後輩との交渉

「……詰んだ」

がくりと項垂れていると、次にミキが部室にやってきた。彼女は頭を抱えるヤエを見て怪訝な様子。そんな後輩の姿を見た瞬間、アイの怒りから逃れる方法がヤエの脳裏に走った。これしかない。その確信を持って後輩に言う。

「ミキ。あんたさ、たしかお菓子作りが得意だったよね?」

「え?」

「今からこの容器を使ってプリンを作ってきてよ」

 昼休みまで約二時間。ならば、その間に新しくプリンを作ることも出来るだろう。

「え~と、私の手作りプリンを限定プリンということにして誤魔化すってことですか?」

「そう!」

 おおよその事情を理解したミキは、しかし納得できかねると首を傾げる。

「それって素直にアイさんに謝った方が良くないですか?」

「今は正論なんて要らないのよ!」

「えええ~」

「今は非情な現実よりも優しい嘘よ」

「誤魔化すのが優しい嘘? 使う言葉、間違ってません?」

「アイの立場になって考えてみなさい。楽しみにしていたプリンが消えているよりも、味が落ちてもそこにプリンがあった方がいいでしょ」

「味が落ちるって……。さらりと私のことディスりましたね」

「嘘も方便。それが今よ」

「私に対する優しい嘘はないんですか? でも仮に私がプリンを新しく作っても、どうせ味でバレると思いますよ」

「大丈夫。それっぽい容器に入ってるだけで、それっぽく感じるものだから」

「焦りのせいで判断がつかなくなってるのかもしれませんけど、今度はアイさんをディスってますよ」

「っで、どうなの」

「うーん、そうですねえ」

 後輩のもの言いたげな目。言いたいことはわかる。我ながら無茶苦茶なことを言っていると思っている。しかしそこに可能性があるのであれば、そこにすがってしまうのが人間のさが。だって怒られたくない。

 しかしミキは渋る。やはりバレたときの心配をしているからだろう。

「どうしても駄目って言うの?」

「だってバレたらアイさんに怒られますもん」

「……あんた、私に借りがあるでしょ?」

「ここでその話を持ってきます?」

「それだけなりふり構ってられないってことよ」

「だったら食べなきゃ良かったのに……。ヤエさんが言ってる借りって、あの事ですよね? 私の彼氏とのことですよね?」

「そう」

 女子大生は男性との出会いの機会が少ない。そのため、ヤエはミキに頼まれて男性を紹介してあげたことがあった。そしてミキの彼氏とは、そのときの紹介した男性なのだ。

「あのとき、あんたは一生のお願いだから紹介してくださいとか言ってたよね? もしも恩に感じてるなら、私の頼みを聞くべきなんじゃない?」

「確かにそのとおりなんですけど~……。私、もう別れちゃったんですよね」

「だれと?」

「そのときの彼氏と。だから、もう貸し借りとか無くなってません?」

「ません」

「ですよねー。じゃあ、これで貸し借りは無しってことでいいですね?」

「うん」

「ねえ、ちょっといい」

 そんなところでカナが割って入ってきた。

「あのさ、思いついちゃったんだけど」

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