第2話お仕事だよ


 僕が工房に来ると、そこはゴミ山があった。



 なんじゃこりゃー!



 昨日あれだけ、僕がキレイにお掃除したのに、どこから沸いてきたんだあ。

 このゴミは!

 ……待てよ、そう言えば朝方、近所の朝市へ買い物に行った時に、おばちゃんが言っていた。



 「ゴミを荷台に積んで、持って帰るエナちゃんがいたよ」



 僕はスイマセンと、謝ったんだ。

 いつもスミマセン……

 そんな感じでさ。

 でもこれは、量を見てビックリだ。

 どうみても、いっぱいある。

 なんのためだあ?

 


 「ダダダダダ」



 エナちゃんがゴミの中で、何かをしている。

 もう少しでエミリア先生が来るのに、何してるの!



 「……」



 エナちゃんは無言だ。

 集中しているんだ。

 おそらく僕がさっき、エミリア先生の似顔絵を見せたからだろう。

 なんだかそこから、少し雰囲気が変わったようだったから。



 とは言っても、もうすぐでエミリア先生が来るぞ。

 どうしよう。



 コンコン



 ドアのノックする音だ。

 おそらくエミリア先生だ。



 「エナちゃん、いるかな? エミリアだよ」



 やっぱりね。

 甲高い声が、少し耳にイタい。

 僕だって、耳はあるんですよ。

 


 仕方ないな……僕は玄関先に行くことにした。

 エナちゃんのお家は、結構大きいんだ。

 ここにエナちゃんと僕が住んでいる。

 このお家は、ホビットと呼ばれる小さな妖精にお願いして造って貰ったんだ。

 お金はエミリア先生が、出してくれた。

 あっ、違う。

 確か学校だったかな?

 とにかく今は、先生を出迎えないと。

 


 僕は短い足をバタバタさせて、前に進む。

 パタパタ……

 やめた、宙に浮いて進もう。これの方が速い。



 僕はドアノブに手をかける。

 そして開くと、そこには……太ったオバサンが、黒いドレスで身を纏い、お化粧の厚い顔が僕の目に入ってきた。



 「クッキーくん、聞こえてるわよ」


 

 ギクッ! 太ったオバサンが、睨みつけた。

 太ったオバサン……この人がエミリア先生たんだよ。

 だから太ったオバサンは、失礼なんだ。

 そう太ったオバサンは!

 


 「……クッキーくん、アナタ改良の余地ありね」



 あっ、エミリア先生ご、ごめんなさい。

 僕は悪気はないんです。  

 だから許して下さい。



 必死に「ごめんなさい」を言った。



 「もう! 私の憑依(とりつき)の技もまだまだ甘いのね」



 そう言って、エミリア先生がため息をついた。

 顔は少し疲れている。

 


 「クッキーくんのせいよ! もう!」


 

 僕のせいなんだ。

 ……別に良いけどさ。



 「ところで、エナちゃんはどうしてる?」



 エミリア先生が聞いた。

 僕は今、工房で何かに集中していると言った。 

 エミリア先生は少し笑顔になる。

 心なしか、安心しているみたいだ。



 「中に入るよ」



 エミリア先生がそう言うと、僕は快く中に入れた。

 少し玄関に入ると、いきなり靴を脱ぐ。

 エナちゃんの家では、靴のままの生活はしてはいけない。 

 これはエナちゃんが、とっても怒るんだ。

 強いこだわりがあるんだよ。

 みんなが、変な顔をする。

 だって家の中でも靴は当たり前なんだ。

 だけどエナちゃんは、イヤみたい。

 でも……


 

 お家の中で、裸足もいいよね?



 僕は靴を履かないから、実際はよくわからない。

 わからないから、こんなことが言えるのかな?



 「裸足も良いもんだ」



 エミリア先生が言っている。

 ううん、自分に言い聞かせているが、当たっているかな。



 僕はエミリア先生を、客室(ゲストルーム)に案内する。

 客室(ゲストルーム)とは言っているけど、小さな部屋で人間が三人くらい入ったら身動きとれない。

 とても狭い。

 ましてエミリア先生は、一人で……止めよう。

 今、改良の言葉がよぎった。



 「工房に行きたい、クッキーくんいいでしょ?」



 エミリア先生が言った。

 僕は工房が汚いことを、説明した。

 いつもキレイに掃除しているけど、今回は……ううん、今回も汚いことを耳に入れた。

 先生は少しため息を吐いたけど、気を取り直して工房に歩き始めた。


 

  エナちゃんのお家は、ひっそりとある。

 それでいて、なかなか大きい。

 今いた客室(ゲストルーム)から、工房まではそれなりにエミリア先生は歩く。僕は宙を移動する。



 「エナちゃん、どう? ご機嫌良いですか?」



 エミリア先生が言った。



 いつも通りです僕はそう言うと、工房にきた。

 工房には扉があり、閉まっている。

 まあ、僕が閉めて出て来たからね。

 僕はそっと、扉を開いた。



 工房は相変わらず汚かった。

 とは言っても一部だけだ。

 エナちゃんの工房は、かなり広い。 

 お家の半分以上は、工房じゃないかな?

 本当に広い。

 ゴミ山は木切れや、酒瓶、破れた紙に、刃こぼれした斧、それに石ころ……使えない物ばっかり。

 


 「凄いゴミの山ね。一人で運んだの?」



 エミリア先生がビックリしている。

 僕がそうみたいと、答える。

 エミリア先生が不思議な顔していた。けど、大きく頷いている。

 


 「紙は……油紙、木切れは……斧に使われている金属は……エナちゃんまさか!」



 エミリア先生がニコニコと笑っている。

 どうやらエナちゃんは、先生が驚き喜ぶくらいの錬金術を見せようとしていた。

 

  

 僕がエナちゃんに近づく。

 凄い集中力で、無視している。

 工房は熱いようだ。

 だって窯に火が入り、僕の体が青壁(ブルーシールド)を発光している。

 


 僕は温度を感じない。

 つまり暑いとか寒いとかが、わからない。

 だから僕の右耳にはある能力がある。

 それが青壁(ブルーシールド)なんだ。

 右耳には温度を感じる何かがあって、危ないと感じると自然に体を囲んでしまう。

 コレがないと、僕は焼けて亡くなる。


 

 錬金術に取って火とは絶対の存在……らしい。

 火が良質なものなら、創造する物質も凄く価値のある存在になるとのこと。

 だから僕は生活のお手伝いはできても、錬金術のお手伝いは全くできない。

 僕は火に弱いからだ。

 錬金術の火は、お料理の火とは違うくらいにパワーが必要なんだ。

 


 青壁(ブルーシールド)が色濃くなる。

 淡い水色から、群青まで濃くなった。  

 色の濃さが、状況を教えている。



 危険!



 そんな状況をだ。

 僕はそこで止まった。

 エナちゃんは椅子にすわり、窯の近くにある小さなテーブルで何かをしていた。

 いろいろな器具がある。



 「クッキーくん、危険よ。離れましょう。この熱さは人間も危険な熱さよ」



 そう言って、僕は連れ戻される。

 …………疑問だ。

 いつも思う。

 なぜ、エナちゃんは熱くないのか?

 エミリア先生に聞いてみた。



 「人間には熱さを感知する能力があるからよ。だからいくら熱くても、危険を感じたら離れることができるから」



 これが答えだった。

 正直、うーん……エナちゃんは離れられるの。

 研究で、離れられないんでは?



 「少し工房から、離れましょう。一人で研究に没頭させてあげましょう」



 エミリア先生が、工房の外を指差した。

 確かにそうだ。

 今、エナちゃんは何かをしている。 

 そっとしてあげよう。

 それに、何かあっても大丈夫だろう。

 エナちゃんは工房では、本当にすごいから。



  エミリア先生は客室(ゲストルーム)で、汗を拭いている。

 かなり暑かったようだ。

 エナちゃんは、あそこで平気なのは凄いよ。

 


 「エナちゃん、凄いわよ。クッキーくん、エナちゃんは自分のお手伝いを創造しているのよ」



 砂糖多めレモン水を、ゴクゴク飲み干しお代わりを要求するエミリア先生が言った。

 


 お手伝いの創造?



 僕が不思議がると、まずはレモン水を飲ませてとなった。

 仕方ないなあ。

 台所(キッチン)に行こう。



 工房の横に小さな台所(キッチン)があり、小さなテーブルがある。

 僕がいつも料理して、エナちゃんが一人で食べている。

 狭くはない。だけど、小さなスペースだ。



 台所(キッチン)に縦に白い長箱がある。

 それには三つのドアがあり、僕は二つ目のドアを開ける。 

 すると右耳が温度を感知して、僕の体が赤壁(レッドシールド)に包まれた。

 


 冷蔵箱と言う。

 冷たい空気を創る精霊を、箱の中に住まわせているらしい。

 元々は山の洞窟の奥で氷を作って、それを保存しながら街まで運び冷蔵箱に氷を積めて使っていた。

 だけどそれでは大変な労力が必要で、割があわない。

 それに氷を入れるから、入れただけのスペースが無くなる。

 スペースが無くなるから、食べ物がたくさん冷やせない。

 使い勝手が悪かったんだ。

 


 この冷蔵箱は、エナちゃんの宝物だ。

 本人はあまり興味はないようだけど……

 だけど冷蔵箱の使い勝手を、格段にレベルアップさせたのはエナちゃんなんだ。

 これはどこかで触れるかも知れないから、言っとくね。



 青壁(ブルーシールド)は熱を感知してのモノだけど、赤壁(レッドシールド)は冷を感じてのモノだ。

 冷たい所でも、僕の体の機能が可笑しくなるんだって。

 


 冷たい箱の二番目に、瓶に入ったレモン水が二本あった。

 瓶は大瓶で、なみなみと入っている。

 レモン水が入った大瓶一本を、そのまま取る。

 長い箱を閉めると、赤壁(レッドシールド)が消えた。

 戸棚から少しのお菓子と、お皿を取り出す。

 皿にお菓子を入れて頭に乗せ、大瓶は両手でしっかり掴み客室(ゲストルーム)に戻った。

 


 「悪いわね、クッキーくん。お菓子まで! 美味しいわあ」



 エミリア先生は目を細めながら、レモン水をゴクゴク飲んでいる。

 かなり暑かったのかな?


 

 「よく冷えてるわ」



 レモン水をゴクゴク飲んでいる。

 もう少し味わって欲しいなあ。

 


 「ぎ━━━━━━━━」

 


 工房のドアが開いたようだ。

 奇声をあげて、客室(ゲストルーム)に向かっている。

 


 ドアを開き、中に入ってくる。

 エミリア先生を見つけて、ピョンピョンと跳ね回る。

 大好きな人がきたら、よくやるしぐさだ。



 ん? エナちゃんの肩に何がいる。

 青白い火みたいな奴で、なんだか嬉しそうに見える。 

  


 「やっぱり、あれは、鉄の精霊!」


 

 エミリア先生が、瞳を輝かせて言った。 

 


 え? せ、精霊?

 ……まさか、エナちゃんは! 精霊を創造したの?

 


 「違うの、エナちゃんは消えて亡くなりそうな、精霊を助けたのよ」


 

 え! 助けた?

 なんだか、凄いことをしたんだ。

 理屈はよくわからない。

 だけど、凄いみたいだ。

  


 「グルグルグルグル」



 精霊が何かを言っている。

 僕はわからない。

 エミリア先生を見ると、同じく頭を捻っていた。

 わからないようだ。


  

 「があ━━━━━━━━━━━━━━━」



 エナちゃんが精霊相手に、何か叫んでいる。 

 精霊はそれを見ると、激しく上下左右に揺れ動き、客室(ゲストルーム)を出て行った。

 どこに行ったんだろう? 僕の問いにエミリア先生が言った。


 

 「おそらく、工房に戻ったんじゃないかしら?」



 なるほど、僕もそう思った。


 

  客室(ゲストルーム)でエナちゃんは、ソファーに座っている。

 木製の机には、砂時計がある。

 エナちゃんは砂時計を、ジッと見ている。

 


 「エナちゃんは、しばらく砂時計を見ます」



 エミリア先生が、エナちゃんに言った。

 エナちゃんは、落ちる砂時計を不思議そうに見ていた。

 僕はエナちゃんの上に浮いている、チャックを開く。

 チャックにはいろいろな品物が積めるのだけど、あまりたくさんは入らない。

 ほどほどしか入らない。

 どれくらいかは、想像に任せます。



 チャックから絵のカードを取り出した。

 絵は二枚あり、先生の似顔絵、お金の絵だ。



 僕にもチャックが欲しいと、エミリア先生に尋ねてみる。



 「エナちゃんに、お願いしてください。私はこんなの創造できません。本当に天才です」



 残念そうに、笑っていた。

 不思議だ。

 残念なら悲しそうなのに、どこか笑っている。

 


 砂時計が全て落ちる。

 するとエミリア先生が、先ほどの絵カードをエナちゃんに見せた。

 


 「エナちゃんは、お仕事します」



 エミリア先生の声に、エナちゃんが先生を見た。

 無表情で瞳が少し朧気だ。

 あまり乗り気ではないのかな?



 「いい、エナちゃん、実はね、ウサギ湖の深水から創る、ラピッドの雫が、学校で、必要になりました。ウサギ湖に行って、深水を汲んで、ラピッドの雫を、創造してください」



 エミリア先生が水の絵、誰かが歩く絵、水を汲む絵、工房でのお仕事の絵を、順番に見せながらエナちゃんに教えている。

 絵を見せることで、エナちゃんに理解してもらうためだ。

 


 エナちゃんは言葉の理解が、あんまり得意ではないらしい。

 もっと言えば、人の何倍も時間が必要だとか。

 それを少しでも早く理解してもらうために、絵カードを使ってエミリア先生が教えている。

 エナちゃんはぼーっとしていたけど、エミリア先生の顔を見てニッコリ笑った。

 朧気な表情が、いつしか弾ける表情に変わった。

 瞳がキラキラと、輝いている。



 「ありがとう、エナちゃん」



 エミリア先生が、笑う。

 満面の笑みだ。

 


 エナちゃんは理解して、承諾したみたいだ。

 この時から、エナちゃんはお仕事をもらった。



 お仕事!



 ウサギ湖からラピッドの雫を創造します!



 このお仕事を、もらった。

 僕はエミリア先生に、期日とお金を聞いた。

 


 「一週間後、お金はコレくらい」



 悪くないな。

 よしエナちゃん、行こう!

 僕が言った。

 エナちゃんは、ニコニコしている。

 いろいろ、嬉しいみたいだ。



 いろいろ……お外に出れるとか、ラピッドの雫を創造できるとか、その他いろいろ……それが嬉しいことだ。

 


 「明日、用意、その次の日は、ウサギ湖に行きます。お願いしますエナちゃん」



 エミリア先生が、大きなそれでいて高い声で言った。

 エナちゃんはその場でグルグルと回りだした。

 コレは いいよ! の合図だ。

 


 エナの小さな旅が、始まりを迎える。

 僕はその様子を、一部始終見ておこう。

 エナちゃんのために!





 


 

 


 

 


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