第3話 準備しよう

 エミリア先生からのお仕事をもらった次の日、エナちゃんと街に繰り出している。

 ガラリの街の辺境に、小さな地区がある。

 


 その地区を、「カナエ」地区と言う。



 辺境と言うから分かると思うけど、街の外れにある。

 ここら辺は小麦畑が一面にある。

 黄金色の実にはまだ少し早いが、順調みたいだ。

 人はみんな顔見知りで、時間の流れがここだけ違う。

 


 遅いのだ。

 そう遅い。

 何故だか取り残されそう。

 ガラリの街に、ガラリの人間に、置いて行かれる。

 


 カナエ地区には、小さな商店街がある。

 ここでさっきまでは朝市があり、エナちゃんがゴミを漁っていた。

 結果論になるが、エナちゃんが精霊を助けた訳だけど……

 


 朝市は時間的に終わっていた。

 あれは本当に早い時間にある。そして程ほどで、切り上げるんだ。

 


 エナちゃんはあちらこちらを、ニコニコしながら歩いていた。

 エナちゃんは基本的に、歩くことが好きだ。

 お外が好きで、太陽が好き、風が好き、土が好きなんだ。

 でもあまり好きではないのもある。

 それは……



 「エナちゃん、おはよう! クッキーくんご苦労さま」



 あっ、おばちゃんだ。

 僕があいさつをする。

 エナちゃんは、無視をする。知らない人には、そう目に映る。

 あいさつがキライなんだ。

 知らないフリをする。

 人間は好きだ。

 だけどたくさんの人間は、嫌いになる。

 いっぱいの人間が、どうやら怖いみたいなんだ。

 怖いから奇声を上げて、癇癪を起こし、泣き叫ぶ。

 だからあいさつをしない。

 僕はそう思っている。



 カナエの商店街には、小さなお店がいくつもあった。

 例えば八百屋さん。

 朝市では手には入らない、珍しい野菜とかがいっぱいある。

 もう一つ例えば、雑貨屋さん。

 生活する上で、必要なモノがなかなか揃って入る。

 今、僕はエナちゃんと二人? で、商店街にある場所に向かっていた。

 


 エナちゃんはお外へお出かけする服を着ている。もちろん、ズボンもお外へ行く用のだ。

 そしてリュックを背負っていた。

 このリュックはエミリア先生からもらったモノで、品物を入れるためにあるソレではない。

 これはすぐ後でわかるから、説明はここまで!


 

 それらに着替えるために、エナちゃんの近くに浮いているチャックから服を着替える絵、靴の絵、そしてカナエ商店街を簡単に描いた絵を取り出し見せた。



 お外、出かけ、しよう!



 そんな声がかけたのは、少し前のことだ。

 そして今、エナちゃんは……道草をしている。

 少しでも興味があるモノがあると、すぐにそっちに行ってしまう。



 それをなんとかするために、実はさっきのリュックがある。

 このリュックには、光の紐が付いている。

 この紐を僕が引っ張っると、エナちゃんを強制的に歩かせることができる。

 その場でしゃがみこんだりしても、簡単に引っ張ることができて、エナちゃんの体重を軽くさせる能力があるんだ。



 エミリア先生が僕のために、創造してくれた品物なんだよ。

 このリュックはエナちゃんのお気に入りでもあるんだ。だからいつも身につけている。

 それがあるせいで、引っ張られたとしてもだ。

 まあ僕からしたら、すっごく助かるんだけどさ。



 「ペットが反対だ」



 どこかのおじさんが、笑っている。

 


 なぬ! ペット!



 僕は使い魔だよ。

 全く!

 


 僕はエナちゃんを引っ張りながら、目的地を目指した。



 「きゃ━━━━━━━━━━━━」



 エナちゃんの奇声を無視しながら、進む進む。

 商店街のみんなも、いつものことと笑っていた。



 疲れるなあ……とは言え目的地に来た。

 そこは「護衛ギルド」と書いてある。

 さてと、中に入ろう。

 エナちゃんを引っ張りながら。

 


 護衛ギルド 護は、大きな会社らしい。

 お仕事の内容は、ズバリ護衛だ。

 捻りがない。

 率直でもあり、わかりやすい。

 


 さて、中に入ろう。

 エナちゃんも静かにしている。


 

 ギルド内は小さな受付テーブルが三つあり、人の気配はまるでない。

 これを暇と言う。

 


 「失礼ね、クッキーくん!」



 メガネをかけた若い女の人が、眉をひそめている。

 彼女はマミアと言う。

 


 昔はガラリの真ん中で、バリバリ仕事していた。

 


 これはマミアが言っていた。

 しかし今は、カナエでひっそりと仕事している。

 何があったかはわからない。しかし近頃は、ガラリの話はしたがらない。

 なんだかすぐカッカッして、そしてすぐ落ち込んで、すぐに笑顔になる。

 顔は悪くないのに……そんは噂話を聞いたことがある。

 僕にはわからないけどさ。

 


 「まあまあ、エナちゃんこんにちは」



 マミアの隣にいる、目の細い優しい顔のオバサンが言った。  

 オバサンはミッチェルと言う。

 みんなからは、ミッチと呼ばれる人で人当たりがいい。

 ブロンドの長髪おさげが、印象的だ。



 「あ━━━━━━━━━━━━」



 エナちゃんがミッチに、ごあいさつした。

 


 「エナちゃん、お利口さん」



 ミッチの細い目が、ますます細くなる。

 どこか憎めない。



 「エミリア先生から聞いているよ、ウサギ湖に行くのか?」



 小太りな男が、メガネとネクタイを触りながら言った。

 丸顔で坊ちゃんヘアーが、まるでクマみたいとみんなからは、からかわれる人だ。

 


 「まあ、店長からも来ると言われていたからな」



 無表情で言った。

 名前は、クリスだ。

 クリスは淡々としている人で笑わない、泣かない、怒らない、こんな感じだ。

 だからよく言われる。

 


 「親子!」



 マミアが皮肉って言った。

 僕とクリスは、無視している。

 あっそうですか。

 二人? で、そんな感じだ。



 「親子して無視ですか! 何さ私が声を……」

 「が━━━━━━━━━━━━━━━!」

 「ご、ごめんなさい、私、キチガ……じゃなくて」



 マミアがエナちゃんに、青ざめていた。

 苦手なのだ。

 だから暴言が、半分以上でかけた。

 ミッチが鋭い視線を、クリスが冷めた視線を、マミアに送る。

 


 「そ、そうよ、そうです! 私が悪いです」



 そう言って泣き出した。

 おいおい、仕事場だよ。

 場所を考えなよ。

 


 「店長は今は定例会議らしい。つまりガラリの街の中心街にいる」



 クリスが淡々と、話はじめた。

 マミアが泣いている。

 ミッチがヤレヤレと、なぐさめている。

 なんだかうまい連携プレーだな。



 エナちゃんは静かに、マミアとミッチのやりとりを見ている。

 ポワンとした顔は、なにしてるの? と言っていた。

 


 「エナくんは、大丈夫そうだ。僕と話を続けよう」



 クリスが言った。

 僕と同じくエナちゃんを見ていたようだ。

 様子をうかがい、大丈夫と判断した。

 そして声をかけたみたいだ。

 少し顔に笑顔があるように見えるのは、話ができる安心感からだろうか?



 「クッキー、今回の仕事は一日で日帰り可能だ。エナくんのあれを使うんだろ?」



 クリスが言った。

 僕はそうだと、答えた。

 エナちゃんのアレは、すごいからと自慢気に。



 「エナくんは天才だからね。だからガラリアカデミー、つまり錬金学校はエナくんに甘い、それが変わりモノであるとしても」



 クリスが認める。

 そして皮肉る。

 無表情は、相変わらずだ。

 


 「野外調査による護衛及び、生活指導員を手配します。いつもの二人でいいね?」



 クリスが聞いてきた。

 僕はお願いしますと、頭を下げる。

 これで旅の手続きは、済んだ。



 「いっ、いっ、いっ、いっ」



 エナちゃんが何かを言っている。  

 マミアは泣きおさまり、ミッチは相変わらず笑顔だ。

 


 「あら、クッキーくん、クリスさん、お話しはまとまったの?」



 フワリとした口調で、ミッチが言った。

 僕はそうだよと答えると、クリスが頷いた。

 マミアの視線は、いまだに下を向いている。

 エナちゃんは思い出したかのように、お店をピョンピョンと跳ね回りしばらく帰る様子がない。 


 

 護衛ギルドを出た僕は、カナエ商店街を少しぶらぶらしながら家に帰りたかった。

 だけどそれは無理だった。

 エナちゃんが帰らないのだ。

 


 「い━━━━━━━━」



 エナちゃんが帰り道の反対側を行きたいと、しきりに指差しをする。

 僕は帰ろうとお家の絵カードを見せたけど、効果がなかった。

 


 仕方ないな。

 こういう時は、エナちゃんに従おう。

 やることはやった。

 今日はフリーだもの。

  


 エナちゃんに僕は、いいよ! そういうとエナちゃんは喜んだ。

 ピョンピョン飛び跳ね、きゃ、きゃ、奇声を上げていた。



 プルプル……



 ん? チャックが揺れている。

 僕はチャックを開けて、チャックを揺らす品物を取り出した。

 それは薄く小さな黒い板だ。

 


 精霊盤


 

 そう言っている。

 コレはエナちゃんがアカデミーに送った、卒業作品だ。

 いろいろなことができるんだけど、基本は相手との会話なんだ。

 そう、これは離れた相手とコミュニケーションをとれる優れた品物で、エナちゃんがたくさんの精霊達といっしょに創造したんだって。

 精霊の中には、地球にいない精霊もいるとか……

 


 アカデミー史上最高傑作



 そう呼ばれる錬金術なんだ。

 だけどコレは、アカデミー内部の人達に封印された。

 凄すぎたからだ。

 恐れた……それが理由だった。

 後で教えていくね。

 これは避けて通れないから。

 さてと、精霊盤に出よう。



 「こら、遅い! クッキーくん」



 声の主は、エミリア先生だ。

 甲高い声が、相変わらず耳に響く。 

 


 僕はごめんなさいと、要件を聞く。

 エナちゃんは、相変わらず跳んでいた。



 「エナちゃん、どう? 大変なのはわかるけど、まあお説教はやめるわ。いまアカデミーに、契約書が着きました。凄いわね精霊馬(セイバ)って」



 契約書、さっきのギルドのアレだね。

 それをクルマで運んだのかあ。

 


 クルマはアカデミーから創造したモノで、つい最近から出回り始めた。

 実は、これもエナちゃんの創造したモノだ。

 そしてコレが、表向きの卒業作品である。

 コレも凄い。

 


 「エナちゃんは大天才!」



 そうそう……ん?

 エミリア先生は何しに、精霊盤を使ったんだ?

 僕はエミリア先生に聞いた。



 「あっ、そうそう、ごめんなさい。本題に入るわね! 実は今回の創造だけど、アカデミーの生徒が創造するって引かない生徒がいるのよ。その子達が、昨日から三日間の素材休暇をとったの。つまりエナちゃんへの対抗意識ね」



 エミリア先生が言った。

 いくつか引っかかる。

 一つは「その子達」だ。



 「二人いるのよ。名前はレイさん、ライフくん、二人共アカデミーの成績優秀者で、将来性ありなの。歳はエナちゃんくらい」



 ふうんなるほど。

 二つ目……はいずれ僕から話そう。

 「素材休暇」のことは。



 では一番引っかかる疑問だ。

 エナちゃんは明日かは日帰りで、ウサギ湖へ行く。

 だけど「昨日から三日間」の言葉に疑問が二つある。

 まずは一つ目だ。

 「昨日から」を、今になって話をしてくれたことだ。

 これを聞いて見る。



 「昨日ね、休暇届を受理した時に、私はエナちゃんの家にいたからよ。その後、ずっと授業でね気づいたのは夕方頃だった。はじめは、お知らせしないつもりだったのよ。だってエナちゃんに必要以上べったりはできないし、クッキーくんしてほしい?」



 結構ですと、キッパリ言い切った。

 確かにそうだ。

 エミリア先生だって、忙しいんだ。

 仕方ないよ。

 


 エナちゃんがカナエの丘を見ている。

 カナエ地区から見える丘で、みんながカナエの丘と呼んでいた。

 僕は精霊盤でエミリア先生と会話しながら、行こうか? とチャックから歩く絵カードと丘の絵カードを見せた。



 「あ━━━━━━━━━━━」



 エナちゃんが、駆け足で丘を目指す。

 僕は精霊盤から、エミリア先生に言った。

 エナちゃんが、グズった。

 そう言った。

 


 「クッキーくん、お願いします」



 そう言って、精霊盤は普通の板になった。

 それをチャックに戻す。

 エナちゃんは駆け足を止めて、待ってくれた。

 えらい! やればできる!

 エナちゃんは誇らしげだった。

 僕がカナエの丘に進み始めると、エナちゃんは黙って歩き出した。いつものエナちゃんとは、少し違っているみたいだった。



 カナエの丘はカナエ地区の外れにあり、辺境の辺境だ。

 地区からも少し離れるから、ガラリの街外れな場所なんだ。

 丘と言うだけあって、少し高い場所にある。

 周りに木製の椅子があり、小さな広場にもなっていた。

 


 エナちゃんと丘に来た。

 空は青く、風が吹いている。 

 エナちゃんは丘から見える景色に、ポーッとしていた。

 何を見ているの?

 返事はない。

 だけどエナちゃんなりに、満喫しているようだ。

 


 では、最後の質問を自分で答えるかな。

 エミリア先生のやりとり、まだ途中だったことを覚えている。

 そう「昨日から三日間」の疑問だ。

 最大の疑問だ。

 そしてそれは、エナちゃんの存在を表す答えになる。



 エナちゃんは明日、クルマでウサギ湖に行く。

 クルマは速い。

 そして便利だ。

 コレを考えたのは、エナちゃんだ。

 そうこんな便利なモノなら、一日で行ける。

 しかしアカデミーの彼らは使っていない。

 何故か?



 操縦は簡単なんだ。

 わからなかったら、わかる人間を雇えばいい。

 アカデミーがお金を出してくれるからだ。

 


 何故、使わないのか?



 答えは、エナちゃんを認めてないんだと思う。



 「があがあがあ」

  


 エナちゃんが丘の向こうに見える、草原を見て何か奇声を上げている。

 顔はニコニコと笑顔で、楽しそうだ。

 


 陽はまだまだ高い、もう少しここに居よう。

 エナちゃんの気持ちが満足するまで、僕もここに居るとしよう。

 明日はお仕事、そのための充電をたくさんしようね。





 エナちゃんとお家に帰ったのは、夕方になる少し前だった。

 夜のご飯と、明日のご飯を作ります。

 そう言った。

 絵カードはない。

 けれどエナちゃんは、ニッコリ笑ってくれた。

 「ご飯」を理解したようだ。

 これは間違いない。

 お家に帰るなり、エナちゃんは食糧庫にいく。

 近くにあったバケツを手に、鼻歌混じりに小走りをする。

 おそらく、アレを取りに行ったんだな。

 僕もお料理のお手伝いだ。

 僕ね手足短いけど、お料理得意なんだよ。



 台所(キッチン)には釜戸があり、野菜を切る場所があり、火の精霊のお家がある。

 


 ……え? 何? 火の精霊のお家って意味分からないって?

 


 料理しながら、説明するね。

 僕は今、白壁(ホワイトシールド)に覆われた。

 これはばい菌をあっちいけする壁(シールド)なんだ。

 これにいつも青壁(ブルーシールド)が混じり青白くなる。

 これに守らながら、煮たり焼いたりする。



 「が━━━━━━━━━━━」



 エナちゃんがバケツいっぱいに、ジャガイモを持ってきた。

 食糧庫から、持ってきた。

 ジャガイモは皮付き、土つき、それがゴロっとバケツの中にそれなりにある。

 僕はピーラーをエナちゃんに渡す。



 チャックを開けて、ジャガイモの皮のない絵を見せた。

 そして、皮をむきましょう。

 そう、エナちゃんにお願いした。



 「んまんまんま」



 エナがピーラーで、ジャガイモの皮むきを始めた。

 すごく手際良く、キレイにむいている。

 さて、僕は……と!

 冷蔵箱の一番下を開く。

 一番下はドアでなく、引き戸になっている。

 下に小さな車輪が、四つありレールに上手く乗っている。

 レールと車輪が凸凹していて、横に外れず動かせる仕組みになっていた。

 


 さてと、中には……よし、白菜と大根、そして人参かな?

 料理は……よし、漬け物と炒め物、それに……



 「い━━━━━━━━━━━━━━━━」


 

 エナちゃんか皮むき終わったと、教えてくれる。

 僕はバケツを見た。

 うん、うまいうまい。

 僕はエナの頭なでなでしてあげる。

 少し複雑な顔をしている。

 気にいらないのかな?



 さてと、気を取り直して調理に入ろう。

 まずは釜戸近くにある、小さな金属の家を開けた。

 するとそこから、火が飛び出す。

 その火がクルクル回り、小人になった。

 


 釜戸に火を入れて!

 僕がお願いすると、小人は踊りながら釜戸に入っていく。

 すると僕の体が青壁(ブルーシールド)に包まれる。

 


 もうわかっただろう。

 釜戸にある小さな家、そして小人になった火、これがお家と精霊のことなんだ。

 エナちゃんの家は、マッチがない。

 これはエナちゃんがイタズラしないように、置いてないんだ。

 置いていない代わりに、火の精霊をエナちゃんが創造している。

 そして住まわせていた。

 


 正直、凄い!

 やはり天才だよ。



 僕は台所の小物入れから、蛇口を取り出した。

 蛇口は水を出したり、いらなくなったら閉じたりする道具だ。

 コレは僕がアカデミーで、見たことがある。

 汲み上げた水をコックと呼ばれる頭を捻り開くと、水が出て、捻り閉じると水が止まるんだ。

 これを見たとき、すごい! と思った。

 捻りだけで、水が出るんだから。



 だけど、上には上がいた。

 この蛇口はエナちゃんが創造したモノだ。

 これを宙に置く。

 え? 置けない?

 ブー! 

 置けます。

 これね、宙に浮くんだ。 

 それでね宙に浮いた蛇口を捻ると……何故だか水が出るんだ。 

 

 僕は水を出して、鍋に水を張る。  

 ある程度張ると蛇口を閉めて、鍋にジャガイモを入れて釜戸に鍋を置いた。 

 火の精霊は、釜戸の中でお仕事している。

 相変わらず、蛇口は宙にある。

 そしてエナちゃんは、台所でピョンピョン飛び跳ねていた。


 ふー!

 料理の完成まではまだまだ時間がある。

 陽はまだ高い。

 エナちゃんは一人浮かれている。

 さて、僕……ボチボチ、作りますか。

 


  いつしか陽は傾き、夕焼け空になっていた。

 時間が少し経ったことを、感じてしまう。

 


  

 食卓(テーブル)にエナちゃんが一人、ご飯を食べていた。

 今後は、テーブルでお願いします。

 少しお話が、それてごめんなさい。

 さて、僕は……見ているだけだ。

 だって僕には、食べることができない。

 もっと言うと……



 食べる



 それが理解できない。

 僕の「食べる」は、エミリア先生が定期的にしてくれる、身体検査らしい。

 そこで「食べる」と同じことをしてくれる。



 エナちゃんがいるテーブルには、三つの食べ物がある。



 一つは、大根のワインビネガー漬け。

 大根を薄く輪切りにして、輪切りを四頭分にする。

 塩に漬けてしんなりさせて、一度水洗いした後に、ワインビネガーに漬けて置く。 

 すると大根にワインビネガーの味が付くらしい。

 ワインはお酒だけど、ワインビネガーは酢なのよとエミリア先生は言ってたな。

 


 二つ目は、白菜と人参の野菜炒めだ。

 白菜は水が出やすいらしく、かなりの高温で一気に炒める。

 切り方はぶつ切りで、それでいて一口サイズにする。

 白菜は炒める時、人参もいっしょに入れる。

 人参は千切りにしておく。

 バターを挽いたフライパンに、白菜と人参を入れて塩と胡椒で味付けをする。

 スピードが勝負! これもエミリア先生からの言葉だ。



 エミリア先生、料理が好きなんだろう。

 だから太っているんだな。

 そして細かい。



 最後は、芋パンだ。

 エナちゃんの大好物で、かぶりつくように食べている。

 そして主食でもある。

 


 芋パンと言っても、パンじゃない。

 芋はさっきのジャガイモだ。 

 それを茹でて、よく水を切り、潰して塩と胡椒を入れその後に小麦粉を入れてよく練りあわす。

 均一に混ざったら、少し厚めの円形を作り、網の上で焼く。

 それだけだ。

 あまり美味しそうには、見えない。

 僕の目からは、そう映る。



 だけどエナちゃんはそれを美味しそうに、口いっぱい詰め込んでミルクを飲んでいる。

 他のおかずも、啄みながら満足していた。 



 「い━━━━━━━━━」



 エナちゃんが喜んで、奇声を上げている。

 嬉しいみたい。

 そして、美味しいみたい。

 僕はエナちゃんをずっと見ている。

 またにこぼすおかずを拾い、ミルク、芋パンのおかわりを手伝ってあげる。

 


 エナちゃんの機嫌がいい。

 なんだか、嬉しくなった。

 芋パンはまだまだあるよ、ゆっくり食べてね。

 僕がそう声をかけると、エナちゃんは喜びを爆発させた。

 やれやれ、なんだかなあ。

 でも絵カード使わないで、理解したみたい。

 いいぞ、エナちゃん!



 ご飯を食べ終えると、エナちゃんはベッドで眠り込んだ。

 僕は小さな明かりを、寝室にともす。

 そこには、クークー寝息をたてるエナちゃんがいた。

 お風呂は朝、起きてからするのが、いつものこだわりだから仕方ない。

 明日早く起こして、お風呂に入れよう。

 うん、そうしよう。



 陽は大地に消えて、月が淡い明かりを照らす。

 月明かりは、エナちゃんのお家にも降り注ぐ。

 そんな夜に、エナちゃんはどんな夢を描いているのだろうか?

 ニコニコと笑いながら眠るエナちゃんの姿に、明日は頑張ろうと小さな声をかけた。

 掛け布団をなおしながら、エナちゃんにかけてあげる。

 相変わらずの笑顔だ。

 この笑顔、明日も続きますように……



 さて、僕はもう一仕事、その後は僕なりに眠ろう。

 明日、エナちゃんが上手くお仕事できますように!

 

 

 よし、仕事仕事っと!

 

 

 





 

 

 









 


 


 

 

 

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