6話目 心が叫びたがってるん(笑)
「勇者さん、そんなにキレてばっかりいると魔王に殺される前に血圧上がって死にますよ?」
誰のせいだと思ってるんだと心の中でつぶやきながら、雄太にはもう突っ込む気力もなかった。
いつまでも遊んでいる訳にはいかない訳で、さっさと歩いて三人は下山に励む。
そんな中、いまだにスカウカードを眺めていたピリカが口を開いた。
「ねえギル、ここの下のところに『新しい魔法を習得することができます!』って書いてあるけど、これなに?」
「ああ、それはですね」とピリカの持つスカウカードにギルは人差し指をあて「まずここの画面を左に指でスイッてやって、切り替わった画面の『魔法』って書いてあるところを指でタップするんです。そうするとピリカが今覚えている魔法の一覧がでるんですけど……ほら、覚えいてるファイアのすぐ下に薄い字で書いてあるのが新しく覚えられる魔法です」
「この魔法を覚えらるの? すごいっ!」とかピリカは目を輝かせるが、その操作はもはや異世界には似つかわしくないアレの操作方法そのものだった。
「なんかその動かし方ヤダ。どう見てもスマホの動かし方じゃん、時代考証的におかしくない?」
「なんですかそのスマホって? あまり変なこと言ってると頭のおかしい人だと思われますよ? いや、実際おかしいんでしたっけ?」
げんなりとそのアイテムに抗議する雄太に、ギルは辛らつな言葉で切り捨てる。
「ああ、でもスマホじゃないですけど、一部の人からはスカウカードを縮めてスカホなんて呼ばれてますね」
「ホはどこから出てきたんだよ」
「……で、今三つの魔法が薄くなっていますが、覚えられるのはこの中の一つの魔法だけです」
もはや雄太の存在は無視されたようにギルの説明は続く。
「え、一つだけなの?」
「残念ながら一つだけです。他の魔法を覚えるには、またレベルを上げるしかありません」
「そうなんだー。うーん、どれにしようかなー……うおーたーと、ういんどと、ぐろーす?」
ピリカがカードの上で右に左にと指を動かし迷っているようだが、ピリカの頭の上には、はてなが飛んでいた。
「『ウォーター』は水を発生させて敵を攻撃する魔法です。『ウインド』も風を起こす攻撃魔法。『グロース』は補助系の魔法ですね。身体レベルを一時的に上昇させ、ステータスを強化します」
「すごーい、ギルってもの知りー」
「そんなことありませんよ。僧侶なのもあって基本的な魔法の知識は覚えているだけです」
──なぜこいつは俺に対してはあんな態度なのに、他の人間に対してはこんなにも優しいのだろう……とういか誰だよアレ。
謙虚に微笑むギルに対し、雄太の心の中に殺意めいたものが生まれだす。
「それでどれにするんですか? 今の勇者さんとピリカは攻撃手段が少ないので、ウォーターかウインドがいいと思うんですが……」
雄太も頭の中で考えてみた。どの魔法をピリカが覚えるのが最善であるか。雄太も基本的にはギルの意見に同意だった、やはり序盤は補助よりも属性を補える魔法を覚えるのが先決だろう。そこで、水か風の二択になるわけだが、ピリカの既存の魔法ファイアの威力を考えると、ウォーターならコップ一杯程度の水の発生。ウインドならばうちわであおいだ程度の風が起こる程度だろうとしか想像できなかった。それを踏まえた上で、水かそよ風を図りに掛けたところ、
「やっぱりウォーターの方がいいんじゃないか? 喉乾いた時とか便利そうだし」
「もうヤだなあ勇者様。攻撃魔法だよ? すごい勢いで水が出るから飲めないってきっと」
自分で言っておいて「へへへ」と何故か照れたような笑いを浮かべるピリカだったが、ファイアだって焚火をする際のたき付け程度にしか役に立っていないんだから、ウォーターだってたかが知れているだろう。今度からは鍋の水を川まで汲みに行く必要がなくなるなと雄太はひそかに喜んでいた。
「で、どうするんだ?」
「うーん……もうちょっとだけ考えてみる」
結局、すぐには決められないようだった。まあ、次の野宿の時までに決めてくれれば良かったので特に雄太も何も言わずに、ピリカに任せることにした。
ギルとピリカはまだスカウカードの使い方について、ワキャワキャとやっている。
雄太は二人に見つからないようにため息をついた。自分の手の中にあるスカウカードをしげしげと見つめる。
──レベル1の職業は異世界ヒキニートか……ステータスも一桁ばかりでピリカと大差ないし、使える魔法も特技もなし。召喚特典とかホントに何にもないのな……俺って何のために召喚されてきたんだろう。
泣きそうになりながら不遇を呪う。と、そういえばあいつはどうなんだ? とふとした疑問が生まれる。
──素性もほとんど分からないけど、あいつかなり強いよな。
とほんの出来心でスカウカードを自分の目に掲げ、前でワチャワチャやっているギルを透かして見る。
と、ギルがものすごい勢いで避けた。残像を残し、雄太の視界から消える。
「なに!?」っと驚く雄太の後方から声がかかる。
「おっとお、勇者さん危ないなー……何ですか? 覗きですか? 変態ですか? 犯罪者なんですか? バカなんですか? クズなんですか? 死ぬんですか?」
振り返ると、流れるように罵倒を吐き出すギルがそこに立っていた。いつもの笑顔だったが、声のトーンからとてもご立腹な様子がうかがえた。
「え、いや、なんだよ。ただお前のステータスがどんなものか見てみようと思っただけじゃんか。そんな言い方しなくても……」
「勇者さん、いいですか? ステータスとは本来、人に見せるものではありませんし、勝手に他人のステータスを見ることもご法度です! プライバシーの侵害ですよ!」
ビシッと指を突き出して語気を強めるギルに雄太はたじろいだ。
「ステータスとはすなわちその人自身を数値で表したもの。見ることでその人の強みはもちろん、弱点も分かってしまいます。他人にステータスを見られるといことは、自分の全て、裸を見られるのと同じことなんです!」
「そ、そんなつもりじゃ……」
裸という言葉が出たあたりで後方から「エッ!」という悲鳴みたいな声が聞こえた気がしたが、ギルに責められる雄太はそれどころではない。
「分かりましたか、このクソ童貞変態ムッツリ野郎が!」
「す……すみませんでした」
雄太はギルの勢いに押され、恥辱に耐えて頭を下げた。知らなかったとはいえ、悪いのは勝手にギルのステータスを見ようとした雄太なので仕方なし。
「まあ、今回だけは許してあげましょう」とどうも釈然としない許しを得た雄太が次に見たものは、後方で一人ワナワナと震えるピリカだった。
「……は……れた……はだ……みられ……」
ピリカはうつむき、何事かをボソボソとつぶやいている。
「か……た……見ら……かを…………」
腹でも痛いのかと、雄太か「大丈夫か?」とピリカの肩に手を置いたとたん、
「勇者様に裸見られたあああああ!! 勇者様のエッチィィィィィ!!」
バチーン! と頬を思いっきりひっぱたかれた。ピリカは逆上したように叫び、「勇者様に犯された!」と誤解を招くようなことまで口走った。
「おい、ちょっと落ち着け! ほんとに裸を見たわけじゃないだろ!」
暴れるピリカを雄太が必死に押さえつけようとするが、ピリカは声にもならない悲鳴を上げ、雄太の手を振りほどいた。
「勇者様の変態! ドスケベ! 野獣! 類人猿!」
言うだけ言うと、ピリカは悲劇のヒロインのように涙をこぼしながら走りだした。その間、ギルは安全圏でウフフフフと微笑んでいるだけだった。
「類人猿は、悪口じゃねえ! ってかなんで俺だけー?!」
やはり釈然としないと心の中で思いながらも、雄太はピリカの後を追って駆けだした。
ど田舎の山育ちの子供の体力はえげつない。
走るピリカを追い、やっとこさっとこピリカに追いついた時には、雄太は体力の限界で息も絶え絶えで顔が土色になっていた。
何とか落ち着きを取り戻したピリカの隣に座り込みぜえぜえやってると、すぐにギルが追い付いてきた。
「いやあ、お二人ともモンスターとも鉢合わせず無事でよかった」
急いだ様子もなく、何食わぬ顔でやってくる。こいつのタフさも大概だな、この世界ではこれが普通なのだろうかと雄太は自分が情けなくなる。
「しかし、想定外でしたが予想より早く山を出られて良かったですね」
言われて辺りを見回すと、確かにそこは山の入り口だった。傾斜がいつの間にかなくなり、木々が開けて前方には明るい平地が広がっている。ピリカを追いかけているうちに、いつの間にか山を下りきっていたらしい。
目を凝らすと、遠くに城壁のようなものが見えた。
「この距離なら、なんとか夜になる前には街に着けそうですね」
陽は傾き始めてはいるが、まだまだ暗くなる時間ではない。その言葉を聞いて、雄太は立ち上がった。俄然元気が湧いてくる。
「まじか! 今日は野宿しなくて済むのか!?」
「あたしお風呂入って、ベッドでゆっくり寝たい!」
ピリカもいつの間にか調子を取り戻したようで、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「さあ、それじゃ日が暮れる前に急ぎましょう」
歩き出すギルについて山を抜ける。どこまでも続く草原を進んでいく。
「あれ? そういえば、ピリカの村のババが街までは山を下りてから五日くらいかかるって言ってなかったっけ?」
ふと思いだした疑問を雄太が口にする。
「あー……それはほら、おばあちゃんもう歳だしボケちゃってるからー」
ピリカが不自然なくらいの満面の笑顔で言った。
「え、でもいくらボケてるとは言え、二時間三時間歩けば付くものを五日かかると間違えるかな?」
雄太が食い下がるも、ピリカはニコニコと笑みを浮かべるだけだった。
「…………」
「勇者さん、いいですか?」
沈黙を嫌うように、ギルが口を開く。
「この世にはあまり深く考えてはいけない、深入りしてはいけない事があるんですよ」
ギルが諭すように言う。
「深入りしてはいけないこと?」
「簡単に言うと、この話は『まあ、適当に異世界ものにしておけばとりあえずはPV数増えるだろう』とか、安直なことしか考えずに見切り発車で書き始めた作品だから、細かい設定とかがズルズルで穴だらけなんですよ。だから、このことについてはあまり深く考えてはいけないのです」
ねっ! と、ギルもまた満面の笑み浮かべるだけで、それ以上はなにも語らなかった。
そして、雄太もそれ以上を詮索することはやめたのだった。
「…………」
…………
次は街に入る!
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