張り込み
二日後、本部の協力も得て次の犯行現場の予測がたった。西地区と南地区の境界付近に、ホームレスが多くいる公園がある。そこに目星をつけて張り込むことにした三人。デットは出番が来るまで車内で待機しているが、後の二人は近くの建物から様子をうかがっていた。深夜から早朝にかけて犯行が行われているため、徹夜になる。なにも入っていない空きビルに居るので、凍える寒さを耐えてじっと待つことになり、現場で仕事をしてきたクレインにとっても堪える辛さだった。おもむろに横で立っているオブレイナが話しかけてきた。
「寒いか?」
「……大丈夫です」
「いいな若いのは、私は寒くて堪らん」
「あの、オブレイナさんは……」
「なんだ、年を聞いたら殺すぞ」
冗談に思えないので恐ろしいが、聞きたいことは違うのでそのまま話す。
「自分が、イービルになるかもしれない。そう思ったことはありますか」
「……それがお前が今まで、ヒーロー部所に入るのを拒み続けてきた理由か」
「はい……。僕のこの恐ろしい力が、無辜の市民に向かうのが怖くて」
「そうなったらそれまでさ、だが、私は多くのイービルを見てきたが、そうなる奴らには多くの共通点がある」
「それは?」
「空虚、大事な何かを、すっぽり忘れてきたような、そんな虚しさを見せているのさ、彼らは」
そう言うオブレイナの表情は、この三日で初めて見るものだった。
「お前にはそういうものは見当たらん」
「……ありがとうございます」
「一人、いたがな。昔、イービルの癖に、生意気な目をしていた奴が……」
「……?」
誰のことか、訪ねようとした時、オブレイナが手で制してきた、顔つきも真剣なものになり、クレインも窓際によって外を見る。
テントやダンボールハウスが多く点在し、朝までまだ時がある闇では確認が難しい。だが奥の道から近づく影があり、それは真っ直ぐ公園の中に向かって歩いていた。オブレイナに目線をやり、指示を仰ぐ。少し考えた様子を見せた後、クレインに下に向かうよう手で示した。今いるのはビルの五階だが、強化能力のあるオブレイナならば一息で下まで跳んで来られる。クレインが犯人を確認したら、すぐに駆けつける作戦だ。顔の割れているオブレイナでは、近づく前に逃げられる恐れがあるからだが、犯人、イービルに接近するクレインにも相応の危険が付きまとう。しかしそれももう覚悟済みだ、手の震えは寒さから来るものだと気を引き締め、階段を降りた。姿勢を低くして、向こうから見えないよう、小走りする。ホームレスたちも寝静まっていて、静寂の中で目を凝らして上から確認した付近を見る。
だが姿が見えない、寒さにも関わらず汗が流れる。意を決し更に進み、テントの合間を縫う。途中、落ちている雑誌やペットボトルを踏まないようにしながら、どうにか反対側まで辿り着く。ここからでもオブレイナは見えるはずだ、そういう風に動きながら見回すが、先程あった人影が見えない。実はホームレスの一人で、すでにテントの中に戻ったか。ビルの方を向いて、オブレイナの反応を伺う。手に持つライトをほんの少し付け、合図を出す。しかし待っても応えがない。判断に迷い、緊張と寒さから唇が震える。その時、ビルの中から、光が漏れた。だがそれは予期していた明かりとは違い、緊急事態を知らせるものだった。即座に戻るべく、駆け出そうとしたが、そこに声がした。
「ああ待って、そんなに急がないで」
「え?」
振り返ると、今まで誰もいなかったはずの場所に男が立っていた。闇夜に消えそうな、真っ黒い装束、顔には大きく歪んだ笑みを浮かべる仮面。クレインの心臓が大きくはねた。
「向こうは向こうでよろしくやるからさ、君は俺と遊ぼうよ」
「――!」
想定外だ、他にも味方がいることは事前の打ち合わせでも出てこなかった。その気配、様子は一つもそれまでの犯行で無かったのに。ただの快楽殺人ではなかったのか、まさか情報が漏れた、だとしたらどこから。
困惑を振り払い、甘く囁くような声を無視して、クレインは腰から拳銃を抜き、男に向かって構える。
「……知ってるよ、君たち。能力者のくせして、能無しの使いっ走りをして、恥ずかしくないの?」
「お前こそ、弱者をいたぶって、心は痛まないのか」
男は首を傾げた。言葉の意味がわからないとでも言いたげである。
「だって、これは俺とは違う生き物。虫を殺すのに心を痛めても仕方がないでしょ」
これとはホームレスたちを指している。クレインは頭に血がのぼるのが分かった。
「なるほど、『イービル』だ、言葉が通じない」
「……その呼び方、止めてくれない?」
イービルが一歩近づくのを見て、クレインは引き金に指をかける。距離は五十メートル、普通ここからでは当てるのは難しいが、能力者であるクレインにとって、当てられない距離ではない。
「……そんなものでどうにかなると思っているの」
「!」
イービルの手が動いた、事前の情報では、身体能力を強化するような手合いではない、つまり――。指に力を篭め、引き金を引こうとした瞬間、クレインの背筋に怖気が奔り、拳銃を捨てて後方に跳んだ。捨てた拳銃は空中でひしゃげた。
「いい勘しているね、流石は同胞」
「一緒にするな」
汗がクレインの頬を伝う。拳銃を射っていれば腕が持って行かれていたかもしれない。
「けど君は能力使わないの?殺しちゃうよ」
「……」
使うことは出来る。しかしクレインにはその勇気がなかった。使えば殺してしまいかねない、2000度の炎で、人が重症を負わないはずがないのだ。相手が殺人犯と分かっていても、自分が同じ『生き物』になることが恐ろしいのだ。だがこのままでは死んでしまう、恐る恐る腕をイービルに向ける。心臓の鼓動がどんどん大きくなる、イービルは余裕からか、動きを見せない。指先に力を篭めれば、すぐにでも炎はイービルを襲う。葛藤の末、ついにクレインは炎を放った。指の先から白い炎が、イービル目掛けて飛んだ。
「……え?」
「酷い、能力を使い慣れてなさすぎ。そんだけあからさまじゃ、防御も簡単だよ」
イービルが指を鳴らした瞬間、イービルの目の前で炎が消えた、追ってクレインも理解する、炎がイービルの重力に押し負けたのだ。
「ちょっと顔の前が熱かったけど、来る場所も分かればどうとでもなるよ、がっかりだ」
「……く、くそっ!」
再び放とうとしたが、パチンと鳴ると急に足が“抜け”、転んでしまった。足元に穴が開いている。イービルが今削ったのだ。
「ぐっ……」
「遅すぎ、やっぱり君は『適正』がないね、力を使うのにそれだけ躊躇っているんじゃ」
「適正とは、なんのことだ」
「君たちがイービルと呼ぶ者たち、それは新しい人類の形だよ。君にはその資格がない、本当腹が立つよね、ヒーローってさ、どうして無能力者を守るんだか」
イービルの精神性、異常性を改めて確認したクレインだが、動けない。立ち上がりこそしたが、最早出来ることがない、戦闘経験に差がありすぎる。この相手では近づくこともままならない。
「どうする?俺は君にもう興味が無いよ、向かってくるなら殺すけど、そうじゃないなら『仕事』に戻るから」
振り向いて去っていく、テントの一つに歩いて行く。声を出してホームレスたちに非難を呼びかけるべきか。だがそうした場合、イービルがどのような行動に出るか想像がつかない。だんだんと遠ざかるイービルに、クレインは震える手を向けた。
「……くそっ、くそっ!」
目を細め、指先に力を篭めた、クレインの心に、滾る感情がある。それが促すままに、再び白い炎がイービルの背に向かって飛んだ。
「ふふ、最低だね、正義の味方のくせに、後ろから撃つんだ」
「あ、ああ……」
イービルは分かっていたのだ、クレインが後ろから火を放つことを。そして防がれた、クレインの心が挫けた、自分が、イービルに傾くのを感じた、非道な手段を厭わない存在に。
夜が明け、後ろから日が差し始める中、イービルがゆっくりと近づいて来る。
「じゃあ、約束通り殺すね、大丈夫、こっちも急いでるから、さくっと心臓を潰すよ」
「……」
「それじゃあね、『お仲間さん』」
「それが『イービル』?あり得ねえだろ」
クレインの後ろから声がした、しかしそれはオブレイナでもなければデットのものでもなかった。
「……誰?」
「知らなくても良い、すぐに分かるんだからな」
イービルの声を斬って捨てた、振り返るとそこにいたのは、漆黒に身を包む『断罪人』の姿だった。
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