4話目 旅の僧侶と使えない魔法使い

「勇者様ー……ねえ、勇者様起きてってばー」





 さて、話が進まないので時間を現在に戻すが、ゴブリンにコテンパンにやられた雄太は、自分を呼ぶ声でやっと目を覚ました。





「いててて……」





 痛む頭をさすりながら身体を起こすと、少女が心配そうに顔を覗き込んできた。見習いウィザードのピリカだ。年齢は七歳で、少女というよりも、どちらかというと幼女と言った方がしっくりとくるような見た目。くせの強い肩下まで伸ばした金髪と、くりくりの目が特徴的だ。





「大丈夫?」





 と甲斐甲斐しくも雄太の身体を気遣うピリカの奥には、十字架の詩集の入った白基調の服を着た青年が立っていた。年のころは十七、八だろうか? すらりと背は高く、筋肉の引き締まった体をしていた。もう一人の仲間、プリーストのギルだ。ギルはなにやらニヤニヤと嬉しそうに起き上がろうとする雄太に視線を送っている。





「あのモンスターどもは?」





「モンスターたちならあたしたちが倒したよ!」





 ピリカが嬉しそうに戦利品であろう手のひらサイズの革袋を見せてくる。





「勇者様がモンスターを引き付けてる間に奇襲しようってギルが──」





「勇者さんナイス囮でしたよー! いや、ホントさすがだなー」





 食い気味に、妙に感心しきった口調でギルがピリカの話に割って入ってくる。





「まさか、自らを犠牲にしてモンスターたちを引き付けるなんて、さすが英雄と呼ばれる勇者ですね! それも、あんな低級モンスターにボコボコにされて……しかも、普通に登場すればいいのにわざわざ木の上から落っこちて、うわあああっ! とかって……とかって……」





 必至に笑いを堪えるが、涙目になって腹をひくつかせる。そんなギルの様子に雄太は辟易とした。





 およそ、ギルの発案で雄太を囮にしてモンスターを倒すという作戦だったのだろう。ピリカは妄信的に雄太を慕っているが、勇者さんは強いから大丈夫とか適当なことを言って丸め込んだに違いない。今にも笑い転げそうなギルに怒りを覚えるが、木から落ち、モンスターに一方的に襲われていたところを最終的には助けてもらった手前、ぐっと我慢し心を平静に保とうとする。





「……た、助けて~(笑)」





 嘲笑と共に小声でつぶやいた先の雄太の情けない声真似に、雄太は叫んだ。





「お前の血は何色だっ!」 














 ◆  ◆  ◆














 ギルと初めて会った時もこんな感じだった。というか、そもそも初めからギルは雄太に対してこんな態度だった。





 村から追い出されたあの日、ルンルンでスキップをかましているピリカを先頭に、半泣きになりながら街を目指していた時のことだった。





 突如木の陰から飛び出してきたのは、半透明のゼリー状の身体を持つ、いなせで人気なあいつだった。





「スライムがでたよ! 勇者様!」





 ピリカが杖を構えて戦闘態勢に入る。





 スライムが飛び出してきた瞬間、雄太は「どっへぇ!」と情けない悲鳴を上げたが、そのまあるいフォルムとどこを見ているのか分からないアホっぽい表情に、これならいけると直感した。しかもピリカは魔法使いで攻撃魔法も使いこなすと聞いていた。





 呼吸を落ち着け、ナイフを鞘から抜き放つ。銀色の刀身が陽の光を反射するのを見て、雄太は息をのんだ。





「勇者様、あたしが魔法で相手を弱らせるからその隙にとどめを」





 ピリカが耳打ちしてくる。真剣な眼差しでスライムを見据えるピリカに、案外こいつ頼りになるのかもしれないと、驚きと心強さを覚える。





「分かった、それで行こう」





「あたしが呪文を唱え終わったら、スライムに向かって走ってとどめを刺して」





 短く作戦を決める。その間、スライムは何故かこちらに攻撃を仕掛けることもなく、クルクルと回っていた。





「火の精霊よ、我が声に応えよ……求めるは全てを焼き尽くす炎、立ち塞がりし愚かなるものを灰塵と化す炎なり──」





 ピリカが目を閉じ詠唱を始める。言葉を紡ぐたび、ピリカの身体の周りに光の粒がキラキラと舞い始め、力の波動が渦のように巻きあがった。





「今ここに収束せよ──ファイア!」





 杖をスライムに向けてピリカが叫ぶ。それと同時に雄太は走り出した。ナイフを振りかざし、スライムへと向かう。





 ピリカの杖に収束した光が熱を帯び、炎と化す。





 ポンッ!





 そんな、トイレのすっぽんでも引き抜いた様な音を立てて飛び出したのは、マッチを擦って灯ったような、小指の爪ほどの炎だった。





 勢いよく飛び出したのはいいが、もちろんスライムになど届かないまま失速して消える。





 雄太は盛大にコケた。地面に擦りつけながら滑って止まる。





「勇者様、今です! 早くとどめを!」





「なんにだよ!?」





 素晴らしい反応速度で起き上がった雄太は、勝ち誇ったように言うピリカに食って掛かった。





「一体なんのとどめを刺せってんだよ、ぜんぜん炎届いてないじゃん! てか、さっきの無駄に派手な演出なんだよ!?」





 顔に「?」を浮かべるピリカに対し、雄太は更に畳みかける。





「お前、さっき自信満々にスライムを弱らせるって言ったのに、あんだけカッコイイ詠唱したのに、ポンッ! ってなんだよポンッ! って。タバコに火着けるんじゃないんだから、あんなのでダメージ与えられるわけないだろ!」





「だって……あたしまだ見習いだし」





 雄太に責められ、ピリカが不貞腐れたように頬を膨らませる。





「だってじゃない、だってじゃ。もしかして、他の魔法もあんなショボいんじゃないだろうな?」





「……あれしか使えない」





 ぼそっとつぶやいたピリカの言葉に、プリプリしていた雄太が固まる。





「は? 今なんて?」





「だから、あたし見習いだからさっきの魔法しか使えないの!」





「え、ええぇぇぇぇっ!」と思わず裏返った叫びをあげる。





「どうすんだよー! じゃあ、この先どうすればいいんだよ? モンスターがしこたま出るっていうのに、この山をどうやって下りるんだよお!」





 雄太が半泣きになってピリカの肩を揺り動かすが、なぜかピリカは嬉しそうにウフフフと微笑を浮かべる。





「だまされた。完全にだまされた……もはや詐欺だろコレ。こんなところで死ぬのか俺……こんなどことも知れない場所で、うらぶれて死ぬのしかないのか……こんな子供と二人でモンスターの巣窟に放り出されて俺は、俺は……」





「ねえ、勇者様」





「大体なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだ。生まれてこの方十六年、まじめに恋愛事なんかにもうつつを抜かすことなく生きてきたって言うのに……」





「ねえ、勇者様ってば」





「うるさいな、少し黙っててくれ……元を返せば悪いのはやっぱりあのババだ。俺を無責任に召喚した上にあっさり放り出しやがって。俺が一体何をしたって──」





「勇者様ってば!」





「何だよ今度は!? 俺は今いろいろと今後のことをだなあ──」





 何度も呼んでくるピリカにうなだれていた顔を上げると、ピリカは「あれ」と無造作に後ろを指さした。





 何か忘れていたような気がしてピリカの指さす方を振り替えると、そこには随分とご立腹のスライム様がいらっしゃった。





 先ほどまでの間抜け面、もとい仏の顔はどこへやら。目は怒りで吊り上がり、牙をむき出しにし、色もどことなく黒く変わっているような気がした。無視され続けたのが気に食わなかったのだろう。





 雄太はその時思った。スライムって牙あるんだ、と。














「ぎゃあああああっ! おた、おた、お助けええええっ!」





 声にもならない悲鳴を上げながら逃げまどう雄太に、怒り狂ったスライムは執拗に、しかし的確に雄太だけを攻撃し続けた。





「痛い、痛い、本当に痛い、死ぬ! スライムのくせに牙が刺さるしマジで痛い!」





 ピリカは当初、慌てたようにクソの役にも立たないファイアを連発していたが、魔力切れでも起こしたのか、「あっ」と困ったような声をあげてからは、ただ棒立ちで襲われる雄太を見ているだけだった。





「ぼーっと見てないで助けろー!」





「でもあたし魔法使いだから、物理でモンスターと戦うとか出来ないし……」





 ふるふるとブリッコのように身体を震わせて言うピリカに雄太はそんなこと言ってる場合じゃねえだろと言わんばかりの様子。頭にかじり付いて離れないスライムを掴みながら、





「いいから、早くた、す、け、ろー!」





 と、その時だった。





「助けてくださいって言うなら助けてあげてもいいですよ」





 どこからともなく声が聞こえてきた。





「誰だ?」





「いや、でもやっぱり、愚かで人間のクズで豚以下のボクをどうか助けてください。がいいですね」





 雄太が声に向かって問いかけるが、聞いちゃいない様子だった。





「だから誰だってば?!」





「いやいやいや、ここはせっかくだから、ボクは引き篭もりのニートです、本当に生まれてきてすみません。ボクは家畜にも劣る人間のクズですが、プリースト様どうかボクをお助けください、一生奴隷になりますから。って懇願するのはどうでしょう?」





 嬉々として声は言うが、もはや誰に聞いているのかも分からない。雄太はダメージの蓄積でもはや瀕死だった。もはや立っていることさえままならない。





「いいから助けてくれー!」





 限界になった雄太が叫んだ。「チッ」と舌打ちをするのが聞こえたかと思うと次の瞬間、上から鋭い刃のようなものが振り下ろされ雄太の頭に取り付いたスライムを真っ二つにした。刃の勢いは止まらず、そのまま頭まで真っ二つにされそうなったのを雄太は必死になってかわした。刃は雄太の目の前をかすめ、前髪を散らしながら地面に突き刺さった。鉄製の杖の先端が刃物になったような武器だった。





 死ぬかと思った──。雄太は鼻先を刃物がかすった恐怖で腰を抜かしていた。





「いやー危なかったですねー。でも、残念ながら無事生きてるようで良かった」





 あっけらかんとした異様に明るい声と共に、木の上から人が飛び降りた。





「いやー、残念、残念」





「死ぬかと思ったわ!!」





 ひょうひょうとした表情で動けない雄太を年若い男が見下ろす。それがギルだった。





 ギルは旅のプリーストで、本人曰く、たまたま山を通って街へ向かっていたところ、モンスターに襲われる雄太たちを見つけたそうだ。 





 実はモンスターに襲われる一部始終を見ていたらしいが、すぐに助けなかったのは、雄太がモンスターにボコボコにされるのがおもしろかったからだそうだ。雄太に言わせればまったく性格の悪い奴である。





 どうせ自分も街まで行くつもりなのでということで、ギルは雄太たちに同行することとなった。雄太はこの陰険きわまりない男をいけ好かなかったが、戦闘時の頼みの綱であったピリカの魔法の使えなさ加減を目の当たりにしてしまった今、二人で山を降りるというのは不可能だと身を持って理解していた。ギルの戦闘力が必要だった。逡巡する雄太をニヤニヤと嬉しそうに眺めるギルに、同行することを渋々了承するしかなかったのだった。


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