第2話 もうひとつの荷物
待たせてあった荷車に単音便を積もうとしたが、大きな荷物で既にいっぱい。小さな袋なので積もうと思えばどこにでも詰めるが、どこに置いたかわからなくなってしまいそうだった。
「単音便はお前のバッグに入れておけ。絶対に割るなよ」
「き、気をつけます」
単音便に入れた音は、一般の人でも簡単に聴けるよう強度が脆くなっている。不意に割ってしまう事故が起きないとは言い切れない。とはいえ、少し当たったくらいではもちろん割れない。クルミをクルミ割り器で割るくらいの強度だと思って貰えればいい。
荷車を引くのはロークの
「かっこ悪ぃ」
「文句言っちゃダメですよー」
「うっせぇ。愛車にこんな荷車つけられてみろ。文句言わねぇ方がどうかしてる」
元々寝癖を直すことすら面倒くさがるほど、見た目にあまり……いや、全くとって言いほど気を遣わないジルは、その感覚がイマイチ理解できない。だから毎度この手の話題になると、聞き流しておくことに決めている。どうがんばって返事をしても口喧嘩みたいになってしまうからだ。
「えーっと、まずは市内の配達ですね。トーン港の配達はどうします? あっち方面に行く便は……」
「俺たちの当番だろ」
「あれ、そうでしたっけ?」
目をパチクリさせるジルに、ロークが呆れ顔を見せる。
「そうでしたっけじゃない。スケジュール表くらい見て覚えておけ。これも新人の仕事だろ。上司にスケジュールのお伺いを立ててどうするんだ、ドアホ」
「ぜ、善処します……」
スケジュール管理や整理整頓はジルの最も苦手なところ。反対に、ロークの得意分野でもあるから、具合が悪い。
「黒いな」
「はい?」
「黒煙が上がってるっつってんだよ。やる気ねぇ返事は俺には通用しない」
「あはは」
厄介な能力だなぁ……。
ジルは心の中でひとりごちた。
ロークは音を「煙」で見る能力者。白煙は真実の言葉、黒煙は偽りの言葉。彼の前では何人たりとも偽ることはできない。この能力も非常に珍しく、SSランク。その特性上、裁判課に就くことが多いが、彼は自身の希望で郵政課に配属されている。とは言っても、有事の時に対応する特別部隊、特命課も兼任してはいるが。
「乗れ、行くぞ」
「はい!」
音動二輪車は唸りを上げ、灰色の煙を吐き出し走り出す。煙は、ロークが見る音。
「いつも思うんですけど、煙……灰色なんですね」
「世の中には、白黒ハッキリしてることの方がすくねぇんだろうよ」
「……はぁ」
ジルはその意味をぼんやり考えながら、目の前の背中にしがみつき目を閉じた。
「随分遠くまで来ましたねぇ」
「お喋りしてねぇで、とっとと配達しねぇと日が暮れるぞ」
「それは勘弁です」
音魅郵政課は音便だけを届けている訳ではない。もちろん音便が主な仕事になるが、それ以外の荷物も多く取り扱っている。
「音便以外は、民間の方が運営している配達業者さんにお任せしちゃえばいいと思うんですけど」
「その考えが傲慢だっつって、民間の方々の反感を買ってるんだろうが」
「そう言われても……適材適所でいいじゃないですかー」
「まあ、俺もそう思わないこともないが……」
「ほらー」
鬼の首を取ったようにドヤ顔するジルに、一瞬だけ言葉に詰まる。
「つっても……んなの俺たちぺーぺーが決めることじゃねぇだろ。上が配達しろっつーんだから、配達すりゃいいんだよ」
「でも、音便だけになったら多分荷車は引かなくてよくなりますよ」
「……お前、嫌なこと言うな」
「えー?」
恨めしそうな視線を向けるロークをからかうように笑ったその時だった。
「もう無理! おしっこー!!!」
「は?」
突然聞こえた声に、じっとジルの顔を見るローク。慌てて、首をぶんぶん横に振りながら、「ぼくじゃないですよ!」と訴える。
「お前じゃないとしたら……」
ふたりは顔を見合わせて、そ〜っと荷車の後ろをのぞき込んだ。そこには、草むらに立つ少年らしき後ろ姿。丸いおしりが見えている……。
そのままじっと見続けていると、「スッキリした〜」という声と共にくるっと振り返った少年と目が合った。
「カ、カンタくん!?」
「げ……!」
とっさに逃げようとしたカンタの首根っこを掴み、子猫のように持ち上げギロっと睨み付ける。
「どうしてガキがこんなところにいるんだ?」
(ロークさん、完全に怖い悪い人にしか見えない……)
どんな事情にしろ、ちょっとだけカンタを気の毒に思う。
「父ちゃんに音便……届けに行くんだろ!?」
苦しそうなのは、首根っこ掴まれているせいで若干息がしづらいからだろう。だが、そんなことはお構いなしに、ロークは答える。
「依頼されたからな」
「ちゃ、ちゃんと届けるか見張りに来たんだよ。なんたってオレは依頼主様だからな!」
「ああ?」
ずいっと顔を寄せ、さらに至近距離から凄まれたカンタは、ひぃ……と声にならない声をあげた。
(ロークさんは睨むだけで虫くらいなら殺せるんじゃ……とか思っている場合じゃない)
「カンタくんは依頼主の息子だね。依頼主はリンナさんだから」
そうフォローを入れる。だが、すぐさま空気の読めない、いや……まだまだ子供で何もわかっていないカンタによって一蹴されてしまう。
「うっせぇ、息子なんだから依頼主も同然だろ」
「ああ?」
額同士がくっつきそうな距離で凄まれ、ちびりそうな顔で股間を押さえるカンタ。ちょっと可哀想に見える。
「ロークさん、子供相手に大人気ないですよ」
「うっせぇ。ガキのお守りは、お前ひとりで十分なんだよ」
そう言い捨てると乱暴にカンタを下ろし、ロークはスタスタとどこかへ歩き出した。
「ロークさん、どこへ?」
「便所だ! そこで待ってろ」
乱暴な声色とは裏腹に、暖かみのある藍色の宝石、ラピスラズリがコロンと転がる。心配で仕方ない……そんな色。
「素直じゃないなぁ」
残されたジルは、改めてカンタの話を聞くことにした。
長い長い言い訳を経て、カンタはようやく本音を話し出す。所詮は子供の言い分。ロークの能力がなくても、宝石の色を見ずとも、本音か建前かくらい判断はつく。
要するに、カンタの言い分はこうだ。
「音便を父ちゃんに届けるなら、ふたりについて行けば父ちゃんに会えるってことだろ!? オレって頭いい!」
「……あのねぇ。僕たちは音便を届ける依頼は受けてるけど、君の配達までは受けてないんだよ」
「一緒じゃん! 行くのに変わりないだろ」
「全然違うわ、ボケ!」
「いってぇ!!」
カンタの頭上にゲンコツが落ちた。
どこから聞いていたのか。いや、見ていたのか。
音魅同士とはいえ、自分以外の能力について詳しいことはわからない。ロークの煙がどう見えるかなんて、ジルには想像するしかできない。だがきっと黒い煙が上がり、白い煙に変わるところまでしっかり見ていたのだろう。そうでなければ、出てくるタイミングがあまりにも良すぎる。
ロークは荷台から音動二輪車を切り離し、跨がりながら言う。
「ガキの守をしながら行けるような楽な道のりじゃねぇんだよ。送ってってやるから、乗れ」
「イヤだ!」
「母親が心配してるだろうが!」
「してない!」
「ああ?」
あまりの即答っぷりを訝しみながら、ロークは怪訝そうな目付きでカンタを睨み付ける。
「どういう意味だよ?」
カンタは一瞬たじろいだが、力を込めて言葉を返した。
「母ちゃんは、弟が大事なんだ……。オレのことなんてどうでもいいんだよ!」
「んな訳あるか、ボケぇ!」
「あんたに何がわかるんだよ! 母ちゃんに何か言っても聞いてくれねぇ、弟、弟、弟!! オレなんていらねぇんだよ!」
あまりの勢いに、ふたりは何も言い返せなかった。
それは言葉だけのせいじゃない。音魅は、音に乗る感情が目に見えてしまう。特にジルはほんの些細な感情の変化まで見てしまうから、気づかない振りなんてできなかった。
カンタの声が意地を張っていた濃いオレンジ色のマンダリンガーネットから、透き通った琥珀に変わる。深い悲しみを帯びた、寂しさの色。今にも泣き出しそうな……。ロークの目にはどう映っているんだろう……。
「なぁ、オレも連れてってくれよ。絶対に弱音なんかはかねぇから。どこまでも歩くし、言うことだって聞く。なぁ、いいだろ。父ちゃんに会いたいんだよ」
ジルはロークを見た。
このチームのリーダーであり、上官はローク。ジルに決定権はない。ロークは黙ってカンタを見ていた。同じくカンタもじっとロークを見返す。
先に折れたのはロークの方だった。
「…………わかった」
この言葉にカンタの顔が一気に緩む。
「本当か!? 本当だな!? 男に二言はねぇからな? やった〜!」
「いいんですか?」
「いいも悪いも、こっから引き返す方が大変だろ」
「まあ、そうですけど……」
さっきまではそうする気だったくせに……。喉まで出かかって、飲み込んだ言葉をしっかり腹にしまいこむ。しまいこんだけれど、ふいに「ふふ」と笑いが漏れた。
「何だよ」
「いやぁ、やっぱりロークさんは優しいなぁと思って」
「ああ? しばかれたいのか?」
転がる音を見たジルは、やっぱり素直じゃないなぁとくすりと笑った。
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