嘘つきとホラ吹きの口裏合わせ

田辺屋敷

とある女子大での出来事

 ヤエは女子大に通う二年生である。多趣味で、昔から男女問わずに仲良くなれる社交的な性格をしており、今でも多くの友人と連絡を取り合っている。

 そんなヤエの現在の楽しみは、所属するサークル仲間と駄弁ること。サークル名は『旅行愛好会』と言い、クールな先輩のカナ、活動的な同輩のアイ、お調子者の後輩のミキを加えた四人で構成されている。

 その日もヤエはサークルの部室へと向かっていた。講義は昼からだったが、家に居ても暇だったため部室で時間を潰すことにしたのだ。朝食のサンドイッチをコンビニで購入し、部室へ。きっと誰かが居るだろう。そう期待していたのだが、行ってみると誰も居なかった。ヤエは残念に思いながらも仕方がないと気持ちを切り替え、朝食を摂りながら誰かが来るのを待つことに。

 事が起きたのは、食後のこと。

 部室には小型の冷蔵庫が備えてある。それを部員達は自由に使っていた。

 ヤエはサンドイッチと一緒に飲み物を買っていなかった。冷蔵庫に飲み物があることを知っていたからだ。しかしそこに見慣れないプリンがひとつ。手に取る。ガラス容器を使った高級感のある逸品。率直に、美味しそうだと思った。

「これ、誰のだろう?」

 部員の誰かの物だろう。

 普通に考えるならば、やはり一番の候補はアイだ。

 彼女はスイーツが好きで、食後のデザートを欠かさない。

 おそらくこのプリンも大学近くのケーキ屋で買ってきた物なのだろう。

「……そっか、ケーキ屋のやつか」

 考えること一〇秒程、気付けば蓋を開き、スプーンを差し込んでいた。

 なぜ他人の物を食べてしまったのか。正直、魔が差したとしか言い様がない。

 どうせケーキ屋のプリンだ。謝って、次の機会にでも買ってきてあげよう。

 その程度にしか考えていなかった。

 しかしそんな甘いことを考えるヤエを、部室へとやってきた先輩のカナが現実に引き戻す。

「いや、駄目でしょ」

「ですよねー」

 勝手に他人の物を食べること自体が駄目なのは当然だが、それ以上にアイに対してスイーツ関連の冗談は通用しない。怒られる様子が今から想像できてしまう。

 つくづく愚行を犯してしまったと反省させられる。

 しかし思い詰めていても仕方がない。なんとか対策を練らないと。そのためにも、ひとまずタイムリミットを探る必要があるだろう。

 と言うことで、いつ頃に部室へ来るのかとアイに確認のメッセージを送っておく。

「まあ、おそらく昼頃に来ると思うんですけどね。つまり、今から買ってくれば誤魔化せるってことですよね」

「だったらいいけどね」

「なんか、他人事な言い方ですね」

「他人事だからね」

「この先輩、私に興味なしか!」

「ないね」

「断言しないでください!」

 この先輩、後輩の窮地でもクールさは変わらないらしい。きっと一緒に解決策を考えてほしいと頼んでも断ってくるだろう。それは今までの経験でわかる。

 ――先輩、相談とかしたいんで連絡先を教えてくださいよ――

 ――家電いえでんでいいよね?――

 ――先輩の好きなタイプってどんな感じですか?――

 ――こおりタイプ――

 ――先輩の黒髪って綺麗ですね――

 ――トリートメントがいいんだろうね――

 こんな感じで後輩が親密になろうと話し掛けているのに、さらりといなしてくるのだ。まったく以て冷たい人である。

「ね、先輩!」

「いや、思うのは勝手だけど、それを本人に言うのはどうなんだろうね」

「言われたくなかったら一緒に悩んでください!」

「じゃあ勝手に言ってていいよ。私、気にしないし」

「気にしてください!」

「……いつもに増して面倒くさいな」

 しかしヤエが引かないと悟ったカナは、仕方なく相談に乗ることにした。

「そうだね。まず大前提として、今から同じプリンを買ってきて誤魔化すという案は無理だと思うよ」

「なんでですか?」

「私も甘い物が好きだから大学近くのケーキ屋とかに行くけど、このプリンは見たことないもん。と言うより、この容器に書かれた店名を見たことがない」

「つまり大学近くのケーキ屋のプリンではないと?」

「それ以前に、この辺の店じゃないってこと」

「つまり買ってこられないってことで、誤魔化すことが出来ないってことですか?」

「だね」

「……」

 想定外の事態にたらりと冷や汗が頬を伝った。

「でも、もしかしたらカナさんが知らないだけで、普通にそこら辺で売ってるプリンかもしれないじゃないですか」

「確かにね」

「ですよね。カナさんがまったく見当違いのことを言っている可能性もありますよね」

「まあね」

「そうですよ。カナさんが訳のわからないことを言い出すから混乱するんです。いい加減にしてください」

「うん。焦ってるのはわかるけど、現実を見ようか」

「そんなこと言ったって、現実逃避以外に出来ることなんてないんですよ!」

「なんであんたが怒ってるのよ。じゃあ調べてみる?」

「なにをですか!」

「だから、そのプリンの店」

「ああ、なるほど」

 すぐにスマホで検索を掛けてみる。すると見つかった。場所は隣県で、どうやら密かに人気を博している個人経営店の限定プリンとのこと。

 現在時刻午前一〇時半。とても昼までに買ってこられる物ではない。

「……詰んだ」

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