第5話 いっしょに

 グリンの巣を出て精霊馬(セイバ)に戻った、エナちゃんと僕とソニアさんおじいちゃん、それに……


 

 「これ、どうなってるんですか?」



 スレイが聞いた。

 


 「クルマという乗り物じゃ、馬車より速い」



 おじいちゃんが答えている。

 精霊馬(セイバ)にのる人間が増えている。

 つまりあの三人を、拾ったんだ。

 


 「お前たち、報告はする。助けたのは、お前たちをあそこで捨てたら私やアナンさんも被害者になるからだ。黙って乗っていろ」



 ソニアさんが冷たく三人……レイ、ライフ、スレイに言い放ったのは少し前だった。

 そして、いっしょにいる。

 クルマは六人までは大丈夫だから、なんとかなった。

 ……え? 計算が合わない?

 僕は一人と数えてないんだよ。

 だからレイの膝の上にいる。

 ……なぬ、始めから数に入ってない?

 フン!

 へ? 何故レイの膝にいる? それはね……


 

 「クマちゃん可愛い!」



 ……だ、そうです。

 僕からしたらエナちゃんをバカにする輩だけど、今回はここに居てやる。

 


 「イッイッイッイッ」



 エナちゃんの顔色が優れない。

 おじいちゃんがよしよしと背中をさすっている。

 六人乗りのクルマ、誰と誰が乗っているかを一応言っておくよ。

 まず前から運転手ソニアさん、その横レイ、膝の上に僕、真ん中にスレイ、ライフ、後ろがエナちゃんとおじいちゃんだ。

 つまりおじいちゃんが、エナちゃんの介抱をしている。

 さっきまでのエナちゃんとは、少し違う。

 怯えているようだ。

 レイが前で僕が膝の上、エナちゃんが一番後ろである関係で詳しくは説明できない。

 だけど、ある程度の察しはつく。

 


 エナちゃんは人が多い所が、怖いんだ。

 だから人気の少ない場所を好む。

 賑やかなのは、怖くては怖くてどうしようもない。

 


 「え━━━━━━━━━」



 エナちゃんの奇声が上がるけど、堪えている。

 偉いぞエナちゃん。



 「なんであんなのが」



 レイが軽蔑しながら、言った。

 あんなのに、助けられたんだよ。

 


 「……」



 レイが黙った。

 横で運動中の、ソニアさんも睨んだいた。

 


 「僕達の罪は、軽くなりますか?」



 真ん中の席にいるライフが言った。

 罪……ね!

 確かにだ。

 さっきの話を引っ張り出すよ。

 「二つの違反がある」と、言ったやつだよ。



 一つ目、ウソの護衛リストをギルドに提出したこと。



 護衛リストには一人につき二人の護衛が、必ずの義務なんだ。

 一人はソニアさんみたいな人だ。

 そしてもう一人は、おじいちゃんみたいな……うん軍人だった人だ。

 アカデミーの生徒は、ある意味優遇されているんだよ。


 


 「昔の事じゃよ軍人はな。それにソニアは……」

 「国にある、そう言うお仕事さ」



 二人ありがとう。

 聞いてのとおりなんだよ。

 ギルドは軍と仲が良いとも言ったけど、取り決めをしている。

 取り決めの関係は、複雑だから話さない。

 ただ……



 「ただ? なんじゃ」



 別に、何でもない。

 さて話を戻す。

 つまり三人の一つ目の嘘は、最低四人いない護衛が一人だったそれも見習いだった。

 ある意味、いないのといっしょだ。



 二つ目は、これは学校……つまりアカデミーの校則違反だ。

 


 素材休暇はその名のとおり、「素材」集めだ。

 では素材とは何か?

 水、土、石、木、草……こういった物だ。

 自然にある物質が、素材なんだ。

 素材には……「産物素材」つまりアカデミーに届けを出した素材、「副産物素材」休暇中の旅で見つけた素材で届けを出していない素材の二つある。

 産物素材は目的の素材で、休暇の本命である。

 本命を探すために色々と捜索するんだけど、その時に別の素材を探すことができる。

 偶然、見つける場合もあるけど……



 「グリンの卵は、偶然です」

 「偶然で済まされるか!」



 レイの言葉を、ソニアさんがキツく叱りつけた。

 確かにだよ……

 実は素材休暇には、一つの絶対条件がある。

 それは……さっき言った言葉のとおりなんだ。

 水、土、石、木、草などだ。

 だけど……



 生物



 それはない。

 理由は危ないからだ。

 生物を狙うことは、その命を狙うこと。

 つまり生物が身を守るために、攻撃的になりアカデミーの生徒は命を落とすかもしれないんだ。

 例え護衛がいたとしてもなんだ。

 自然の生き物は、本来強い! 



 グリンの場合は、三人は卵を盗もうとした。



 「僕は止めようと……」

 「止められんのは、同罪じゃ」



 スライが俯いた。



 話を続ける。

 三人は卵を盗もうとした。

 卵も立派な生物だ。

 だから、グリンに殺されそうになった。

 もし最悪の事態になっても、仕方ないんだ。



 それをなんとかしたのは、エナちゃんなんだ。

 エナちゃんは、すごい! んだ。

 すごいんだけど……



 「ば━━━━━━━━━」



 エナちゃんの奇声が激しい。

 ガマンの限界が、来たようだ。

 おじいちゃんが、綾かしてはいるけど……保つの?



 「保つ! いや、保った! ウサギ湖、見えたぞ!」



 ソニアさんが言った。

 僕は身を乗り出した。

 


 ……あっ、ウサギ湖だ。



 「う━━━━━━━」



 エナちゃんもウサギ湖に反応した。

 恐怖の奇声とは、明らかに違う。

 キョロキョロとしている。

 エナちゃんが、言葉の理解をした!

 またまた一歩前進、えらいぞ。



 「……ふん」



 レイはおもしろくないようだ。

 ヤレヤレ……

 


 「さて、後少しだ。エナちゃん、がんばれ!」



 ソニアさんも応援する。

 そう、がんばれエナちゃん!

 



  エナちゃん着たよ。

 ウサギ湖だよ。



 「だ━━━━━━━━━」



 エナちゃんが喜んでるようだ。

 


 「これ、エナちゃん、違う意味で大変じゃ」



 おじいちゃんが大変そうだ。

 だけどどこか、ホッと、しているみたいに聞こえる。

 よしよしえらいぞ。



 アルマ草原を抜け、ここからは平原が続く。

 一応名前があり、カルマ平原と言う。

 アルマにカルマ……兄弟? 

 まあ、どうでもいいか。

 そのカルマ平原を抜けた辺りに、湖がある。

 それが……


 

 「ウサギ湖! 着いたあ」



 ソニアさんが、はしゃいでいる。

 


 「い━━━━━━━━━━━」



 エナちゃんもハシャいでいる。

 さっきまでの、不機嫌はどこへやら……



 ウサギ湖、その説明を少ししないといけない。

 位置はアルマ草原から、カルマ平原の入りほんの少し行った場所にある。

 そこそこ大きな湖なんだ。

 だけど池と呼ぶ人もいるんだって、つまり微妙な大きさみたいだ。

 名前の由来は、ある程度わかると思う。

 形がウサギの顔みたいになっているからだ。

 


 アルマ草原を精霊馬(セイバ)で走っていた時、三方向の矢印がある場所があったのを覚えているだろうか?

 矢印の一番右がウサギ湖となっていた。

 では他の二つは?

 真ん中は他の町に続き、一番左は山に行く。

 アルムルク山となっている。

 その山に登っている時に、湖が見えてくる。

 そこから見えた湖の形が、まるでウサギの顔みたいとなりウサギ湖に至ったらしい。



 カルマ平原に入ると、クルマは道をそれ平原を走り出した。

 背が低い草は、走りやすいので近道をする。

 少し走るとウサギ湖の耳の間にたどり着いた。

 そこからはまた道があり、道を走る。

 ウサギ湖の耳の付け根あたりに、クルマを停める。

 みんなが降りると、近くに看板があるのに気づいた。



 ようこそ、死水湖へ!



 死水湖……これがウサギ湖の本当の名前だ。

 何故死水湖なのか?



 「綺麗な湖! すごい! 水面まで透けて見える!」


 

 レイがテンションをあげている。



 「うん、綺麗だ。綺麗過ぎて……生き物がいる気配がない」



 ライフが冷静に、言った。



 だから死水湖なんだよ。

 あまりに水が綺麗過ぎて、水の中に植物が繁殖しない。

 植物が繁殖しないから、魚、動物が住めない。

 だから生き物は一切いない。

 草原がいきなり平原になっている背景には、ウサギ湖が大きく影響しているかもしれない。

 確かエミリア先生が、そう言ってもいたことを思い出した。



 「エミリア先生、聞きたくない先生だ」



 ライフが吐き捨てるように、言った。

 


 「そうね、あんなヤツ!」



 レイもかなり毒づいた。

 二人の顔が険しくなる。

 いい先生だよ……とは言える雰囲気ではない。

 


 「アナンさん、ここまでありがとうございます。これからは、別行動したいんですが……」



 スレイが恐る恐る、おじいちゃんに聞いている。

 


 「無理はしない条件と、何かあったら連絡するならよいぞ」

 「あっ、ありがとうございます!」



 スレイが喜んでいる。

 その言葉を聞いて、レイとライフも喜んだ。

 


 「しかし! 罪は消えないからな! ギルト、アカデミーからもキツいお叱りがある。これだけは、覚えておけよ」



 ソニアさんが腕を組み、鋭い視線で三人を見る。

 三人がまたまた、俯いてしまった。

 


 「いあいあいあ」



 ん? エナちゃんがウサギ湖に歩き始めた。

 待ってよ!

 エナちゃんが、ボートに向かって歩いている。

 貸しボート屋があるんだ。

 


 「いらっしゃい、アカデミーの生徒さんかい?」



 頭の薄いオジサンが言っている。



 「そうさ、一隻頼む」



 ソニアさんが答える。

 つまりウサギ湖は、そう言う所なんだ。

 アカデミーの生徒の、実習場の一つと言うことだ。

 


 ガラリの街の周囲には、たくさんの自然がある。



 自然と触れ合うことで、良質な錬金術を育てる!



 これが校訓らしい。

 そのために、それをお仕事にしている人間もいっぱいいるんだ。

 


 「はい、アカデミーの承認証」



 ソニアさんが手紙を見せた。

 いろいろ書いてある。

 オジサンは一番下の偉い人のサインを見た。

 


 「はい、わかりました」



 ……意味ないよ。

 いろいろ書いてあるけどさ。

 


 「そんなもんじゃ」

 「ああ、そんなもんだ」



 おじいちゃんとソニアさんが、悟っている。

 経験者なんだな。

 


 「すみません、こちらも一つ下さい」



 ライフが言った。

 レイが頷き、スレイが直立している。

 僕は三人を改めて見ている。

 さっきまで大変だったから、あまり三人の紹介をしていない。

 この場を借りて、ほんの少しだけ言わしてもらう。

 い・ち・お・う、ライバルだからね。


 

 まずはレイから。

 三人の中で、一番気が強いと思う。

 彼女は女の子で、目がつり上がりぎみ。

 ブロントのロングヘアーが、良いところのお嬢様みたい。

 背は低い。



 「ライフ、もたもたしない。そんなこと! パッパッとしてよ!」



 ヒステリーでおそらくだけど、レイが今回の素材休暇の言い出しっぺに思う。


「待ってよ、こっちにも準備があるんだ」



 二人にライフだ。

 彼は三人の中で、一番背が高い。

 ひょろっとしている。

 ブラウンの髪に、鼻筋がしっかりしている。

 どこかほんわかしている所があり、レイに言いくるめられたような気がする。



 「ライフ、あなたいい加減に早くしないと!」

 「レイ、待ってよ! 頼むから!」

 「男でしょ! ……ライフだけだよ! もう」

 「ありがとう、レイ」

 「……」



 あれ?

 レイが俯いたぞ。

 少し顔が赤いみたいだ。



 「なるほどね」

 「若いのう」



 え? 何ですか?

 ソニアさんとおじいちゃんが、頷いている。

 


 「スレイ、手伝ってくれるか?」

 「わかった」



 最後はスレイだ。

 三人の中で、一番がっしりした体だ。

 髪は丸刈りにだ。

 おそらくこれは、軍の規律によるものだろう。

 なかなかの愛嬌がある顔だと思う。



 「でも、女の子にはあまり受けないぞ」



 ソニアさんが、ボソボソ言った。

 そうなの?



 「は、はい、しかしいつかは、アナタみたいな綺麗は方にと思う次第であります」

 「聞こえてたのか! 世辞言っても、懲罰消えないからな!」



 ソニアさんが、怒る怒る。

 でもどこか違うぞ?

 


 「クッキー、スレイは嘘がつけん。ソニアはあ・の・歳でウブなんじゃ」



 おじいちゃんが、可笑しな笑い方をしている。

 


 「アナンさん!」



 ソニアさんが、真っ赤だ。

 ……ようやく、みんなが笑えるようになった。

 さっきまでのことがないみたいにだ。



 「い━━━━━━━」



 エナちゃんがオジサンに、なんか言っている。

 オジサンは不思議な顔をしていた。

 


 「すみません、この子は、少しありまして……」

 「変わったアカデミー生徒さんだな。名前は?」



 オジサンが聞いてきた。

 エナちゃんだよ。

 喋れない。



 「おい、クッキー!」



 ソニアさんが、慌てている。

 僕の平然とした姿に、あたふたしていた。

 だけど仕方ない。

 これがエナちゃんだからね。



 「ふうん、アカデミーにはこんな生徒さんいるのか?」



 オジサンが頷いている。

 なんだか変な目だ。

 


 「エナちゃんは卒業しとる。飛び級じゃよ、今回はアカデミーの依頼で仕事じゃ。カネもくれる」

 「それなら、何故、アカデミーの護衛があるんですか?」



 オジサンが言う。

 確かにだ。

 卒業したなら、護衛契約は必要ない。

 契約はあくまでも、個人的なものになる。

 しかしエナちゃんは、アカデミーの護衛契約を使える。

 これには、理由がある。



 理由とは……エナちゃんが超個性だからなんだ。

 超個性だから、護衛を個性で頼めない。

 頼めないから、アカデミーが助けてくれるんだ。

 その代わりにエナちゃんは、アカデミーに管理される。

 どんな些細な創造も、アカデミーに知らせないといけない。

 そして、そのお仕事は僕がする。



 「つまり、エナちゃんを手元に置きたいんじゃ。そしてそれをアカデミーの発明としたいんじゃな」



 おじいちゃんが、言った。

 僕もそう思う。



 「だけど、それがベターだ。ベストではないけど、エナちゃんにはアカデミーの支援が必要だ」



 ソニアさんが悲しそうに呟いた。

 


 「まあ、湿気た話はここまでだ。じゃあ、ボート一隻用意するから」

 「すみません、私達にもお願いできますか?」



 レイが厚かましく、しゃしゃり出た。

 


 「まずは喋れないチームから」



 オジサンが笑いながら、受け流した。

 レイは何か言いたげだが、ライフが諭している。

 スライは二人を見ている。

 どこか羨ましそうだ。



 オジサンがボートと杭にくくりつけた、ロープを手際よく外す。やっぱりここの主なんだな。

 


 「ありがとう、ダテに仕事はしてないぞ! ホレ、まず一隻用意できた。オールは……」

 「う━━━━━━━━━」



 エナちゃんがチャックを開けている。

 オジサンが不思議そうに、見ている。

 


 「さっきから気になっていたけど、なんだその浮いてるのは?」



 やっぱり気になっていたんだ。

 


 「いつ、つっこもうか考えていたけど……」



 わかるわかる。



 「いや━━━━━━━」



 エナちゃんが何かを取り出した。

 そこには水色の何が揺らめいている。

 まあこれは、精霊だろう。

 何の精霊かは、わからないけど……

 問題は何かの方だ。

 大きな箱で、下に何だろう? 風車みたいなのが付いていた。



 「これは! なるほど、これならオールは要らん」


 

 おじいちゃんが、笑っている。

 なんなんだ?



 「エナちゃんのチャック、凄いなあ。なんでも入るだあ」



 ソニアさんも感心している。

 するとエナちゃんがその箱を、もう一つ取り出した。

 もちろん精霊もいる。そして三人に見せる。

 使って……そんな感じだ。


 

 「なによ、要らないわ! 私達は私達で……」

 「まさかこれは、水竜巻製造機(スクリュー)ですか。頭に障害のある卒業生が創造した錬……」

 


 ライフがそこまで言うと、口に手を覆う。

 しまった! そんな顔だ。

 ふうん……僕はそんな感じで、ライフを見た。



 「イッイッイッ」



 ん? エナちゃんが笑っている。

 なんだか、使って欲しいみたいだ。

 使ってくれない? もし、悪いと思うならさ。



 「はい、ありがとう、そしてごめんなさい」



 ライフが謝る。

 レイが険しい顔で、エナちゃんを見ている。



 「さっ、次のボートのロープを外すぞ!」



 オジサンがタイミングを測ったように、声をかけた。

 ニコニコとしている。

 可笑しな雰囲気を、和ませようしているみたいだ。

 


 「やれやれ……さて、それを付けて目的のポイントに行こうかの」



 おじいちゃんが、言った。

 ソニアさんも頷いた。



 「気をつけろよ、この時季は一時的だが天候が悪くなる」

 「わかっている」

 「今は無風だが、いつアルムルクの悪戯が吹き下ろし、雨も降るかも知れない」



 オジサンが、真面目な顔で言う。

 ソニアさんも気を引き締めいる。

 僕達がみんな乗る。

 エナちゃんも、大人しく乗る。

 えらい、えらい!

 


 「ソニア、取り付け手伝うか?」

 「アナンさん、大丈夫ですよ」



 二人がボートの後ろで、スクリューを取り付けいる。

 取り付けている近くで、精霊が揺らめいている。

 早く、早く! そんな感じだ。

 


 オジサン、レイ、ライフ、スレイも見ていた。

 スレイはソニアさんの取り付け作業に、コクコク頷きながら確かているようだ。

 どうやらスレイが、この仕事をするようだ。

 後の三人は、興味半分で見ていた。



 「よし! アナンさん行けます!」



 ソニアさんがそう言うと、精霊がスクリューに入っていく。

 すると……なんだろ? スクリューが動き始めた。

 


 「よし、行こうかの」

 「い━━━━━━━━━━━━━━━━━━」



 アナンの行こうと、エナちゃんの奇声を聞いたソニアさんは、スクリューを動かすエンジンのスイッチを押した。

 すると、けたたましい音がする。



 「ソニア、操縦できるか?」

 「はい、一度少し使いましたからね。エナちゃんと海で!」

 「そうじゃな! 頼んだ」



 スクリューが本格的に回り出すと、ボートは水面を走りはじめた。



 「すご!」

 


 レイが思わず声を、あげる。

 みんなが驚いている。

 オジサン、ボート借りますね。

 それと、い・ち・お・う・ライバルの三人、お先に失礼するよ。

 さて目指そう、ウサギ湖の深水の場所に!



 「その前に、クッキー、警備船待たないとな」



 あっ、そうだった。

 警備船を忘れてた。

 


 「アハハ、警備船の連中はまだ準備中だ」


 

 オジサンが大きな小屋を指差した。

 大きな小屋、なんか変な言い方かな?



 「矛盾しとるな」



 おじいちゃんが言った。

 うん、僕もそう思う。



 「こちらも付けました。あのう……」



 ん? 一応ライバルの三人の……



 「ライフでお願いします」

 


 ハイハイ、ライフね。

 何か? 



 「警備船、こちらも必要ですし、ここは共同しませんか?」

 「ライフ! 私、イヤよ」

 「警備船は数に限りがあるんだ、共同しないと完全に出遅れる。順番待ちとなれば、あっちが先になる」



 ライフがレイを諌めるように、諭している。 

 ソニアさんと、おじいちゃんは、様子見している。

 


 ここで警備船のことを説明するね。

 ウサギ湖は、湖(みずうみ)なんだ。

 ……へ? わかる!

 まあそうだ。

 つまり池ではないんだ。

 さっき大きさが池とも取れる微妙と言ってもだ。

 そんな湖に、僕達だけで行動できると思う?

 例えソニアさんと、おじいちゃんが居てもだ。

 答えは、無理なんだ。

 まず、目的のポイントまで遠いことがある。  

 ウサギ湖は湖(みずうみ)で、それなりに大きいんだ。

 僕達だけで行動するには、かなりの危険が伴う。

 だから、警備船が僕達を見守るんだ。

 


 「お、小屋から船が出てきた」



 おじいちゃんが言った。

 小屋から出てきた船は、大きな音を上げながら水を進む。

 二隻ある。

 すごいな! これらが、僕らを守ってくれる。

 あっ、船の中の人が手を振ってる。



 「アカデミーから、オールを漕がずに動く、船をいくつかウサギ湖に置いた。一年前くらいか……」



 オジサンが言った。

 これはたぶん、エナちゃんが創造したアレ……つまりボートに付けたコレをアカデミーが改良したんだな。

 すごい!



 「……あの船は、すごい。しかし気に入らない」



 オジサンが船を睨みつけ、吐き捨てた。

 え? どうして?



 「あの船はすごい、すごいが……あの船のために、オールで漕いでいた小屋の連中が仕事をなくして、辞めていった」



 え! それって……



 「仕事を奪った。あの船はキライだ」

 


 オジサンがすごい顔で、まだ睨んでいる。



 「だけど船の操縦、整備、そんな人間が雇われる。それにライフセーバーもだ」



 ソニアさんが言った。



 「……そいつらの人数と、漕ぎ手の人数を比べると、漕ぎ手の人数が多かった。操縦と整備の人間が三人としたら、漕ぎ手の人間は十人はいた。当然全員泳げるから、みんながライフセーバーでもあった」



 オジサンがため息混じりに、言った。

 目が地面を向いている。

 ソニアさんと、おじいちゃんは、声に詰まっている様子だった。



 「スマン、あんたらにボヤいても、仕方ない。ボヤかないつもりだったんだけど……喋れない錬金術師、あんたは悪くないからな」

  


 オジサンがエナちゃんに、言った。

 え?

 僕はびっくりした。

 ソニアさんと、おじいちゃんもだ。



 「浮いている何かからスクリューを取り出したときから、コイツがあの錬金術師とわかった。噂には聞いていたんだ」



 オジサンが言った。

 地面を見ていたオジサンの視線が、エナちゃんに向く。

 目が優しく笑っている。

 そう僕には、見えた。



 「い━━━━━━━━━」



 エナちゃんが船を、指差している。

 オジサンを無視しているように、見えてしまう。

 エナちゃん……



 「気にするな! 知ってるよ。がんばれよ!」



 オジサンが優しく僕に笑ってくれる。

 ……うん、がんばる。



 「さて、そろそろ行こうか? 天候は大丈夫だと思うが、ボート屋さん」

 「天気は気まぐれだ。大丈夫は、ない。気をつけな」



 オジサンがソニアさんに、厳しく言った。

 ソニアさんと、おじいちゃん、そして三人組も、頷いた。

 レイ、ライフ、スレイが、やけに素直だ。



 「失礼な!」

 「ホントに! クマちゃん、私は……」

 「はい、わかりました。レイ、がんばろう、スレイ、頼む!」



 ライフは、貧乏くじ引いたな。

 少しだけ、同情しよう。

 


 船がますます近づいて来る。

 そろそろ、行こう。



 「そうじゃな」

 「はい、アナンさん」



 二人が気合を入れる。



 「あのう、一つ聞いていいですか? このスクリューとか言うのを自分達はいただきましたが、本来はオールで漕いでいくんですよね」



 スレイが言った。

 


 「そうじゃ、そして船は後ろからゆっくり付いていくんじゃ。お主ら若いモンは、楽せずに苦労をしてもらう。それがイヤならエナちゃんみたいに発明せねばな」



 おじいちゃんが笑っている。

 三人が、顔を見合わせていた。



 「とにかく、行こう。お前達、エナちゃんに本当に、お礼しておけ!」



 ソニアさんが、エナちゃんを指差した。

 ……あっ、エナちゃんがボートに座って待っている。

 えらい! えらいぞ!

 さてと……行こう。

 


 深水の場所へ!



 ウサギ湖の深水は、浅いところが多い。

 覗き込むと土や砂が、ハッキリと見える。

 ウサギ湖は浅いようだ。

 


 「違う、クッキーくん、ウサギ湖は浅くない。下までハッキリ見えるからといって、浅くはない」



 ソニアさんが、船を操縦しながら言う。

 え? 本当に?

 


 「儂らの目では、浅く見えても違うんじゃ。目の錯覚を起こすんじゃ」



 おじいちゃんが厳しい口調で言った。

 おじいちゃんも、ソニアさんも、上半身に何かを身に付けている。

 色はオレンジ色で、少しモフモフしているような感じだ。

 


 「い━━━、い━━━━」



 エナちゃんが、不機嫌だ。

 実はソニアさん、おじいちゃん、二人が身に付けている何かをエナも身に付けている。

 それが嫌みたいなんだ。



 「エナちゃん、脱いじゃ駄目だからな」



 おじいちゃんが、少し大きな声を上げる。

 理由は船の運転音が大きいこと。

 それと、エナちゃんがそれを脱がないための威嚇だ。

 ところが、何を着けているの?

 


 「これか? これは、ライフジャケットだ。ここの紐を引っ張ると空気が膨らむんだ」



 ソニアさんが、船を操縦しながら答えてくれた。

 へえー、そうなんだ。



 「クッキーくんは、あまり必要ないとは思う。お前、宙に浮いてるだろ。でも人間は、そうはいかないんだ」

 


 なるほどね。

 そう言えば、エミリア先生が言ってた。

 人間は水が必要だけど、体に接する水には注意が必要って。

 お風呂のお湯とは、訳が違う。

 そう言ってた。



 「そうじゃ、人間は水がないと生きていけない。水は儂らを生かしてくれる。しかし水はそこまで優しくないんじゃ」



 おじいちゃんが言った。

 勉強になるなあ。




 「ういういうい━━━━━━」



 エナちゃんが、大きな声を上げている。

 かなり不機嫌だ。

 理由は、ライフジャケットを着ているからだ。

 エナちゃん、脱いじゃだめ!

 


 「が━━━━━━━━━━」



 いつまで耐えられるかな?

 すごく心配だ。

 


 僕は辺りを見渡す。

 僕らのボートの後ろに、ライフ達のボートが付いて来ている。

 運転は……うん? レイがしている。

 何か楽しそうだ。

 


 「あの娘、上手いのう。筋がいい!」 



 おじいちゃんが感心している。

 ソニアさんもチラッと見て、首を縦に小刻みに何回か振っていた。

 そしてその後に、警備船だ。

 二隻いる。

 一隻につき、警備船一隻の考え方で間違いない。

 何人かのおじさんが、笑っている。

 楽しいおしゃべりをしているのかな?

 少し遠い景色を見る。

 ボート屋が小さく見える

 かなり遠くまで、来ているみたいだ。

 その向こうのアルマ草原の緑が、どこか毒々しい。

  


 違う方向を見る。

 いっぱい山がある。

 山脈というのを、教えてもらったのは少し前のことだ。  

 アルムルク山は、あの山脈でも人間に近い山だ。

 登りやすいから。

 


 ん?



 山の向こうに、あやしい雲がある。

 あれは……おじいちゃん!



 「アルムルクの悪戯じゃな……何もこんな時に」

 


 アルムルクの悪戯……か。


 「アルムルクの悪戯か、こんな時に」



 ソニアさんも、渋い顔になっている。

 


 アルムルクの悪戯……少しだけ、説明する。

 アルムルク山のある場所には、たくさんの山がある。

 たくさんの山があることを、山脈というのは知っているだろう。

 ムルク山脈……コレが今回、僕やおじいちゃん、ソニアさんが警戒するアルムルクの悪戯の元凶なんだ。

 ムルク山脈は高い山々で構成された山脈で、この山脈に風があたると普通なら跳ね返される。

 だけど、これは時季にもよるんだ。



 今は春真っ只中、そろそろ夏の匂いがする時だ。



 実は春先には、かなり高い位置から強風が吹き降りてくるんだ。

 その強風と気圧などから、雨が降り風の一部が吹き降りる。

 その雨と強風を、アルムルクの悪戯と呼んでいるんだ。

 方向的にも、そこから吹き降りるから。

 この雨と強風は、ガラリの街にも影響がある。

 とは言っても、厄介者とてではなく春の風物詩として見られている。

 でも、それはガラリの街での話だ。

 ウサギ湖にいる僕達には、厄介者に他ならない。

 ムルク山脈なんて、無ければいいに!



 「違う、クッキー! あの山々があるから、ガラリの街は四季がはっきりしている。なかったら、大変なことになる。例えば冬じゃ」



 えっ? 何、おじいちゃん!



 「ガラリの街は雪は降るが、程よい量しか降らんじゃろ。もしムルク山脈がなかったら、雪は降らん」



 え! 本当に! でも雪は降らない方が良いって、よく近くのオバチャンが言ってたよ。



 「なあ、クッキーくん、雪は冷たいし降り積もる」



 うんそうだよ。

 僕はソニアさんに、言った。

 ソニアさんもこの話に、一言ありみたいだ。



 「雪が降る地域の、野菜や小麦は美味しいって知ってる?」



 ソニアさん、僕は食べるを知らないよ。

 だって、綿モンだから



 「……うーん、どう説明すれば……うーん」

 「ソニア、コレは時間がかかりそうじゃな。今は切り上げよう。そろそろじゃぞ!」

 「はい、目的地の深水ですよね」



 ソニアさんの顔つきが、かなり険しくなる。

 僕は少し顔を下に向けた。

 さっきまで見えていた水の底が、見えにくい。

 


 「ウサギ湖の水は、透明度がすごく本当に美しい。その水をしても底が見えにくい……かなり深いんじゃ」



 おじいちゃんが、説明してくれた。

 目的地に近いことを、僕は感じていた。

 


 ぴー!

 ぴー!



 ん? 何か空から聞こえきたぞ。

 僕は寝っころがる。

 首はない。

 だから上を向けない。

 上を確認するには、少し寝っころがり宙に浮かないといけない。

 少し面倒な造りだ。

 おじいちゃんも、空を見ている。

 首を上に向けて……



 あっ、鳥だ。

 かなり大きく、緑色をしていた。

 まさかグリン! あの、グリン!



 「違う、エナちゃんが救ったグリンなら、巣穴のハズだ。今は動けないから、ましてアルムルクの悪戯が来るなら尚更だ」



 ソニアさんが、ボートを操縦しながら言った。

 僕の声を、しっかり聞いていたんだ。



 「ソニア、グリンの特徴は?」

 


 おじいちゃんがソニアさん聞いた。

 質問と言うより、なんだろ、少し変な感じだ。

 


 「グリンの特徴、詳しく言いますか? 大きさ、性格なんかを」



 少しソニアさんが、言い返す。

 なんだか怒っているみたいだ。



 「ソニア、怒るな。さて、そろそろじゃぞ!」



 おじいちゃんの声が、少し低く響く。

 ソニアさんも、その声に従う。

 何か言いたげだったけど。



 「い━━━━━━━━━」



 エナちゃんも、従うみたいだ。

 ご機嫌がものすごくいい。

 おめかしした、今日のお服が煌びやかだ。

 


 …………ん?



 何か変だそ。

 僕はボートの中を見渡した。

 すると……



 なんじゃこりゃ!



 オレンジ色の、確かライフジャケットだったかな? 

 それが、落ちてる。



 「違う、落ちたんじゃなく、脱いだんじゃ!」



 わかってます、おじいちゃん! 早く、着せないと!

 

 

 僕達は、ボートを止める。

 理由はエナちゃんが、ライフジャケットを脱いだからだ。

 これは規則に基づいてだ。

 

 救命用具の無断脱衣は、絶対してはならない。

 もし、この行為を行った場合は、ボートを停止させ再着用を速やかにすること。



 そんな決まりだったはず。



 「クッキー、その下にこんな文もあるぞ。もし着用を拒み続ける場合は調査打ち切り、そして、アカデミーへの出頭もあり得ることを心に刻むこと」


 

 え! そんなあー……



 「お先に失礼します!」



 レイがボートを操作しながら、大声を出した。

 ライフが申し訳なさそうに頭を下げ、スライは敬礼している。   

 その後に、三人組を監視する警備船が追いかけいく。

 おじさん達は笑いながら、こちらに手を振ってくれた。



 エナちゃん、着てくれませんか?  



 「あ━━━━━━」



 ……ムリそうだ。

 出てしまった。

 ワガママが!

  


 「い━━━━━い━━━━━」



 え? エナちゃんが前を指差している。

 進め、進め、そんな感じだ。

 早くライフジャケットを着てください。



 「ぎ━━━━━━━━」



 エナちゃん、イヤじゃないよ。

 着ないとお舟動きません!

 


 「きゃ━━━━━」



 ……聞き入れる様子、全くなし!

 ねぇ、お願いします。エナちゃん!

 


 「エナちゃん、ラピッドの雫、創造したいですか? エミリア先生の、笑顔、みたいですか?」



 ソニアさんが、エナにゆっくり話かけた。

 エナちゃんは、イヤがっている。

 イヤがっている。

 ……イヤがって、いるみたい。

 ……イヤがって……ない?

 あれ、エナちゃんのワガママが、消えたようだぞ。



 「ソニア、その手を使ったか」

 「ええ、アナンさん、エミリア先生をダシに使いましたよ」


 

 なるほど、エミリア先生か。

 確かにエナちゃんは、エミリア先生が大好きだ。

 わかりやすい。

 さあエナちゃん、ライフジャケット、着ます。

 僕はライフジャケットを、エナちゃんに見せた。



 「ぎぃ━━」



 エナちゃんが渋々、手にする。

 おじいちゃんがもう一度、エナちゃんに装着させた。

 エナちゃんは苦しそうだけど、がんばっている。

 いいよ、エナちゃんは、強い!



 「エナちゃんは、偉いです」



 ソニアさんが、笑顔だ。

 ……大丈夫みたいだ。

 さて、急ごう。

 すると、僕らの近くにいる警備船から、声がする。



 「アルムルクの悪戯が近いぞ! 早く空腹水の場所を目指そう!」



 わかりした。

 僕達も深水に行きますよ。

 警備船のおじさんに、ありがとう。



 「空腹水……古い呼び名じゃ」

 「しかし間違いないですよ」



 ソニアさんが、言う。

 僕はエナちゃんを確かめた。

 ボートに座り、じっとしている。

 よし、いいぞいいぞ。

 


 ソニアさんが、ボートを動かしにかかる。

 けたたましい音が、辺りに響き動き出した。

 さて、後を追うぞ!

 僕はアルムルク山を見た。

 妖しい雲は、ドンドン大きくなっている。

 僕の体から、光の錨が出るのも近いぞ。

 「光の錨」は、後で絶対するね。

 これは避けて通れないだろうから。

 それより、早く深水地点へ!






 


 


 

 

 



 

 

 


 



 





 

 


 

 


 


 

 


 

 

 

 

 

 


 

 



 



 

 




 

 

 


 

 

 

 

 

 




 

 

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