余談
それから一週間がたった、クレインらは、特殊な事態になるまでお呼びがかからない。いつもは暇を持て余している。帰ってからと言うもの、ずっとオブレイナは不機嫌だった。二つある理由の内の一つ、そもそも彼女らが出動するようになった理由、それが犯人の『年齢』であったから。警察はこれを知りながら、イービルとなった以上殺害する他の手段が限られる、特に暴力的な能力を保有している例では。それを隠密に始末する必要があったため、わんわんヒーローが呼ばれたのだ。警察ではすでに、イービル同士の諍いで死亡した、と発表する準備をしていたとも言う。だが結局少年はレナードの手によってイービルではなくなり、今は大人しく取り調べを受けているという。その最中はずっと、被害者と母親への謝罪の言葉を発しているらしい。
その後ワイドショーではこの事件について掘り下げられていた。少年の名はミグル・ポーキー。十六歳で、ほんの半年前、春まではハイスクールに通っていたという。母子家庭であり、父親はかつて一流商社マンでありながら、不祥事を起こしリストラ。後は坂を転げ落ちるように酒に溺れ、家では暴力を振るいついには追い出され、ホームレスへと成り果てた。
そしてイービルへとなったミグル少年が最初に殺したのが、その父親だった。遺体の状態も、計八名に登る被害者の中でも、特に損傷が激しく、顔は原型を保っていなかったという。その父親に関しても、今は申し訳なかったと言っているようだ。
オブレイナが襲われたもう一人のイービル、センテレイ・ナーブも少し前まで大学生で、就職に失敗した後行方を眩ませていたという。ワイドショーの中では社会の問題に対しても話が及び、イービルを擁護するような言葉も見受けられた。クレインに言わせれば、ならば実際に対峙してみると良い、と言いたいところだが。
そしてオブレイナの機嫌を損ねたもう一つは、そのセンテレイというイービルと、例の断罪者が関わっている。
そもそもオブレイナはセンテレイを一方的に圧しており、ふん縛っている最中に、彼が現れたという。断罪者はそれを一瞥して去ろうとしたのだが、オブレイナが襲いかかり、敢え無く返り討ちにされたらしい。返り討ちにされた、という部分はオブレイナは否定していたが、クレインが見た限り、断罪者が戦っている様子にダメージを負っているようには思えなかった。それを除いても、彼女は断罪者になにか思うところがあるらしいが、デットには聞くなと強く念を押された。
いつもの座り心地の良さそうな仕事椅子から、オブレイナがクレイン話しかけた。
「それで、どうするか決めたか?」
「……はい、まだここでやっていこうと思います」
「そんな半端な覚悟で務まる場所じゃない、それは分かったはずだが」
「勿論、やるからには全霊を尽くします。まだというのは……」
「――イービルになるまで、か?」
「……」
あれからも、クレインの中での葛藤は続いていた。後ろからミグル少年を撃った時、確かに自分には『憎悪』があった。それがどこから来たものか、分からないでいる。今また悶々と考え出したクレインの額に、重いファイルが飛んできた。
「うごっ!」
「馬鹿者」
「……え?」
「それだけ悩んで、苦しむやつが、悪魔になどなるものか」
いつの間にかオブレイナが立ち上がり、クレインを見下ろしている。
「でも、あの少年も、あの男に力を奪われたら、普通の少年に……」
「それでもだ、多くのイービルを見てきた、私が断言する。お前はイービルになるには、『軟弱』過ぎる」
「それは、どういう」
「イービルになって、人が変わる?そんな事があるものか、あれらは元からそういう素養がある、変化はそれを『後押し』するだけだ、テレビでも言っていただろう?」
確かに、ワイドショーなどでは犯人の少年は昔から、近隣の動物などを虐めている様子が見られたとも言っていた。
「お前がこれからも、“こちら側”でありたいというのなら、それに見合う振る舞いと覚悟を持て、それで駄目なら、私が殺してやる」
「……」
オブレイナはそう言い残し離れていった。入り口で、デットとすれ違う。
「今出勤か、もう昼だぞ」
「すいませんね、道が混んでて」
「こんな寂れた街で道が混むものか」
「隊長はどちらへ?」
「散歩だ、空気が悪くてしょうが無い」
「ありゃ、彼はまだあの調子なんで?」
デットが奥に目線をやる。
「これ以上うじうじしているようなら、殴り殺してやる」
「その割には、随分と優しいことを仰ってましたが?」
「……貴様いつから?」
「さあ、なんのことだか」
はぐらかしてデットは奥に消えていく。鼻を鳴らし出ていくオブレイナ。
その間、一人残されていたクレインは、胸から一枚の紙を取り出す。それは彼が警察を志したきっかけ、『ザ・トップ』のブロマイドであった。
「……うん」
オブレイナの言葉を反芻しながらそれを眺め、正義の味方を続ける勇気を取り戻す。弱気を助け、悪を挫く、彼のような。そうしていつものようにザ・トップを思い描いた時、なぜか横に、あの断罪者が並ぶ様子が夢想された。
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