因果応報

「断罪人?」

「ったく、どいつもこいつも、変なあだ名で呼びやがって」

「なんでここに……」


 クレインは慄く。話には聞いたことがある、都市伝説にも数えられる、イービルを狩るイービル。悪魔の中の悪魔。


「断罪人……、ああ聞いたことがある、そうか、お前が」

「お喋りは嫌いだ、もう良いか」


 断罪人、アグリオン・レナードがイービルへと近づく。仮面の上からでも緊張感が増したのをクレインは分かった。イービルはこれまでと同じく、指を鳴らしたが、変化がない。


「――やっぱり、つまらない能力だよ、本当に、聞いていたとおりだ」

「そりゃ悪かった」


 特殊能力の一切を無効化するレナードの力、分かってはいたが、いつも能力に頼ってきたイービルは、その餌食になる。接近するレナードを止めるべく、地面を穿とうとするが、レナードの蹴りが速かった。


「くっ」


 一方的な殴打、蹴りや拳が乱れ飛び、イービルは後退していく。


「――やめろ!」

「……ちっ」


 強引に引き剥がすことに成功したイービル。身体能力で言えば、二人の間に大きな差はない。そもそもレナードの基礎能力は能力者の中では並、やや上である。それを経験、場数で底上げしている。


「……ああもう!」


 追い打ちをかけるレナードの足元を能力で崩し、撤退を選んだイービル。しかし叶わない。足に巻き付くもの、見ればワイヤー、レナードの手元から伸びている。引きずられ、転んでしまう。


「うぐっ」

「さて」


 立ち上がる前に、レナードがイービルの胸を踏んだ。手には古めかしいリボルバー拳銃。クレインも聞いた覚えがあった。


「あれが……!」


 レナードはイービルの仮面を剥ぎ取る。


「なんだ、ガキじゃねえか」

「だからどうした」


 クレインからも見える、まだ年端もいかぬ、行っていれば学生、十代の後半頃に思えた。


「さて、言い残すことは?」

「……殺せよ」


「……」

「能力を奪うんだろ?知ってるよ、けどそれがどうした」


「……」

「能力なんかなくたって殺しは出来る、それが嫌なら殺せよ」


 無言のまま、レナードはリボルバーの撃鉄を起こす。クレインが知る限りでは、中は空砲になっている筈。


「どっちでもいいさ、やってみろよ!」

「……どっちでもいいんだな」


「……そうだよ――」

「なら、“どっちも”だ」


「なに――、うがっ!」


 発砲音に閃光、銃は空砲ではなかった。少年の二の腕を打ち抜き、鮮血が舞う。


「い、痛い!うぐう、殺せ、早く!」

「信じている神はあるか?」

「な、なんのこと――、いだ、い、いだい!痛い!無い、無いって!神なんか、知るもんか!神なんているものか!」

「――待て!」


 銃口で傷口を抉る。我に返ったクレインが止めに走るが、少年は無茶苦茶に能力を振るい、近づけない。


「――上出来だ」


 再び発砲音、しかし今度は空砲、再度血が出ることは無かった。しかし少年は気を失った。そこを更に顔面を殴りつけたレナード、少年が意識を取り戻す。


「……な、にが、あがっ、痛い、痛いよ、お母さん……!」

「さて、小僧」


「あ、ああ……」


 レナードが三度、銃口を少年に向ける。


「今度は、弾が入っていると思うか?」

「や、やめて……、やめて、やめてください!お願いします!」


 呆気にとられるクレイン、それは今までと同じ人物、イービルなどではない、“ただの少年”に思えた。


「その資格がお前にあるとでも」

「……うう、うああ……」


 嗚咽とともに泣き出す少年、口からは謝罪の言葉が漏れている。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ――」


 額に突きつけた銃口で、頭を押す、少年は涙があふれる眼で、それを確認するとまぶたを閉じた。なにかを覚悟、死を覚悟した表情だった。


「そうかい」


 そして引き金が引かれ、レナードが立ち上がった。しかし少年からは未だにすすり泣く声がする。レナードは立ち去り始め、クレインとすれ違う。


「……てめえ、それでも“正義の味方”か」

「……う」


 漆黒のマスクの上からでも分かる、レナードの刺すような視線を、クレインは直視できなかった。レナードが去った後、クレインは少年に駆け寄り、止血をした後救急車を手配し、その場を離れた。基本的に彼らは衆目に触れてはならない、そう言い付けられていた。

 オブレイナは怪我をしていたが無事で、デットの車でいつものビルへと帰ったが、その途中、クレインはずっと『イービルとは何か』について思いを馳せていた。

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