5話目 ドッカン ドッカン ツイてる
さて、また話を現在に戻す。
ギルの仕打ちに対し腹に一物を抱えていた雄太だったが、何を言っても無駄であることは分かり切っていたので、とりあえずその一物を腹の中に収めたままにすることにした。ギルとは出会ってまだ数日だが、分かったことが一つだけある。理由は定かではないが、ギルは雄太をバカにしている。そして、雄太をいじり倒すことを生きがいのようにしていることだ。……一つではなく二つだった。
見た目に関して言えば、雄太に対してギルは長身で顔も整っている。パッと見優男風で落ち着いた雰囲気を感じるので、老若問わず女性からは受けが良いことだろう、憎々しいことに。だが世の女性たちよ、その見た目に騙されてはいけない。雄太の言葉を借りれば、ギルは偏執的かつ変質で、陰湿で異常な性癖を持つ変態だ。事あるごとに雄太を大っぴらにならない低度に罵り、いじり、上げ足を取り、陥れる。出会ってここ数日で、雄太はギルの笑顔が歪んだ嘲笑にしか見えなくなっていた。これはいわゆる人間不信である。
異世界に来てまで陰湿ないじめによる人間不信ってなんだそりゃという感じだが、現状住所不定無職と大差なく、戦う術も持ち合わせない雄太にとって、ギルは命の綱だった。今ギルと別れること、それはすなわち野垂れ死にを意味する。嫌なのに離れられないこのジレンマ。そして百回に一回ほど見せるギルの雀の涙ほどの優しさに、雄太の気持ちは少女漫画の主人公のようにそこはかとなく揺れ動いて、それはスライムのプルプルのごとくパッションに満ちていた。
で、ボッコボコにゴブリンに殴られた雄太は頭がまだズギズギと痛むようで、触ってみるといくつもコブが出来ていた。
「とりあえず回復魔法たのむ」
ギルはプリーストだ。回復魔法は専売特許、昨日ころんで膝を擦りむいたピリカが傷を治してもらって、「うわぁ、魔法みたい!」とかバカな発言をして喜んでいたのを見ていた。
不本意ながらも囮としてモンスター退治に一役を買った雄太は当然の権利と回復を要求したが、しかしギルはひどく不満そうな表情を顔に貼り付けていた。それはもう明らかに不満すぎて、目が死んでるくらい不満感溢れる表情だった。
「ええ……嫌ですよ」
「なんでだよ!? 気絶するほど殴られたんだよ、俺。回復ぐらいしてくれよ」
「だって勇者さん、何もやってないじゃないですか……」
「何にもしてなくないよ! 俺が囮になってる隙にモンスター倒したんでしょ?! 半分は俺の功績のようなもんじゃん、回復してもらってしかるべきでしょ」
抗議する雄太に、ギルがあからさまにうっとおしそうな顔をする。
「いや、だって……あのくらいのモンスターなら勇者さんが囮にならなくてもボク一人で倒せましたし……」
「じゃあなんで俺を囮にしたんだあああ!!」
しれっと言い放つギルに雄太が吼えた。
「え、何? 俺殴られ損だったのあれ? 意味わかんないんだけど、囮必要ないなら最初からちゃんと戦えよ!」
鼻息を荒げる雄太。ギルは迷惑そうに指で耳を塞いでいる。
「もう、勇者さんいつまでもそんな過ぎたことばかりしつこく言ってるからモテないんですよ、だからドーテー引き篭もり野郎って裏で女子にあだ名付けられるんですよ。それに勇者なんだからモンスターに殴られたくらい平気ですって。異世界からやってきたんですし、なんか召喚特典とかで異様に打たれ強くなってたり、自己修復能力がずば抜けてたりするんですって、きっと。勇者は、伝説に残るヒーローなんですから、もっと心を広く持たないと。ね、勇者様(嘲笑)」
何かいろいろと引っかかることを言われた気がするが、これ以上むちゃな突っ込みを続けると疲労困ぱいで倒れてしまいそうだった。もはや殴られたせいからなのか良く分からない頭痛に頭を抑えていると。
「勇者様、聞いて聞いて」と今度はアホの幼女が嬉しそうに寄ってきた。もういろいろ億劫になって視線だけ向ける。
「なんとですねー」ともったいぶるように前置きをしてから、「なんと、ピリカさんは先ほどの戦いでレベルが上がりました」
ちみっちゃい胸を反り返るほど張って「えっへん」と言った。
ほう、俺を囮にモンスターを倒してお前はレベルが上がったのか。と悪態が口を突いて出そうになるが、何とか抑え、
「へー、それは良かったな」
嬉しそうなピリカをまじまじと見つめる。
「……で、どこが成長したんだ?」
「え? それは……」
ピリカも自身の姿をきょろきょろ見てみるが、どこと言って変わったとこらは見られない。
「ピリカ、お前本当にレベルアップしたのかあ?」
「したもん! ちゃんとモンスター倒したときに『ちゃらららっちゃっちゃっちゃ~ん♪』て頭の中で音が鳴ったし、ギルだってレベルアップしたって言ったもん」
疑惑の眼差しを向けられ、ピリカは慌てて弁明する。っていうか頭の中で音が鳴るって、どんな安易なレペルアップなんだよ……
雄太の疑いの目に、「嘘じゃないもん……」と言ってピリカが口ごもる。
「勇者さん、ピリカの言っていることは本当ですよ」
言ってしゃしゃり出てきたのはギルだった。
「これを使ってみてください。これでピリカがレベルアップしたってことが分かるはずです」
ギルは二枚の透明なカードのようなものを取り出した。一枚は赤色で、もう一枚は緑色。素材はガラスなのか、プラスチックなのか良く分からない。そのうち赤い方をピリカに手渡した。
「何だこれ?」
雄太の問いに、「まあ見ててください」とギルが答える。と、「はわわ」とピリカが声を上げた。
見ると、カードがピリカの手の中で光を放っていた。光は細い糸のように束ねられ、滑るように表面に文字を紡ぎだした。やがて文字だけがくっきりと光となって浮かび上がる。
そこには上から、名前、レベル、体力、魔力、力、素早さetc.とステータスが一覧となって表示されていた。
ピリカという名前の隣に書かれたレベルの欄には確かに『2』と書かれている。
「ほら、やっぱり『2』だよ! あたしのレベル『2』になってる!」
ステータスの数値自体は程一桁で、弱いのははたから見ても明らかだが、レベルが『2』と表示されているのは間違いない。しかも、カードの下の方の備考欄にはご丁寧に『レベルアップおめでとうございます! 新しい魔法を習得することができます!』と表示されていた。
「これは手に持つことで自分のステータスの詳細を知ることが出来るアイテム、スカウカードです!」
自信満々にこのアイテムを紹介するギル。雄太はスカウカードというネーミングに、そこはかとない嫌な予感がした。
「このアイテムの使い方はこれだけではありません! こうやって、目にかざして相手を透かして見ることで、相手のステータスが──」
「やめろーーー!」
雄太は思わずギルが目にかざしていた緑色のスカウカードを叩き落とした。
「危ないだろー! 何考えてるんだお前は! スカウカードってなんだよ、ネーミングというか形というかまんまじゃんか!」
荒ぶる雄太にギルは不満そうに地面に落ちたスカウカード拾う。
「なにするんです勇者さん、過剰に反応しすぎですよ。こんな認知度ゼロの弱小同人小説で少しくらい大御所のネタパクったところで誰も文句言いませんって」
「いやいやいやいや、そういうことじゃないから」
「ところで勇者さん、ここのところ見てください」
興奮冷めやらぬ雄太を無視して、ギルがピリカの持つカードを指さす。そこは、職業と書かれた欄だった。
ピリカのカードには『ウィザード 熟練度1.見習い魔法使い』と表示されていた。
「職業がなんだよ?」
「いや、勇者さんの職業ってなんのかなーって思いまして」
「俺は普通に勇者じゃないの?」
勇者の言葉にギルがにやりと笑う。
「勇者さん、勘違いしているようですので言っておきますが、勇者というのは職業ではありません。勇者というのは魔王を倒すため選ばれた人物に対しての畏敬を込めた呼称であって、それそのものが職業ではないのですよ。良くあるのは、職業は王子で勇者とかですかね。大体、勇者という職だけでは生計立てられませんし」
「なんか、妙にリアルなこと言うな……分かったよ、俺にもそのカード貸して」
ギルが雄太にスカウカードを手渡すと、さっきと同じように光を放ち出した。そして、すぐに光は収まり、文字が浮かび上がる。
「…………」
──山田雄太 レベル1 職業 ヒキニート
「俺は引き篭もりでもニートでもねええええええええ!」
雄太は絶叫した。ピリカは雄太の大声に驚き、ギルは既に笑いを堪えている。
「俺は元々は高校生だし、ちゃんと学校にも通ってたし、職をなくしたのも全部この世界に召喚されたからじゃんか!」
このジャッジに相当不服だったのか、雄太はしばらく喚き続けた。
叫び疲れたのか、その勢いが多少収まってきたところで、笑いを堪えるのに必死だったギルが口を開いた。
「分かりましたよ、勇者さん。そんなにヒキニートが嫌なら、もう一度最初からステータス表示をやり直してみましょう。スカウカードも鬼じゃない、そこまで嫌ならきっと訂正してくれますよ」
一体誰が判断して決めてるんだよと、怒りも収まらないが雄太は言われるがままに、スカウカードを持ち直した。
再び光が放たれ、光がゆっくりと収束していく。
──山田雄太 レベル1 職業 異世界ヒキニート
「アハハハハハハハハハハハ!」
今度は耐えきれなかったギルが腹を抱えて転げまわる。
そして、沸々としていた雄太がとうとうスカウカードを放り投げた。
「どっせえええええええっい! なんも変わってへんやないかーい!」
雄太は何故かエセ関西弁で爆発した。
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