下の二人もサイコキネシス能力者と、ワープ能力を持った者たちで、嫌らしい掠め手を得意としていた。犯行は殺人の他に強姦、強盗と枚挙に暇がない。警察が気がついてからまだ半年と経っていないにも関わらず、余罪は二桁の後半とも言う。
ゆえに見つけた以上、仕留め切らねば被害の拡大は免れない。よって警察は最良のヒーローへ出動を願った。個人である以上、同時に別の場所へは行けない。より優先度の高い事態へ送られるのは当然の帰結で、それが今だった。シュレインが到着するまで、イービルを釘付けねばならない。近くで待機巡回していたヒーロー、及び能力者を軸に構成された特務警察隊を投入し、該当地区を閉鎖した。目論見は上手くいき、一部隊員に被害を出しながらも、その時が訪れた。
警察とヒーローの協力による分断工作で、手下とゲイルをそれぞれ相手していた場所に、シュレインが現れた。先ず来たのは味方側の疲弊が目立つ、ゲイルの所だった。実際、ゲイルを欠けば残り二人のイービルはシュレインがいなくとも対処可能で、人員が分かれるがゆえの苦戦である。
シュレインが来る少し前から話しは始まる。
ゲイルが取り囲むヒーローたちを持ち前の膂力で圧倒、引き抜いた工事用の鉄柵を振り回し、接近を許さない。無類のタフネスで多少のダメージは物ともしない。三人いたヒーローの内、一人が鉄柵の直撃を喰らい吹き飛ばされた。
「ぐがっ」
「へへへ、やっぱりヒーローはこんなものか。ビビって損したぜ」
黄色がかった白い肌に、ザンバラの髪は伸ばし放題。二メートル近い、体躯のいい体をどこからか奪ったであろう、質の良いミリタリージャケットで覆っている。それを傷で汚すこと無く、汗もかかずに三人を相手にしている。
ヒーローの一人である女が、市街なことを気にせず火球を放った。後ろからの不意打ちだったのだが、ゲイルの勘は鋭く横っ飛びで躱され、挙句反撃を許した。
「きゃっ」
「はは、きゃあ、だってよ。可愛いねえ」
「……馬鹿にするな!」
下卑た笑みを浮かべて女のヒーローを見下ろす。身体特化の力で繰り出される拳は、能力主体の女には重く、一撃で足が立たなくなった。ウエーブの掛かった赤ら髪を垂らし、見栄の良い女、ミレイの破れたライダースーツからは引き締まった白くしなやかな肢体が見え、ゲイルの欲望を刺激した。
「良いねえ、たまにはヒーローを襲うのもありだな。こんな弱っちいんだもの!」
「ミレイから離れろ!」
「男に興味はねえよ!」
ミレイを慕うもう一人のヒーロー、クウロンが三節棍を振り回し飛びかかる。合金で出来たそれは重量が棒一つで二十キロもあり、常人では振り回すのも難しいそれをクウロンは巧みに使う。だがその軌道の読みづらい一撃は容易く躱された。
「なっ」
「遅え遅え」
「げば」
躱された勢いのまま、ゲイルの裏拳を喰らい地面に顔から落ちたクウロン。
「――今だ!」
最初に吹き飛ばされたが復帰したヒーロー、マイムが飛び蹴りを放つ。脚力に特化した強化能力者が助走を付けて繰り出す蹴りは、野生のサイを昏倒させる程の威力を持つ。
「今だ、じゃねえよ。格好つけやがって」
しかしそれも躱され、鳩尾に拳を食らう。崩れ落ちたマイムは意識を失っていた。
「さてさて、それじゃあお楽しみ」
「く、来るな!」
「そう言われると……、逆に行きたくなるよなあ!」
恐怖に顔が歪むミレイ。それに比例して笑みが深まるゲイル。後方で見ている警官も、ヒーローが嬲られる様を見て臆していた。
だがその間を縫って、走る影。間近にいた警官たちよりも、先に気がついたのはゲイルだった。
「――なんだ!」
「……遅い」
後方に飛んだゲイルが、なぜか不可思議に地面に倒れる。まるで空中で見えない壁にぶつかったようだった。その前に立つ者がいた。警察もそれが誰だかに気づき、歓声を上げる。ゲイルも顔を上げ、何が起きたかに気が付く。
「てめえ、知ってるぞ」
「そうか、だがもう知らなくていい。お前が見るのは刑務所の壁だけだ」
そこにいたのは、全身をタイトなボディスーツを身に纏った男だった。
シュレインは、今では見るも珍しい、古いヒーロースーツを着用している。胸にTの文字が入った真っ青なスーツは、真っ赤なスーツを来ていたザ・トップとの対照になっている。顔は目と口だけが空いた、スーツと同じ素材の覆面で西洋甲冑の兜のような、これまたT字を模した黄色いラインが入っている。着るものが着れば、変人の誹りは免れないが、彼の人格と実績、そして類まれな整った容姿と鍛え抜かれた肉体が奇跡的な調和を生み出し、世間からは爆発的な人気を博している。
「っけ、変態野郎が、洒落臭え」
「言葉遣いの悪い男だ、まさに野獣、イービルだ」
シュレインは片手を立て、甲の方を向けるとゲイルを手招きする。喜々としてそれに応えるゲイルは、十メートルの距離を一息で詰める、驚異的な加速で迫る。しかし、その加速はゲイルが意図せぬものだった。
「なっ」
「ふん!」
自身でコントロール出来ぬ速度に、バランスを崩したゲイルの顎をシュレインの拳が打ち抜いた。意識が飛びかけるのを堪えたゲイルが距離を取る。だがそれに追撃を駆けるシュレイン、反撃するゲイル。同時に繰り出された拳であったが、先に当たったのはシュレインの右拳だった。リーチでは勝るゲイルの拳は、その途中で勢いを失い、シュレインは躱してさらに畳み掛ける。全身に猛打を浴びながら、ゲイルは混乱していた。
「何が、てめえ、何しやがった!」
「教える謂れはない」
反撃を許さぬシュレインの猛攻、ついにゲイルの鳩尾を捉え、ゲイルは膝をついた。
「お前は私には敵わない、投降したまえ」
「っるせえ!」
なんとか反撃し逃げたいゲイルだが攻撃の全てを往なされ、その上で横っ面に蹴りを喰らい、ついに意識を失った。
警察達が雄叫びを上げ、駆け寄ってくる。シュレインは倒れていたヒーローたちを介抱していた。
「お疲れ様です、ミスター・ウルフカーター」
「流石の腕前でありますな」
「まさに『フィニッシャー』の呼び声通りの!」
「止してくれ、それよりも僕はもう一つの現場へ向かわせて貰うよ」
賞賛を軽くあしらうとシュレインは走っていく。その後ろで、優しく抱き上げられたミレイがうっとりとその後姿を眺めており、その更に後ろでミレイの見たことのない表情を見たクウロンが、地面に手をついて泣いていた。こうしてシュレインのファンは増えていき、また多くの男を絶望に落とすのだ。
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